■ ■ ■


「あれ、眠れないの?」
甲板に佇み、穏やかな夜の海をぼうっと見詰めている今城に声を掛けたのは浅霧幻だった。普段のニヒルな笑みは何処へやったのか、やわらかさだけを顔に浮かべている。今城は浅霧の顔を確認すると、再び視線を海へ戻した。

「眠れないわけじゃないわよ、ただ海が綺麗だなと思って」
「そうだねぇ。こんな風に凪いだ海を見るのも久しぶり、って感じするし、新鮮かも」
「でしょ?それに今夜は雲が少なくて、月もよく見える。少なくとも昔の東京じゃ見られなかったような星空と一緒に」
サフランの水晶が瞬き続ける銀河をうつす。星空すべてを飲み込みそうな瞬きがまぶしい。
眩しいのに、ずっと見ていたいと思ってしまう。その眩さをこちらに向けて欲しい。微かな願いと共に、彼女の方へ少し体を寄せた。

「確かに東京じゃ絶対に見られない景色・・こんな素敵な自然の夜景をなまえちゃんと見れて嬉しいよ」
「・・・随分キザなこと言うわね、メンタリストさん」
「それも俺の仕事の一つだからね〜〜・・・だけどコレはホントのヤツ」
「あら嬉しい」
「本気にしてないでしょ?」
「してるわよ」
ゆるやかに合わさった瞳を逸らして静かに音を織り続ける水面へ向ける。
穏やかな潮風がふたりを包んでいた。あったはずの間隔は少しずつ狭まり、今では肩が触れそうなほど近い。
ふと、これは祝福のようだと浅霧は思う。久しぶりにふたりで話し、改めて彼女のやわらかさに触れたからだろうか。
自分たちの関係────誰にも話していない、ふたりの秘密。この深夜の逢引を自然に祝福されていると思うのは、すこしロマンチストがすぎるだろうか。

水面が三度音を立てた、その後。
「ね、なまえちゃん。色んなことが全部解決して、いい感じに収まったらさ、どっか旅行にでも行こうよ、日本でも海外でもさ」
「いいわね、旅行。久々にヴェネツィアとか行ってみたいわ」
「ヴェネツィアって・・・もう沈んでない?近いうちに沈むって言われてた上に、何千年も経ってるわけだし」
「案外沈んでないかもしれないわよ、確認する術も残ってないだろうけど」
「ま、俺らが旅行する頃にはもう復興してるでしょ、ヴェネツィアも」
「そうね、きっと・・・昔より、ずっと素敵な街になってるわ」
「今から楽しみになってきたね」
小さな笑い声がふたつ、夜の海に木霊する。そうしてふたつがひとつになって、笑い声は溶けてなくなった。

とろけた響は、海もしらない。

きっと世界にふたりだけ

ふたりなら、きっとどこにだって行ける。


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