ね、ダーリン

二人きりのオフィス、目の前には退路を塞ぐ恋人、背中に当たる固い壁。

つまるところ、簡潔的に言えば壁ドンだ。日を跨いで1時間。良い子ならば夢の国に誘われている時間帯だ。
真夜中のオフィスに、恋人と二人きり。なんて、恋愛ドラマならばキスのひとつやふたつ降ってきてもおかしくないシチュエーション。けれど、一向にラブロマンスの気配は感じられない。ここから挽回できないものか。
私を見下ろす男の眉間に皺さえ無ければラブロマンスの気配もあったかもしれない。男前を眉間の皺で台無しにしている。と言いたいところだが、そうはならないのがこの男の憎いところだ。

私を刺す光を弱めることは無いまま、重苦しく黙っていた彼が口を開く。

「言い訳を聞こうか」

言い訳、とは。
この美丈夫の眉間に山が作られる原因となったのは、先日の戦闘のことだった。森羅万象の不可解を煮詰めて凝縮させたようなHLで戦闘沙汰になる事は日常茶飯事。雨に降られれば濡れる、食べたものは無くなる、太陽は東から昇って西に沈む、というレベルの"常識"である。
そんな厄介から逃れる方が難しいこの街で、よく分からない異形と相対したのは記憶に新しい。

何を模したかも分からないオリジナリティ溢れる異形は、図体とは対照的にその身を超える斬撃を繰り出した。切り刻まれるビルに車にアスファルト。高級車も高層マンションもお構い無しにざんばらりん。果たしてこの数分で一体どれだけの金が塵と化したのか。考えるだけ無駄だろう。

大きさだけでいえば羊のようなそれと攻防を交わしている時、目の前の異形の触覚が僅かながら動いた。その動きになんの意味があるかも分からず、横目に動きの先を見る。
そこには無防備にも背中を向けて別の異形と交戦する彼がいた。幾多の修羅場を超えたスティーブンのことだから、煙草を踏みつけるように一瞬で斬撃を無かったことにするのだろう。そう、だから私が介入することではない。こちらはこちらで対処するべきだ。

思考する頭とは裏腹に、体が滑り込む。
つい。思いがけず。体が勝手に。理由も分からないまま。
数秒後、想像通りその些細なモーションは斬撃となって私の腹を裂く。予め盾を作っておいたお陰で直撃は免れた。もし直撃していたら今頃上半身と下半身で真っ二つでサヨナラしていたところだ。

この行動ひとつが、未だに色濃く皺を保つスティーブンの気に障ったらしい。
無事だったから良いという結果論は今回使えない。そんなこと言った暁には私の足が氷漬けにされる。昔一度、「足が動かなければ無茶も出来ないな」、と春風のような笑みと共に贈られたことを思い出すと未だに鳥肌が立つ。あなたも大概無茶苦茶するでしょ、と言いかけたのを喉元に押し込めただけ偉い。

「もう一度聞くぞ、言い訳はあるか?」
「言い訳も何も無いけど」
「君の無茶に関して言うことは少なくないけど言い訳がないのは初めてだな、頭でも打ったか?」
随分なことを言うな、大体なんでそんなに喧嘩腰なんだ。

「大体君は昔から、」
走り始めた口をそっとネクタイを引いて黙らせる。冷たい氷が解けるかわりに、奥の炎が燃え始める。

「・・・キスひとつで僕が黙ると思ってるのか?」
「あれ、許してくれないの?」
一気に呆れ混じりにも柔らかくなった視線を合わせて伺うように聞いてみせると、ため息がひとつ漏れた。よし、もう一押しだな。

「君、そうやって誤魔化そうとするの良くない癖だぞ」

「ゆるして、ダーリン」
やわく耳元で囁いた。
溜息と共に顔を覆うくせに、赤くなった耳はかくれていないと教えてあげようか。

ね、ダーリン
誤魔化したのは悪かったけれど、首輪代わりに
ネックレスを贈るのは卑怯なんじゃないの。

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