「いっ、いえ!何でもないです!」


驚いて幸村部長を見つめていると、さすがに挙動不審だったようで声をかけられてしまった。顔を引きつらせたまま、慌てて平静を装う。これじゃあ私変な人だ…。赤也が言うにとても厳しい人を想像していたのに、まさかこんなにも柔らかな雰囲気の人だなんて。ちょっと、話が違うよ赤也。と目で訴えてみるが私の訴えは通じてないのか目が合うといつもみたいに人懐っこく笑顔を向けてきた。


「あ、そうだ僚!何があったか知らねーけど、また今度俺とテニスしよーな!」


あ…、


うん


音は紡がれることなく口だけがかすかに開閉する。

「うん、今度ね」


そう言ってぎこちなく笑う。今度なんてくることはないんだと、諦めている自分に嫌悪感を抱きながらも、自分の言葉を偽るのはあまりに簡単だった。胸の中に鉛が、沈む。


「そんじゃ、失礼しました!」


そういうと赤也は、ランニングコースへ走っていった。用もすんだし、私もそろそろ帰らないと。いつまでもここにいたら練習の邪魔になる。だから、幸村部長も赤也に会わせてくれたんだろうし。


「それじゃあ、私もこれで失礼します。わざわ「あ、待って、ちょっといいかな?」は、はい?」


お礼を言って去ろうとするやいなや、幸村部長に言葉を遮られる。


「君、テニスやっているの?」
「あ、いえ。一応やってたんですけど、ずいぶん前にやめちゃって…。」


またテニスの話か…。どうしてみんなテニステニス──テニス部だからだろうけど──内心うんざりだ。今この話はあまり触れてほしくない。ほっといてくれればいいのに。


「そうか…。君、名前はなんていうんだい?」
「榎田です。榎田僚といいます。」


いきなり名前を尋ねられ、不思議に思いながらも答えると、幸村部長は私の名前を聞くと軽く微笑んだ。


「そう、それじゃあ榎田さん、君にお願いがあるんだけど」
「?は、はい、なんでしょうか…?」

お願い…?私、幸村部長と今会ったばっかりなのにお願いだなんて一体なんだろう。何かいけない事しちゃったかな。こういうパターンは注意されることが多い。ああ、どうしよう。


「テニス部のマネージャーしてみないかい?」
「・・・へっ!?えっ、ちょ…、あの?」


てっきり身構えていたので、思いもよらない言葉に驚いた。今、マネージャーって?私が?テニス部のマネージャー?何でいきなりそんな・・・。まさか、興味本位でテニス部を覗きにきた女子はみんなマネージャーにさせられちゃうとか。そ、そんな都市伝説みたいなの聞いたことないよ・・・。くるくる思考を回していると、幸村部長に笑われた。ちょっと傷つく・・・。

「フフ、大丈夫だよ。難しいことはないから。テニス経験者ならなおさら、ね。」

いや、本当に、ちょっと待ってください。いきなりそんなマネージャーだなんて…。簡単に引き受けられないよ。それにテニス部は全国なんでしょ?無理無理!そんな大役、私には絶対に無理だ。だからテニス部のマネージャー志望の子が少なくて、きっと今片っ端から集めてるんだ、きっと。なら私なんかよりも適役はいっぱいいる。その子達に頼めばいいのに・・・。


「あっあの、でも私、マネージャーなんてやったことないし、迷惑かけるだけな気がするので…。」
「でも、マネージャーになれば赤也と一緒にいられるよ?」
「へ?どうして赤也がでてくるんですか?」



幸村部長がさも当たり前のように言う。どうしてその名前がでてきたのかわからず、きょとんとしてしまった。赤也とは毎日教室で会うのに。





「あれ、榎田さんは赤也の彼女さんじゃないのかい?」


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