余る可愛さ 男神 | ナノ












「デート、しよ」


パックから外したストローが、口からぽとりと床に落ちた。手に持っていた空のヨーグルッチのパックがべこりとへしゃげた。
こいつ今何て言った?目を丸くして前に立つ男をしげしげと見つめたが、この阿呆は眉をきゅっと寄せただけだった。「行くよな」
念を押す男鹿に、今度はこちらが眉を寄せた。


「デート?」


冗談やめてくれ。
顔の前で掌を振ってそう伝えたが、男鹿は気にする風もなく俺の手を取って屋上から出ていこうとした。


「はい行くの決定ー」

「は?おい男鹿てめえ、」


文句を言いにかかったが、やはり強く手を引きつつ階段を下りる男鹿の速度についていけず、つんのめりかけた。
つんのめる俺の手を、男鹿は更に力を込めて握った。


「行くぞ」


不覚にも胸が高鳴った。















「で、ここかよ」


寒い。
晩秋とは言えまだ秋だと言うのに、海は一足先に冬の寒さで充満していた。
初秋であればまだ海にも入れたかもしれないが、今では到底無理だ。今、海水浴を楽しみに来たというのであればこいつは底無しの阿呆である。気狂いである。だがこいつは常識に反することをさも当たり前かのように平然とやってのけるので、海水浴はしまいとはいまいち強く断言出来なかった。悲しいかな、こいつはこの時期に海水浴をしようがしまいがどちらにせよ底無しの阿呆なのだ。


「何で海」

「好きなんだよ、海」


男鹿はそう言って笑いながら走り出し、コンクリートの階段を降りて砂浜に出た。
まるで大きな犬のようである。口の端で笑って後に続いて階段を降りた。
頭に乗せた緑の赤ん坊を砂浜に下ろして、二人で駆け回っている。
生憎自分にはこの寒さの中駆け回る程の元気は無いので、近くに腰を下ろして幼児二人を眺めた。無邪気なものである。悩みなど一つもないのだろう。かく言う自分も大した悩みは無いが。
赤ん坊をぐるぐると振り回していた男鹿が不意にこちらを見て、駆けてきた。
何事かと顔を上げると、男鹿はこちらを見下ろしながらふんと鼻で笑った。


「座り込みやがって、ジジイだな」

「あぁ?」

「海に来たら走る。基本だ」

「一生やってろよ」

「じゃあクソジジイな神崎君はそこで一生座り込んで小便垂れ流してろ」


追い掛け回した。
自分もまだ若い。






暫くして、直ぐに息が切れて文字通りぶっ倒れた。
さらさらとした砂浜の上に身体を横たえて息荒く胸を上下させていると、隣で同じく寝転ぶ男鹿がエロいエロいとしきりに言うので近くにあった貝殻で頭を殴ってやった。
やはり二つ違うだけでこうも体力に差が出るものかと頭の隅で考えながら、空を見つめた。
学校はさぼったので、現在時刻は11時程だった。携帯のディスプレイを見ながら深く息をついた。
デートは、今日が初めてだった。
ゆっくりと上半身を上げて、海を眺めた。
緩やかな波が寄せては引きを繰り返す。ただ眺めた。男鹿も同じく座り直して、膝上に赤ん坊を乗せて海を眺めている。静かだった。


「デートって、こんなもんだったか」


ふと、思ったことが不意を突いて口から滑り出て来た。言って、少しまずかったかと乾いた唇を舐めた。いやまずいというか、墓穴を掘った。


「あ?こんなもんって?どんなのと思ってたんだよ」


男鹿は眉を上げてこちらを見た。それはさも他にデートの経験があるんだなというような口調だった。失敗した。
ここで下手に隠しても、というか隠す事も無いのでさらっと言ってしまうことにする。


「いや、俺が付き合ってた女は映画だとかなんだとかってキーキーうるさかったから」


そう言うと男鹿はへえ、と言って眺めていた海から目線を外して俺を見た。何を思っているのかいまいち分からない、読めない瞳だ。


「お前、女と付き合ったことなんてあるんだな」

「姫川みてえなんじゃねえけど」


ふーん。
男鹿はそう言って再度海に顔を向けた。















目の前に出されたチョコレートパフェを美味そうに頬張る男鹿を見て呆れた。先に苺のパフェを食べ、これで二つ目である。よくもまあこれだけ食べれるものだ。
自分はさして甘い物が好きというわけではないので、これだけの甘さの物を平然と平らげようとする男鹿が異質に見えた。いや事実こいつは異質だ。
カフェオレを飲みながら、かきこむようにして生クリームを食べる男鹿に聞いた。


「海、楽しかったか?」

「おう」


そうか。
こちらを見ようともせずパフェにがっつきながら答える男鹿を見て、薄く笑った。
まあ何、楽しかったならそれでいいか。
そう思ってもう一度カフェオレを口にしながら目を伏せると、視線を感じた。
目線を上げると、頬にいくつも生クリームをつけた男鹿がこちらをじっと見ていた。
何だよ。そういう意味を込めて見返す。
男鹿はカップの中をほじくり回していたスプーンの手を止めて、口を開いた。


「お前は?」

「は?」

「映画とか、そんなんより楽しかった?」


開いた口が塞がらないというのとは少し違うが、ぼんやりと口を開けて目を丸くして男鹿を見た。男鹿は真剣な顔だ。
何だこいつ、やっぱり気にしてたのか。先程は、自分で聞いておいてどうでもいいというような返答だったのに。そう思うと何だか無性に胸の奥がきゅうっとなった。


「ああ。すっげえ楽しかった」



男鹿は少し歯を見せて笑った。








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雅優様からリクエストいただいた「男神でデート」です。
大変長らくお待たせして本当に申し訳ございませんでした。ほんとにすみません。
男神のデートなんて何度妄想したことか…!その妄想を漸くこのようにして形に出来、嬉しく思います^^
これがデート?(笑)と思われましたらどうぞお気軽にご返品ください^^
リクエストありがとうございました!