俺が思うに。
このところ男鹿がおかしいのだ。いやいつもおかしいのだが。
相変わらず人は殴るし川で洗うし土下座させるし高笑いするし赤ん坊ぶん投げるしコロッケ食うし馬鹿なこと言うし、おかしなことには変わりないのだが、何と言うかいつもよりおかしいのだ。様子が違うのだ。あとコロッケ食べるのはおかしくなかった。
さておかしな所というのはだ。多々あるのだが一番目につく点を上げてみると、携帯だ。男鹿は携帯に対してとても無頓着だった。携帯を持て持てと俺と男鹿の姉さんが何度言っても特に必要ないと言って聞かないのだ。しかし無いと色々と不便もある。ということで高校入学と同時に無理矢理携帯を持たせたのだが、数日で無くしてしまった。再び持たせるが、今度は壊す。それを繰り返すこと何十回、お陀仏になった携帯は数えきれない。
しかし秋になった今、一ヶ月程前からその携帯紛失破壊事故はぱたりとおさまったのだ。携帯はいつも男鹿の手の中にある。それはもう驚くべきことだった。
「お前、最近そればっか弄ってるよな」
以前ならば、携帯など持っていてもまず自ら触ることはなかったのに、今は暇さえあれば指を動かしているのだ。これは天変地異である。
「あー…、まあ」
そして声をかけてもこの調子だ。どこか上の空でずっと画面を見ている。そしてたまに顔をしかめたり、薄く笑ったりする。
これはあれだ。この俺だから分かることだが、これは確実に女の影がある。女性を知り尽くした俺には分かる。恥将ではない。そして童貞でもない。決して。
「お前彼女いんだろ」
聞くと男鹿は片眉を上げてこちらを見た。
「…付き合ってる奴はいるな」
「何で教えてくんなかったんだよ」
にやける顔を抑え切れず、肘で小突くと男鹿は何とも言えない顔で目を泳がせた。長いこと付き合ってきてるが、こいつが人から目を逸らすというのは大変珍しかった。
「な、どんな?」
「あ?何がだよ」
「彼女だよ」
男鹿はきゅっと眉を寄せて、不快感をあらわに何でもいいだろと手を振った。こいつに恥ずかしいという気持ちがあるのかと内心口端を上げた。
「可愛い?」
「うっせえな」
「何だよ教えろよ、胸は?どんくらい?」
「黙れクソ古市。俺が不快になったお詫びにコロッケ奢れアホ」
そんなに恥ずかしがらずともいいだろうに。男鹿は心底不機嫌そうに俺の頭を殴った。しかしやはり終始携帯は手放さなかった。ちらりと携帯を覗こうとしたが、勢いよく閉じられた。
「あ、くそ。あいつ持って帰りやがったな」
放課後、男鹿が自宅に来た。
部屋で飽きるまでゲームをして、あいつは用が出来たと言って携帯を見ながら帰って行った。成る程彼女かとにやついて見せると、やはり男鹿は顔をしかめた。何がそんなに恥ずかしいのか全くもって分からない。
男鹿が帰って一時間程経ってから、ゲームのソフトが盗まれていることに気付いた。最近買ったばかりでまだクリアしていないから貸せないと言っていたのだが、あいつは何も言わずに持ち帰ったらしい。もう泥棒だ。
舌打ちしながら携帯を取り出し、文句を言おうと男鹿の番号にかけた。
「おい男鹿!お前ソフト勝手に持って帰っただろ」
『…っ、そんなことで電話してきたのかよ』
随分息が荒かった。しかも男鹿一人の息遣いだけでない。途切れ途切れに聞こえる男鹿以外の声に、知らず顔が熱くなってにやけた。はあ、成る程な。今鏡が見れるなら、自分は大変気持ち悪い顔をしていると思う。
「おいお前…」
『…は、うっせえ!もう切るからな』
ぶち切られる直前に、男鹿の声の隅から掠れた声で咎めるような言葉が聞こえてきた。どこかで聞いたことのあるような声だった気がしたが、何故かどうも思い出せなかった。
男鹿は、男になっていた。知らぬ内に。
いや何慌てることはない。いずれ誰もが通る道なのだ。俺は言わずもがなである。詳しいことは言わない。
「うっす」
「よお」
欠伸を隠すことなく大きく口を開けやって来た男鹿と合流して、学校へ向かう。朝に弱い男鹿がこうして定刻通りに現れるのは珍しい。やはりこれも、この秋の一ヶ月程前から、月曜日の朝だけ約束した時間にちゃんと来られるようになった。成る程、そういうわけなのだ。
隣でだらだらと歩く男鹿を一瞥すると、項あたりに虫刺されのような赤い点が一つだけ見えてしまった。ああ、もうこれは昨日の夜なにをしていたかなんて明白だ。にやけ面が止まらない半面、何で男鹿なんだという腹立たしさもある。いや俺だって決してモテないわけではないのだ。断じて。
「男鹿…」
「あ?何だよにやけやがって気持ち悪い古市」
「気持ち悪くないからな。項だよ、それ」
指をさしてやると男鹿は忘れていたというように目を丸くして、あぁと呟いた。そして項辺りを手でさすって、愛おしげに目を細めた。
「…キスマーク一つでそんな顔するお前の方がよっぽど気持ち悪いけどな」
「黙りなさいキモ市。…俺が寝てると思ってつけてくれてんだよ。普段は恥ずかしがって絶対こんなことしねえし」
きもいと言われたのは心外だが、男鹿の話を聞いているととても可愛らしい彼女のようで妄想が膨らむ。寝ている間に一つだけキスマークとか、ほんとに可愛らしい女の子に違いない。胸もあるに違いない。
「今度彼女会わせろよ」
「はあ?別にいいけど、古市知ってるぜ。あいつのこと」
何だと。知っているだと。
まさか学校内の女子生徒と付き合っているのか。まさかクイーンか。冗談だろう。
「お、おい、それ誰だよ!」
男鹿は平然と答えた。
「神崎」
これが俺のぞっとする話である。
怪談
―――――――
男鹿は彼女とは言っていない。
男神祭なのに神崎君出てこなくてすみません…。