■ ■ ■


ゴールドのフープピアス、1ctのダイヤモンドが煌めくリング、シンプルなチェーンネックレス。最後に男物のフレグランス。
それらすべてを彩った男が、目の前で紫煙を燻らせていた。

スタンリー・スナイダー。
彼は特殊部隊に所属する狙撃手である。煙草を扱う指はすらりと伸びていながら骨を感じさせ、ラウンド型の爪もまた綺麗に整えられている。大きく、硬そうに見えつつもしなやかな手。見る人が見れば狙撃者の手だとすぐに分かるだろう。

ハイヒールの音を合図に、切れ長のアクアマリンが私を射抜く。じっくり3回。頭の先から爪の先まで、ゆっくりと。散りばめられた贈り物プレゼントをまじまじと見詰め、2分程経ってから漸く満足したように煙を吐き出した。

「コレ、分かりやすすぎて呆れられるんじゃない?」
「何言ってんの、これだけじゃまだ足んないくらいだかんね」
次はドレスとシューズも用意すっか。ま、そん時は俺も一緒だけど。
普段は引き金を引いている指が180度で形を変えられたに金糸に指を通し、静かに唇で触れる。
初めてされたのは・・・確かハイスクールの頃だ。慣れとは怖いもので、今ではすっかり何も感じなくなってしまった。ハイスクールでの阿鼻叫喚が懐かしく感じる。あの時に見た天才科学者の驚いた顔は今でも忘れられない。類い稀に見る傑作だった。

ふと思い出に浸っていれば、目と鼻の先でアクアマリンがぎらりと光る。捕らえられて、逃げられない。まるでわたしはチーターを前にした草食動物だ。無論逃げる気は無いが、一方的に食べられるつもりも無い。目の前のチーターに噛み付くと、数秒後にはかわいらしいリップ音が響く。眩い碧の中に、紅が混ざって融け落ちた。

「ぼーっとしてんなよ」
「ちょっと考え事してただけなのに」
「ふーん?」
「あなたが相手、って知りながら突撃するひとがいたのなら、それは一体どんな命知らずなのか気になっただけ」
「ッハハ、」
笑い声と共に紫煙が宙に霧散する。口角は上がっているのに、瞳が笑みに染まることは無い。瞼に隠れた蒼がふかく、質量をもつ。怖い男ね。狙われる方の気持ちになってみなさいよ。
目を伏せたまま、手馴れたように随分と短くなった灯りを踏み潰した。それだけの仕草が様になってしまうのが憎たらしい。これを罪作りと言わずなんと呼ぶ。この罪作りな男に騙された女が一体何人いるかと思うとあまりのおかしさに片腹が痛くなってくる。少なく見積っても両手両足では到底足りないだろう。特殊部隊を引き連れてきても足りるだろうか。こうして罪を笑えるのも私が幼馴染かつ彼女であるが故だ。被害者だったらこうはいかない。何回殴っても物足りないだろう。男女合わせれば余計、いくら恨みを買っていても不思議では無いのだ。勿論、それに屈するような男ではないのだが。

「こんなにしなくとも、周知の事実でしょ。私とスタンのことなんて」
「だとしても、愛する女を猛獣だらけのパーティーに送り出すんだからさ、雁字搦めにしたくなるってせもんよ」
「あれ、やっぱり怒ってる?」
パーティーの招待状を見てすぐに、何も聞かないままノリでサインをしたから、スタンに話した時の表情は最悪だった。どんなゴーストでもあんな顔はしない。は?マジで言ってる?誰が来んの?ねぇ、しないと思うけど、万が一浮気したら、分かってるよね?
普通に脅しだ。表情と声色が合っていないっていうのは、なかなかに怖いものだなぁ。そんなことをぼんやりと頭の片隅で考えていたのだが、それがバレたら今ここに立てているかどうか怪しい。結果オーライ。何とかお許しを頂けたので楽しんでくることにする。まだ見ぬ会場に胸を躍らせていれば、彼は私の頬を撫でてゆるやかに笑った。

「いや、相変わらずヤンチャだなと思ってるだけ」
「悪かったわね、昔っから相も変わらずヤンチャで」
「俺らの影響もある、って考えるとそれも可愛いもんだね」
「2人には負けるわよ」
「意気揚々と賭けてた癖に」
「貰えるものは貰っておく主義なだけ」
めんどうな2人の幼馴染に関わる賭けに関しては勝敗が分かりすぎているので面白くは無い。けれど負けた人の負け面を拝むのがなかなかに面白くて毎回賭けてしまう。勝率が低いとわかりきってる方に賭けるほど面白いゲームではない。それにそんなことをした暁に厄介2人に絡まれることを思えば負ける訳にも行かなくなる。

「それであんだけ儲けるやつもいないっしょ。・・・ところで、そろそろ時間不味いんじゃん?俺としてはこのまま2人でどっか行きたいんだけど」
「それは帰りの車で。挨拶が終わったらすぐに連絡するから」
「ん、」

するりと手を取って、強くやさしく、要塞に閉じ込められる。
どこよりも安全で、安心できる場所。力強く、彼の心臓が脈打つのが聞こえる。これ以上体温に触れていればもっと離れ難くなる。それを分かってやっているんだからやっぱりタチが悪い。

「ね、スタン。ほんとに遅れちゃう」
体温を惜しむように離れて指先だけを絡ませる。アクアマリンは底に私を捉えたまま。

「じゃあ、後で」
「終わったらパーティーよりも楽しいとこに連れてってあげんね」
「それは楽しみ」

指先を解く。代わりにかわいらしいキスを2度。
視界の端で彼が目元を綻ばせたことを確認すると、大通りの方へタクシーを捕まえに行く。すっかり色の抜けたルージュを塗り直すのはタクシーの中で良い。

これから喧騒の中へ溶け込みに行くというのに、思い浮かぶのはパーティーよりもパーティーが終わった後のことだけ。今夜は一体、どんなプランで私を魅了してくれるのだろう。

夜はまだ始まったばかりだと、街を彩るイルミネーションが主張していた。

Most wonderful night,My love.

忘れられない夜をはじめよう。


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -