しかたなく教室まで戻りドアを開けると、丁度中にいたのは幸村一人だけだった。こんなに教室のドアが重たく感じたことはない。


「疑問は解決したの?」
「…いいえ。」


あー気まずすぎる。


「はー、周りが気になるんだろ。場所を変えよう。」


大きなため息をつくと、幸村はそそくさと荷物をまとめ始めたので、私も慌てて荷物を片付け始めた。



学校をでると、幸村に駅と正反対の位置にあるファーストフード店を提案された。駅の近くには同じような店がたくさんあるのに、わざわざそんな方へ行く必要があるのかと尋ねると、クラスの人に会っても知らないよ、だって。そっか、私の立場もちゃんと考えてくれてるのか。でなきゃ場所を変えるなんてしないよね。ふと蓮二の声が頭に浮かんだ。あのときの言葉は、まんざらでもなかったんじゃないか。

駅から遠いこの店は、テスト前だというのに店内に学生の姿はほとんど見当たらなかった。いても他校の制服で、立海生は本当にあまり利用していないようだ。確かに、私もわざわざ学校帰りに好んでこの店は選ばない。注文を済ませ席で待っていると、幸村がハンバーガーを乗せたトレイを運んできた。てっきり食べるのは私だけで、彼は飲み物を飲む程度かと思っていた。そっか、幸村もそーゆーの食べるんだ。


「ああ、学生のうちしかできないと思ってね。」
「へ、待って今私口に出してた?」


顔に思いっきり書いてあるよ、といってクスクス笑いだす幸村。そうか、からかわれたのか。


「さ、わからないのはどれ?」
「…これ。問2の(3)なんだけど…」


教科書とノートを開いて問題を示すと、幸村はああ、といって私のノートを見る。間違った箇所をささっと直すと新たな公式を書き込んでくれた。


「これは、その定理を使うより、この公式を使ったほうがいいんだ。」
「あ、そっか。だから解けなかったんだ…。」


書かれた公式に当てはめると意図も簡単に答えがでてきた。なんだ、あんなにぐちゃぐちゃ計算しなくても、こんな簡単に答えでちゃうんだ。


「うん、合ってるよ。他には?」
「えっと、これもよくわかんないかな…。」


私がどんな質問をしても、さらさらと解説をしてくれる幸村に対して、悔しいけど尊敬する。そして、それ以上に自分が情けなくって堪らなくなってきた。幸村はほとんど学校も来ずに、闘病生活を送っていたのに、なんで健康だった私は何もせずに遊んでたのだろう。彼はどれだけ苦労して、この問題を解いてきたんだろう。


「…ねえ、」
「ん?」


幸村は顔を上げずに私の回答を添削しながら返事をした。ねえ、どうして?なんで今きみはここにいて、私なんかの面倒をみてくれてるの?不思議でたまらない。だって私、幸村に対していつも拗ねちゃうし、周りに集まってくる可愛い女の子みたいに媚を売ることだってできないのに。今日だって私、幸村にキツいこと言っちゃったし…。


「私、あんな事言ったのに、なんで…。」
「そんなの知ってるさ、できるわけないだろ」
「…は?」


幸村から帰ってきた返事が理解できずに間抜けな声を上げてしまった。気にせず彼は続ける。


「慣れないこと、たくさんさせてきた。侑紀を巻き込んで迷惑かけてることは、俺たちだってわかってる。そんな中で、勉強なんてまともにできないのは知ってるから。」


ずきんとした。言い訳にしたかったこと、全部言われた。それを肯定してくれた。


「だからそんな意地はらないで、もっと俺たちを頼ってくれよ。」


微笑んだ口元が綺麗で、綺麗で、びっくりした。ああ、今日は完全に幸村の勝ちだ。


「…ありがと。」




その後も数時間、私の質問タイムは続いた。あんなに苦手な数学だったのに、もうだいぶ解けるようになってきてる。幸村の数学ってなんかよくわかんないけど、わかりやすい。解き方よりも、考え方を教わってるような感じ。きっと幸村は、数学好きなんだろうなあ。


「だから、ここにこれを代入して…」
「あー、なるほど。そこでそれを生かすのか。」
「うん。あとはこれを…!!ッ」


カシャン


あ、デジャヴだ。


「あはは、ダメじゃん幸村。シャーペン落としちゃ。ほら。」


床に落ちたシャープペンを拾い、幸村を見たら、手を必死に押さえつけている姿。え…、手が、痙攣、してる…?


「…えっ幸村!?幸村大丈夫!?」



でもその手に、シャープペンは戻せなかった。





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