暑い中階段を上る。制服はべとべと。朝から憂鬱だ。 それに学校には、当たり前だけど幸村がいる。昨日は結局、寄るところがあるからと嘘をついて早めに幸村と別れたけど、気まずいよ。会ったらどんな顔すればいいんだろう。というよりも、自分がどんな顔になってしまうのかが怖い。 「おはよう。」 「…おはよ。」 結局、顔を極力見ないようにと後ろから教室に入った。いつも通り挨拶をして、いつも通り席に着く。昨日の話は話題にすら上がらない。もう大丈夫だよ、だとか心配しなくていいよとか、そんな言葉さえない。昨日散々問い詰めてしまったわけだし、もう私から話題になんてできないよ。 それから放課後まで、昨日の話は何もなかったかのように一日が終わった。だけど、やっぱり不安とも呼びきれないこの焦燥感は一体何なのか。山Bが教室から出て行くと、みなバラバラと席を立つ。そうだ、私も行かなきゃ。 「侑紀帰るの?」 席を立つと、真咲に声をかけられた。マネージャーを引き受けてからは、真咲と一緒に帰れなくなってしまったけど、最近はテストオフで一緒に帰ることができる。それはとても嬉しいことだけど、今日は申し訳ない。 「あ、ううん。今からちょっと用事ある。」 「そ、んじゃまた明日ねー!」 真咲と一緒に帰りたかったけど、今日の私にはやらなきゃいけないことがある。そう、とっても大切なこと。 C組から少し離れたF組の教室を覗けば、彼はまだ教室にいた。よかった、帰ってなくて。 「蓮二」 声をかけけば、くるりと振り返って私を見つける。私は教室の中を速足で歩き、蓮二の元へ向かう。 「どうした?また質問か」 「じゃあ、私が質問に来たっていう確率は?」 ちょっと意地悪してみる。どうせお見通しなのでしょう。 「5%、といったところだろうか。」 「はは、何それ、低っ。」 思わず苦笑い。蓮二は口元に弧を描き静かに微笑んだ。そんなにわかりやすのだろうか、私は。 「幸村の病気とはなにか、とお前は言う。」 「あら、正解。」 「だがそれは、俺の口から答えるべきことではない。」 「それも正解。はじめから、教えてもらえるなんて思ってないよ。私が聞きたいのは…」 蓮二が幸村のことを間接的に教えてくれるなんて、はじめから思ってなかった。だから私は考えた。どうしたら幸村の口から彼自身のことを聞けるのか。情けないけど、蓮二しかいないんだ。こんなこと聞けるの。 「それは、自分の思っていることを伝えればいい。」 私が言い終えるよりも先に、ぴしゃりと蓮二が言葉を放つ。 「知りたいのだろう。ならば、お前が感じていることを全て、精市に伝えろ。」 「でも…!それでもあいつは教えてくれなかったもん!」 教えてほしいとなら何回も言った。けどそれでもだめだったからここに来たんじゃん。 「お前の気持ちは、本当に精市に伝えたのか?」 私の、気持ち…。 自分の言動を思い出す。教えてほしいとなら何回も言った。だけど私は、…そうか。大事なことを幸村に伝えていなかったんだ。私の気持ち、幸村のために私がしてあげたいこと。もっと近くに居たいこと。他の女の子たちにはその座は渡したくなんて、ないよ。 「言わなければ、伝わらない。」 「そう、だね。ありがと、蓮二。」 ああ、といって綻ぶ蓮二。教室の窓の外に広がる青空と白雲を背景に、微笑んだ彼の顔と綺麗な長身が映える。その光景を綺麗だなと直感的に感じたのは、大分気持ちが落ち着いたからだと思う。じゃあ、といって教室を後にすれば、蓮二が何かを言ったようだったけど走り出していた私の耳にはもうなにも届かなかった。 |