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ジリジリと容赦の無い太陽が肌を刺す。三門市の最高気温は38度。体温よりも高い気温にすっかり参ってしまいそうな中でも、分厚いトリオンで外気と切り離された夏休みのボーダーは賑わっていた。しかしお盆を迎えた今、数日前の喧騒は嘘だったかのように人気が少ない。防衛任務のシフトこそ埋めに来るけれど、それ以外の人は疎らだった。混雑していたランク戦会場もすっかり閑古鳥が鳴いていそうな雰囲気だ。それも一時的なもの。お盆休みを過ぎれば戻ってきた隊員達によって再び騒がしくなるのだろう。

冷えた空気の中ボーダー内を漂うように歩いているのは今城なまえ。早々に課題を終わらせ、夏休みは既に消化試合。何をするにも外が暑い。トリオン体で遊びに行けないかな、根付さんの許可さえ取れれば行けるけどまあ無理だろうな。

「コロッケ」と筆文字で書かれた特徴的なTシャツを視界の端で捉えると向こうもこちらに気がついたのか、向かい側から歩いてきた男が格子柄の瞳を輝かせる。微かに頬を引き攣らせたのには目もくれず。手を挙げてよお、と呑気な声を出した太刀川に再び頬が吊り上がった。

「ゲ」
「なまえ、今暇か?ランク戦しようぜ」
「無理。次防衛任務だし」
「じゃあ防衛任務が終わったら、」
「それも嫌。普段ならともかく他に人がいないのに慶の相手とか過労死しそう」

ボーダー歩けば太刀川に当たる。昔洒落で口にした諺を実現する日が来るとは思わなかった。連日の人の少なさにすっかり飢えた獣と化した太刀川は開口一番にランク戦の誘いを口にする。人がいようがいまいが、コイツがランク戦ジャンキーなのは今更言うまでもないのだが。

「慶は帰らなかったの」
「おう。一ヶ月前に帰ったからな、お前は?」
「夏休みシーズンに帰りたくない」

夏休みシーズンの駅はどこも混む。無論どこの街でもそうであろうが、日頃近界からの襲撃に恐れを抱いているせいか、鬱屈とした気分を晴らすべくバカンスに出掛ける市民は少なくない。休みの始まりからどこかへ遊びに行く人で電車は埋まっている。それ故に夏の三門市内は心做しか人が少ない。海に行くにも山に行くにも一苦労。広報の仕事を手伝っているなまえからすれば、人混みに行くのはこの暑さも相まってそれこそ地獄である。秋になったら帰るから、と祖母に連絡し両親からの連絡も逃れたなまえは、一人広い家でのびのびと暮らしている。
けれどそれももう飽きた。元々家を留守にすることが多い両親に、休み期間少しだけ顔を出した姉。自宅を独り占めと言っても慣れたもので、今更その環境に胸を躍らせるなまえでは無い。普段なら友人や後輩のひとりふたりすぐに捕まるものの、こう人の少ないボーダーでは捕まえるのも一苦労。すっかり暇を持て余していた。そんな退屈を浮かべる瞳に瞬きひとつ。太刀川は頭の上に電球を浮かべたような顔をして提案を投げた。

「じゃあ俺となんか面白いことしようぜ」

突拍子もないことを言うのも相変わらず。なまえは数度瞬きを繰り返すと、気の抜けた笑みで返事をした。

「ランク戦以外でならいいよ」
「んー・・・餅焼くか、餅」
「この暑い中炭火で焼くのはなー」
「ボーダーは冷房効いてるだろ」
「隊室で焼く気?また忍田さんに怒られるよ」
「その時は共犯だな」
「勝手に共犯者にするなよ」

けらけらと高い笑い声がトリオンの壁に染み込んでいく。何しよっかなー。打って変わって瞳をきらきら瞬かせ柔らかな笑みを見せるなまえの姿に、太刀川は胸の底、心の在処をやわらかく擽られたような心地がする。この笑顔のためならば忍田さんの説教ひとつふたつ乗り越えてもいいと思えるくらいなのだから、恋というやつは恐ろしい。隊室までの足取りは先程までの味気無さを何処か吹き飛ばしたように軽やかだった。
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