私と柳くんが出会ったのは去年の今頃。紅葉がひらひらと舞って、まだかすかにぬくもりを残した柔らかな日差しの中。
その日も、彼はベンチに腰を下ろして本を読んでいた。背筋をピンと伸ばして読んでいたのは、漱石の『夢十夜』。決して文学少女とは呼べないが、学校で習ったものだったから私でも知っているものだった。
「すごいよね、百年待っていてくださいってさ。」
「ああ。だが、男はこれを疑問には思わないんだ。」
「どうして?百年も待てないよ。」
「さて、どうしてだろうな。」
そう言って微笑んだ柳くんは、絶対答えを知ってたんだと思う。だけど教えてくれなかったし、私も結局わからなかった。女は死んだのに、どうして男は百年待ったんだろう。あーわかんないや。
あれからときどき、ここで出会う。でも校内で会うことは、不思議とない。生徒が多すぎるからかな。だからここは、柳くんと私がのんびり話せる唯一の場所。柳くんは大抵私が知らないような難しい本を読んでいるか、よくわからないけどノートに色々書き込んでる。とりあえず、私は柳くんがそこでなにを読んでるか、なにをしているかはよくわからない。あ、『夢十夜』を除いては。そこに私はちょこんと座る。彼が気づくと、いたのかと声をかけられて、それから少しだけど、おしゃべりする。
柳くんと話してると、ときどき胸がきゅーっと締め付けられるような、不思議な気分になる。それが大抵、彼が微笑んだ時だとわかったのはつい最近の話だ。ああ、きっと私、柳くんのことが好きなんだ。その綺麗な横顔も、落ち着いた言動も、包み込んでくれるような優しさも、全部、全部。
「私ね、柳くんのこと、その…。好き、みたい。」
勇気を振り絞って声を紡いだ。拒絶されるかもしれない。でも、それで私達の関係が崩れてしまうなんてことはなぜだか思わなかった。ただ私の中で柳くんという存在が、気づいたらとても大きくなっていたことを伝えたくて。彼は少し驚いた顔をしたけれど、すぐにいつもみたいな落ち着いた表情に戻る。柔らかに弧を描く口角。微笑まれてどくんと心臓が鳴った。ああ、どうしよう。嬉しくなる。
「百年はもう来ていたんだな。」
それは何時しかの問の答え。そうか、柳くんは私を待っていてくれたんだね。
そう言って、ふわり、抱きしめられた。
百年待っていてください
死んだら、埋めてください。 大きな真珠貝で穴を掘って。 そうして天から落ちてくる星の破片を墓標に置いてください。
そうして待っていてください。
また逢いに来ますから。
1123 漱石の夢十夜のきらきらした世界に惚れます。
夏目漱石『夢十夜』より一部抜粋。
|