わたし、たしかにあなたを、

残された方は何も言えないという話。ふんわりスコッチ×夢主。


「お姉さんって、好きな人とかいたりするの?」
からん。手元にあるガラスの中で氷が鳴く。
緩やかに流れるクラシックと、少し音を立てる冷房が、二人の間を通り過ぎて行った。

「そんなことを聞くなんて、好きな人、できた?」
「違うよ!ただちょっとだけ興味があって。」
純粋な好奇心をこちらに向ける少年に、曖昧な返答を返すのは何故だか失礼な気がした。
いつもはぐらかしているから、今回くらい真面目に答えてあげようかなあ。

「愛していた人は、いたわね」

瞼を閉じれば、昨日のことのように浮かぶ彼との記憶。
彼のことは、愛していた。ああ、確かにそうだった。
周りから見れば淡白な関係だったかもしれないけれど、私と彼の間に愛は存在していた。
私は彼が好きだったし、彼も私のことを好いていたように思う。
隣にいるだけで幸せで、共に過ごした時間はまるで宝物のようだった。

「どんな人だったの?」
「ううん、どんな人だったんだろう」
「覚えて、ないの?」
慎重に質問を重ねる少年。
純粋な好奇心は、心配そうにこちらを伺っていた。
心配を掛けるような、深刻そうな顔をしているんだろうか。自分の表情すら、今はわからない。

「覚えていないわけじゃ、ないんだけれど、」
言葉にするには、どうも難しい。
人間らしい人間だった、と思う。
特別善人というわけではなかったけれど、悪人というわけではなかった。
平凡なわけではないが、非凡というには言葉が大きすぎる。
…ああ。どんな人、だったっけ。

黙り込む私に、少年はまた一つ問いを投げた。
「その人のこと、今も好きなの?」

「…さあ、どうかしら。」
クラシックは変わらずに流れ続ける。
少年と自分の距離も変わらず、変わったのは二人の間を流れる空気だけ。
音を立てた氷は、ガラスの中で水になり続ける。すべて溶けるまで、形を完全になくすまで。
少年の視線は、未だ私に向いていた。


ああ。愛していた。どうしようもないほどに、彼を愛していた。
名前を呼んでくれ、と最期に笑った彼の姿が、目の奥に焼き付いている。
彼が息絶えた現場を、繰り返し夢に見る。

もう、声も思い出せないが。



わたし、たしかにあなたを、

愛していた、と過去形にするには惜しかった。



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