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ヘッドホンから流れる失恋ソング、検索履歴に並んだ「好きな人 忘れるには」の文字、挙句机の上に転がった未だ返せずにいるボールペン。

これは完全にテンプレートだ。なんのとは言いたくないが、完全にアレである。今時こんなことをする人間もそういないだろう。まあここにいるんだけど。いや、冗談にしても面白くない…。
いつもは飲まないブラックコーヒーも味覚がマヒしているのか、するする喉を滑り落ちる。眠気覚ましにもなりゃしない。感覚的にはただのお湯だ。普段は紅茶かチャイしか飲まない俺が今こうしてコーヒーを飲めているのは、コーヒーを愛するあまりこの島国を飛び出してブラジルに拠点を移した父さんが「珈琲を愛せ、そうすれば珈琲もお前を愛する」という怪文書と共に送り付けてきたからである。ちなみに怪文書は破いて捨てた。俺はそんな希少なコーヒーを味の良し悪しもわからないままさっきから勢いでドバドバ飲んでいる。これもしかして眠れなくなったりするかな…。味は死んでいるが、カフェインは生きているだろう。ヤバい、今夜の睡眠が不安になってきた。もし眠れなかったらその時はその時で、開き直って徹夜することにする。雄英のヒーロー科で徹夜など自殺行為でしかないが、それもこれもしょうがないことだと思う。ここ最近寝つきが悪いのも、アイツの目を見れないのも、全部しょうがないで済まないものか。

お湯と化した黒い液体がマグカップの底を映したとき、我ながら呆れ果てて言葉まで枯れた。そろそろやめた方がいい気はする。そう思ってやめられたことは一度もないのだが。
はあ。溜息と共に、もう何度目になるかわからないカフェインを注ぎこもうとソファから立ち上がる。いや、これはさすがに、もう、

「女々しすぎるだろ…」
どうやら言葉だけは枯れていなかったらしい。苦笑いと共に飛び出した心の叫びに、思わず頭を抱えたくなった。


いつの時代、どっかの誰かが定説したらしい、「初恋は実らない」、と。
それを小馬鹿にして笑い転げていた中一の時の俺に言ってやりたい。「一般論は知らないけれど、お前の初恋は実らないぞ」…なんて、そんなこと言われたら普通に自分のことを殴りそうなものだが、かなしきことに事実である。自分が初恋は実らない説の証人になる日がやってくるとは思ってもみなかった。
...「初恋は実らない説証人の会」とか作ろうかな。いや、そんな悲しい証人の会があってたまるか。あったとして恐らくだが、そんなバカげた会に率先して名乗り出るやつはどうせ今の恋人とうまくいっているか、恋人がいなくともなんだかんだ充実しているやつらである。ばーか!末永く幸せにやってろ!

誰しも大概、恋をするときには希望を持ってしまうものである。
叶わないと思ってももしかして、を願わずにはいられないし、絶対に叶わないと理解していても相手を望まずにはいられない。
例外なく俺もそうなっているわけだけれど、相手が悪い。悪すぎる。付き合ってるところがまるで浮かばない。俺の想像力の問題かと思ったが、アイツが七三分けになっているのは容易に思い浮かぶからたぶん違う。…って、これは事実か。どうやら現実と空想の区別もあやふやになってきたらしい。だいぶ重症だ。一発殴られたら治ったりしないかな...。


はじめは、ミルクティーがよく視界に混ざってくるだけだった。
ただそれだけ。普段一緒に行動することが多かったし、それを抜きにしてもアイツはいろんな意味で目立つ。だからこれは自然なことだと、気のせいだと言い聞かせて、言い聞かせたのに、言い聞かせたと思った時点で俺の負けが確定していた。とんだクソゲーである。開発者の顔が見てみたい。気付いた時には遅かったとかどんなホラゲだよ。注意書きに書いておいてほしかったわ…。

気のせいにしていた感情は、自覚した途端大きな質量を以て俺の心を支配した。
好きな人を見ると視界がキラキラするとか都市伝説だと思ってない?あれマジだから。俺もはじめて見たときはウワッて声出た。青山もビックリのキラメキにこっちがビックリする。俺の声に反応した切島がちょっとだけ個性発動してたのもわりと驚き案件だったけど。
アイツの纏う煌めきは胸を焦がすくせに、眩しいとは思わない。太陽!、ってよりかはおひさま、って感じ。まあアイツおひさまって柄じゃないけど。うーん、けどやっぱ太陽ではないな。なんなんだろ。

証明されてしまった都市伝説を皮切りに、俺はアイツの目を見ることができなくなった。
だってキラキラしてるし、綺麗だな、とか思い出したらもう止まらない。綺麗な顔してるなぁとか、筋肉ついてるけど全体的にすらっとしてるよなとか、箸の使い方上手いなとか、、好きだなぁ、とか。
そんな状態になれば俺がなけなしの演技力を振り絞って隠している気持ちなんてすぐにバレてしまう。粗野で粗暴で分かりにくいけど、なんだかんだ人のことをよく見ているやつだ。本人よりも人を理解できているのではないかと思うときさえある。求めたら罵詈雑言に交えて的確なアドバイスだってくれるし。
あとこれはあんまり人に言わないけど、結構静かな方だとも思う。冬の朝のような、寒いけれど気持ちの良い、澄んだ空気を纏ったひと。相手に反応してるときはああだけど、本人から話しかけるときは罵詈雑言が鳴りを潜める。こう言えるのは自覚する前に二人っきりになったことがあるからだ。今二人っきりになったら何言いだすかわからない。絶対無理。耐えられる気がしない。
あの時の静かなアイツは不思議だったけど、俺の細かいぼやきを拾ってくれたり、ちょっと寒いかも、って思ったら室温を上げてくれたり、めっちゃいいやつじゃん!ってときめいたりした。いや、ときめいてない。あの時は。待って…は?俺あの時からアイツのこと好きだったの?今になって新事実とか発覚するなよ。なんか思い出したら暑くなってきた。クーラー付けるか。

とりあえず目を見れなくなったので昔見かけた「目を見れないのなら鼻のあたりを見るべし」を実践してみた。けどアイツには多分効いてない。っていうかよくわかんないけどメッチャ機嫌悪そうだった。なんなの?俺なんも悪いことしてなくない?もしかして麻婆豆腐の味がいつもより甘かったりしたのだろうか。そのくらいいいじゃん、たまには胃を休ませてやりなよ。毎日見ていても、赤すぎてこっちの胃が痛くなってくるし。あれは絶対健康に悪い。

そして目を見れなくなると、いつもしていたスキンシップが出来なくなる。
目も見れないのに肩組むとかむりだろ。幽霊と肩組んでますか?って感じになるじゃん。どこ見てんの?って。それにアイツは俺よりも体温が高い。筋肉があって基礎代謝が高いからだろうか。一向にやる気を見せない俺の筋肉も見習ってほしい。力はそこそこあるのに…。そんな事実に対しても、ほんのちょっと前までは「やっぱお前のが体温高いなー」とか笑ってられたけど今は違う。今アイツに触ったら絶対溶ける。触ったところから熱をもって、アイツよりも体温が高くなる自信があった。触れた途端に、心臓が暴走、体温は上昇、顔はまるで林檎のよう!導き出される答えは「お前が好き」!いや、デッドエンドまっしぐらかよ。これには白雪姫もドン引きである。

やっぱり、どうしてもそれは避けたい。ふつうに、友達として一緒にいられればそれでいいのだ。好きなやつもいなさそうだし、第一に色恋沙汰への興味がなさそう。そんなアイツに激突して、玉砕する勇気もなかった。時が経てばきっと笑い話にできる。昔さー、お前のこと好きだったんだよね、っていっても本当に一瞬でさ、今は他に好きなやつもいるし、って、もちろん今も友達として好きだよ!マジマジ!…とか、言える、はずだ。あーもう、女々しすぎる。

閉じた瞼の隙間から涙が伝う。ほんと、好きな人を思って泣くとか、絶対しないと思ってた。俺そんな女々しいやつじゃなかったんだけどな。好きなやつのおかげで新たな一面が知れたよ!いや全然よくねぇんだけど!!アイツ女々しいやつ嫌いそうだし…って、叶わないと言いながらアイツの好きなタイプのことを考えてしまうあたり俺も俺で諦めが悪いな。けど、どうせ好きになるなら両想いになりたいと思ってしまうものだろう。やっぱり、恋とは希望を伴うものだ。それがいくらつらくてくるしいものであっても、手を伸ばさずにはいられない。どうか、この手を取ってほしいと願ってしまう。
─なあ、俺が好きって言ったら、どうする?
好きだと気付いてから何度もかんがえた。その先を思うのは、ずっとこわい。

好きだと言って、無視されたらどうしよう。いや、アイツはそういうことするやつじゃないな。少なくとも、友人の好意を無下にするような人間ではない。真っ直ぐに断って、断った後は少しこちらの出方を確認する程度だろう。そうなれば俺から話しかけなければ話すことはなくなる。俺、話しかけれるかな。振られてもいつも通りに、いつもの調子でおはよう、とか言え、たらいいのに。
とめどなくあふれるマイナス思考と涙の海に、一気に沈んでおぼれてしまいそうだった。この気持ちごと波に攫ってはくれないか。もう楽になってしまいたい。仲の良い友達で満足、してるから、


ぴんぽーん

突如、間抜けな音が海に浮かんだ。
出ようかと一瞬考えて、冷静に状況を確認する。顔はぐしゃぐしゃ、白のTシャツは雨ですこし透けていた。やめておこう。なんかあったのか?とか聞かれても、まともに対応できる自信がない。ここは申し訳ないが居留守を使うことにする。相手は誰だかわからないけれど、何か用があるならラインなりなんなりで連絡してくるだろう。

ぴんぽーん

息をひそめて、目を閉じる。ごめんな、今俺は出られそうにないんだ。なんかあるなら後で聞くから、今はそのまま立ち去ってほしい。

ぴんぽーん

…諦め悪いな、コイツ。けど無理。今は無理。だから早く諦めてくれ…。

そうして、三回目の音も波に浮かんで攫われていった。はずだった。
直後、連打されるインターホン。更にドアノブがガチャガチャと音を立てる。
完全にヤクザの取り立てじゃねーか!!!俺別に誰からも借金してないんですけど!?!?確信持てなかったけどこれで確信した!!!絶対アイツだ!!!!こんなことするやつ他にいない!!

出ない限りインターホンを連打するだろうし、このまま放っておけばドアが壊されかねない。それはさすがにまずいだろう。相澤先生にどうやって説明するんだ。アイツがやりました、俺がやりました、ハイ了解反省しろよ、とは絶対にいかない。面倒なことになる。俺今絶賛傷心中!!!もっと色々手心を加えてくれ!!毒づきながらもハンドタオルで雑に顔を拭い、今にも不穏な音を立てかねないドアへと急ぐ。わかったわかった、今出るからそれやめろ…!

ノブへ手を掛けるとドア越しの攻撃は止んだ。気配で分かったのだろうか。なんにせよ、この一枚の隔たりを開いて顔を合わせなければならない。あー、嫌だ。具体的に言うと上鳴の放電に巻き込まれた時よりも嫌。あの時はさすがに死の気配を感じた。保健室で目が覚めたら横にアイツが居たことも含めて忘れられない。目が覚めたらベッド横に好きなやつがいるとか、眠り姫かよ。びっくりしすぎてまた気絶するかと思ったわ。…ああだこうだと考えて、嫌だ嫌だと思っても開けないことには何も解決しない。とりあえず少しだけ開いてみよう。ほんの少し五センチくらい。


開けた。五センチ。

不機嫌を隠すこと無く浮かべ、仁王立ちする爆豪がそこにいた。
そしてドアが少し空いたのを瞬時に確認すると五センチの隙間に足を挟み込み、流れるような仕草で体ごと部屋へ滑り込ませた。お見事。お見事としか言いようがない。こんな状況でなければ拍手でもしている。
ほんの数秒前まで向こう側にいた爆豪はこちら側に来てはじめて、俺の顔をみた。赤くなり、涙の筆跡が残る目元を見て少なからず驚いているように見える。顔が近い。まじで勘弁してくれ。

「…ごめん。こういうことだから、相手できそうにないんだけど」
お前のせいでこんなことになってんだよ!いや正式にいえばお前のせいではないんだけど!!
なんだか随分ひさしぶりに合ったように感じる視線を外してそう告げる。爆豪は何も言わなかった。何も言わない代わりに、鋭い赤が逸らした瞳を貫く。刺さりすぎて痛い。なんなんだコイツ。さっきから意味が分からない。本当に何しに来たんだ。

しんとしていた爆豪は、何かを言いかけてやめた。その代わりに俺の左肩を掴んで、勢いよく壁に押し付ける。頭に来るはずだった衝撃はしっかり右手によって防がれていた。なんかこなれてんな、壁ドン常習者の動きじゃん。やったことあんの?てかやっぱ睫毛長いし肌もきれい。…余計なことを考えていないと今にも思考が停止しそうだ。だから近い、さっきから近いんだよ。あー、壁ドンってこんなドキドキするもんなんだな。世の女の子たちが騒ぐのも理解できた。これはキュンキュン、ってかギュンと来る。さっきから心臓が爆走しっぱなしだ。こんなことは初めてなので急激な爆走を止める術を俺は知らない。だれかこいつをとめてくれ。

「目ぇ合わなくなったと思ったら触んなくなったりいちいち態とらしいんだよ。俺はンなふざけた偽造工作に付き合ってやる程暇じゃねーわ」
「は、なんの」
はなし、続けようとした言葉は全て爆豪が噛み砕く。走り出した爆豪の口は止まることを知らない。言い訳は聞かない、と言われているみたいだった。あれ?ちょっと待て、何かおかしい。止まらない口で何か言っているけれど、すべて左から右へすり抜けていく。
まって、まってくれよ、その言い草だと俺の気持ち、全部筒抜けだったってこと?脳裏を過ぎったひとつの結論に、顔が赤く染まっていくのがわかる。う、うそだろ。その様子を見て、爆豪は気付いていることに気付いていなかったことを知ったらしい。そういうのはさあ、早く言えよ!もっとうまくやったのに!

「俺が爆豪のことすきだって、知ってたの…」
「まだ気付いてなかったんかよ」
「だってそんな、てかなんで、は?」
「あ"ー面倒くせェ…いいか、一回しか言わねぇからよく聞け。俺も、今城が好きだ」
「ちょっ、ばくご、待って」
怒涛の情報量にショート寸前だ。爆豪が、好き?俺を?待って、本当に?
思わず腰が引けて、腕の中から脱走を試みる。むりだったけど。あまりにも筋力差がありすぎる。すっかり力が抜けてしまった俺の筋肉では太刀打ちできない。
逃げ出そうとして体勢を崩した俺を容易く捕らえなおし、さらに距離を詰めた爆豪は不敵な笑みを浮かべて口を開く。

「テメー俺のこと好きなんだろ、なら逃げんな」

ああ、なんて暴君!
傍若無人さを丸出しにした言葉とは裏腹に、はじめて奪われたくちびるは涙が出るほどやさしいものだった。
ねえ爆豪、すきなひとからされるキスって、こんなにうれしいものなんだね。爆豪はしってた?俺はしらなかった。両想いがこんなにしあわせなことだったなんて、しらなかったよ。しらなかったことばっかりだなぁ。・・・なんだか、しあわせすぎて窒息してしまいそう。

アンタレスの瞬きが、俺を映して目眩く煌めいた。


一等星の初恋

とりあえず俺は、初恋は実らないという定説を
覆したことになるらしい。



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