夏、15時半の報告

ほんのり降谷×主要素。



初めて会った時から、太陽のようだと思っていた。
夏のカンカン照りと言うよりは、春の穏やかな陽射しのような、そんなひと。
その光は確かにわたしたちと一緒にあって、隣で笑っていてくれた。
もう、その光はどこか遠くへ行ってしまったのだけれど。

「ひろみつ。」
空虚に、その名前が溶ける。
名前で呼ぶのは随分と久しぶりな気がする。潜入してから"スコッチ"とばかり呼んで、本名を呼んでいなかったから。
もっと呼んでおけば良かったね。あなたの名前、結構好きだったのに。

手土産に、と持ってきた缶ビールをビニール袋から取り出す。プルタブを引き起こせばプシュ、と音を立てて脳を刺激し、のどの渇きを呼び起こす。
まるでこれがオアシスだというように水分はごくりと喉を潤すけれど、飲み物として、生温くなったビールはそこまで美味しくない。
やっぱりキンキンに冷えたビールがいちばん美味しい。海賊が財宝を見つけた後に飲んでいた酒もそれぐらい美味しかったのかもしれない。

缶を片手に考えると、なんだか無性に飲みたくなってきた。
酒とつまみ買って帰ろう。帰宅すれば冷えたビールが出迎えてくれる。
今日は休みだし、夕方から酒盛りしても怒られないだろう、きっと。

ああそういえば、わたしの口からはまだ報告していなかった。
座り込んだ横に、中身の少なくなった缶を置いて一息。

「わたしさ、結婚するの」
もう、あいつから聞いているだろうけど。
おめでたいことなんだから、2回聞いてもいいでしょ。むしろ2回だけじゃ物足りない?
一方的に投げかける言葉はこの場に留まって、やがてビールの泡と共に消えていく。行き場の無い視線は、相も変わらず宙に浮いたまま。

おめでとう、と言ってくれただろう。
きっと、笑みを浮かべて心の底から祝福してくれて。そう、きっと。そんなことも、あったのかもしれないね。

「わたし、あんたのスピーチ楽しみにしてたんだけど、な…」
幼い頃から一緒にいる彼は、何を語ったんだろうか。
読んでる途中に泣いてぐずぐずになるのかな。それでみんなして笑ったりして。
想像しただけで笑みがこぼれる。いつものように、6人で、笑って。あーあ、こんなはやく二人っきりしないでもよかったのにさ。

「ま、そんなこと、今更どうしようもないね」
どうしようも、ない。
それだけで済むなら気楽でいい。どうしようもないから苦しくて、どうしようもないから目を逸らしたい。それでも目を逸らすことを許されていないわたしたちは、せめて残ったものとして、幸せになることにするよ。

ジリジリ。何も変わらず、夏が溶かす。

「…はあ。」
少なくなったビールを一気に飲み干して立ち上がり、ビニールに缶を入れて、パチンと自分の頬を叩く。
これ以上居座ると熱中症になってしまうかもしれないし、いつもよりちょっと早いけど、もう帰ろう。

目の奥で彼が微笑んだ。いつかのように、わたしの名前を呼んで。

「また来るから」
今度は、零も一緒に。

笑い声を残した友人が、遥か彼方、青空に消えた。
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