「…幸村」

教室の扉越しに俺を呼ぶ声がした。侑紀だ。ガラガラと戸を引いて、教室の中へ。彼女は相変わらず、今朝と同じ曇った顔をしていた。


「あの、私、やっぱり知りたい。幸村のこと。昨日のこと、教えてほしいの。」
「だから、侑紀には関係ないって…」


必死に訴える侑紀の姿に胸が痛む。だけどね侑紀、知らない方がいいことだって、世の中にはたくさんあるんだ。


「昨日のこと、蓮二には話したんでしょ。なら、私にだって、話して欲しい。」


蓮二のところに行ったのだろうか。全く、蓮二も余計なことしてくれるなあ。侑紀には関係ない、できることなら隠しておきたいって俺のお願いは、どこにいってしまったんだ。


「蓮二には、逐一報告をする約束があるから。」


俺がまたいつ倒れるかわからないから、主治医に経過や症状を伝え適切な処置を受けられるようにと、蓮二が配慮してくれたことだ。だからこれは、侑紀に話すこととは別なんだよ。


「なら、私とも約束して欲しい。何があったか、どうしたらいいのか、教えてほしい。」
「だけど、侑紀には関係ない。それは、できないよ。」
「そんなことない!…ある。関係あるよっ!」


強く声を発する侑紀。ありがとう、俺のこと心配してくれて。だけどね、俺の話を聴いたところできっと侑紀には背負いきれないよ。俺と、今まで通りに接することがキミにできるかい?俺は、侑紀が俺から離れて行ってしまうことが、怖い。周りの女子と同じになってしまうのが怖いんだ。


「私はテニス部を、幸村を助けるマネージャーだよ。だけど、私幸村のこと何にも知らない!周りの女の子たちみたいに、幸村のことたくさん知ってるわけじゃない。」


そう、だから俺はキミを選んだんだ。だけどそれを知ってしまえば、同じになってしまう。


「でも私、それじゃ嫌だ。支えなきゃいけない人が、目の前で苦しんでいるのに、昨日の私は何もできなかった。どうしていいのかわからなかった。」


侑紀の顔がくしゃくしゃと歪む。俺がそんな顔させているのはわかっているよ。嫌な気持ちにさせてごめんね。だけど、そんなに自分を追い込まないで。侑紀は、そばで俺を支えてくれるだけでいいんだ。そういったことは、全部蓮二がやってくれる。侑紀が背負いこむことじゃない。心配をかけたくないんだ。


「自分のことは頼れって言っといて、なんで私のことは頼ってくれないの?こんな私じゃ、頼りにならない?」
「違う!」


違う。侑紀が頼りにならないんじゃない。俺が頼れないだけなんだ。弱いだけなんだ。侑紀に頼って、もしもキミがいなくなってしまったら、俺はきっともう、一人で立つことができなくなる。


「俺の話を聴いて、キミは今まで通り、俺と接してくれるかい?先生も、友達も、家族さえ、今までの俺とは違う人と接しているような顔をする。みんな、同情の仮面を被ってるようにしか、俺には見えなくなった。」


みんな、みんな、みんな、俺から離れていく。俺じゃない誰かに接しているような、俺を見てくれていないような、不安なんだ。俺は誰だ。ああ、だめだ、どろどろとした不安が止まらない。俺は、一体誰なんだ?

混乱で侑紀から顔を背けた。わからない、わからない。俺が入院している間に、周りは信じがたいくらいに変化をした。気づけば季節は廻っていたし、妹は1つ年をとった。部活の様子も覗きに行けぬまま、地区大会も、関東大会も終わっていった。応援に行くことだってできなかった。いつも俺だけ、置いてけぼりだった。どうして俺だけ?みんな、どうして俺だけを置いていくんだ。世界は、回り続ける。行かないでくれ、一体何回叫んだだろう。抗うことのできない摂理に、俺は。


「テニス部の仲間は、」


侑紀の香りが鼻腔を掠めた。気づけば彼女の顔が、こんなにも近くにあった。俺の頬に触れる侑紀の手は、とても柔らかで温かい。


「幸村をそんな風には見ていない。」


ああ知っているさ、そんなこと。


「私も同じだよ。」


花が咲くときと同じだ。ゆっくりと蕾が膨らんで、花弁が広がり、何もなかった辺りを色で染める。花のような微笑みとはまさにこんなだ。さっきの泣きそうな顔をした彼女はどこにいってしまったのだろうか。きれいな綺麗な笑みを浮かべた侑紀は、とても美しいという言葉がよく似合った。こんなにも美しい人に、俺は出会ったことがない。


「…はは、完敗だよ。」


そうだ。世界が俺を置いて行っても、あいつらは俺を置いては行かなかった。俺が亡くした時間を、あいつらは必死で埋めようとしてくれている。侑紀も、その内の一人だったじゃないか。俺が苦笑いを含めた笑みを見せると、侑紀は途端にさっき見せたような泣きだしそうな、それでいて涙を堪えるように笑う顔に戻った。


「バカだな、俺は。侑紀が離れていくことが怖かったんだ。」


頬に触れたままの侑紀の手の上に、俺の手のひらを重ねる。瞬間小さく跳ねた手が今はとても愛おしい。


「でも、そうだったね。キミはもう、テニス部の一員だった。」


ただ単に、俺が意固地になっていただけだったんだ。




ホワイトアウト、かえらない




全部話すよ、俺のこと。


すべてを失った、あの日のことを。





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