ひよこ味3 ヒル十 | ナノ












「ほんと、凄えよ」


フィールドに目をやったまま、再び率直に伝えた。
あんたすっげえ楽しそうだったなと少し笑いながら首を曲げてヒル魔を見ると、しかと目が合った。
ヒル魔は暫く黙ったまま、こちらを見た。
どうしてか目線を反らすこともままならず、その何を考えているのか些か測りかねるどっちつかずな目に、ほんの少し困惑した。
それから直ぐにヒル魔の方から目線が外され、そのまま矢継ぎ早にこう言った。


「来週、また試合があるから来い」


そうなのか、じゃあ行くよ。
そう返すのを遮るかのように、ヒル魔はまた早口に続けた。
早口には違いなかったが、その口調に焦りがあるわけでもなく、かと言ってどもりがあるわけでもなかった。


「つーか、試合の度に毎回見に来い」


さらりと言ったヒル魔に、目を丸くした。
その言葉に胸がどくりと跳ねて、そのまま心音が耳元まで煩く聞こえてくる程、跳ねつづけた。意味の分からぬ動悸に少し眉を寄せた。
ヒル魔はすっと立ち上がり、腰に手をあてながら会場内を見渡した。
立ち上がるヒル魔を追う様に顔を上げて、様子を伺った。
夕日の橙色が先程より色濃くなり、ヒル魔の顔に影を落とした。表情は、分からなかった。
やはり今度も、思ったことをそのまま伝えた。
というか考えるよりも先に言葉が出てしまった。


「…、何で」


我ながら随分間抜けな口調だったと思う。
何故行かなくてはならないんだという問いではなく、何故俺を誘うんだという問い掛けだった。
ヒル魔は一度こちらに顔を向けると、少しだけ眉間に皺を寄せてそっぽを向いた。これで完全に顔は伺えなくなってしまった。
聞いたことで、何か気に触ってしまったのだろうか。返事は無いのだろうか。
そっぽを向いたままのヒル魔を、じっと見た。
暫くしてヒル魔が唐突に、また少し苛立たしげに頭をかきながら舌を鳴らした。
その舌打ちに何だと顔をしかめる間もなく、ヒル魔が決まり悪そうに言葉を繋いだ。


「お前のそのふわふわした金髪が見えた方が、調子がいいんだよ」


頭をかいてそっぽを向くヒル魔に呆気にとられた。その様はやはり間抜けだっただろう。
俺の髪ふわふわじゃねえけどとか、あれだけの人混みのよく分かったなだとか、そもそも調子がいいって。
開いた口が塞がらないというか何と言うか、予想だにしない返答に、頭の思考回路は一瞬ぷつりと途切れた。
ヒル魔は相変わらずこちらに顔を向けない。二人の間に異様な沈黙が流れる。
どうしたものか、どう返そうか、どういう意味合いでとればいいのだろうかとぐるぐると考えあぐねる頭を余所に、己の馬鹿な口は考えも纏まらぬ内にとんちんかんでおかしなことを、またもや間抜け丸出しで言ってのけてしまった。


「……食堂で、また一緒に飯食ってくれたら行ってやる、かも」


ヒル魔の顔がこちらを漸く向いた。つり上がった目を丸くして、驚いたような、何か異質を見つめるような表情だった。

うわ、何言ってんだ俺。
ばっ、と効果音が出そうな程勢いよく俯いた。一気に嫌な汗がどっと出て来た気がする。背筋を冷たい汗が通る。
行ってやるって何だよ、よくそんな口きけるなこの人に。今のは冗談だと取り繕おう。今ならまだ間に合う。そう思い立って慌てて顔を上げて口を開いたが、ヒル魔の顔を見て出かけた言葉が止まった。
ヒル魔はにやりと笑っていた。



「食堂でいいのか?」



気付けば首を左右に振っていた。
ヒル魔はまたにんまりと笑ってみせた。








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チャコ様からリクエストいただいた「「育みはじめる」の続編」です。
大変長らくの間お待たせして本当に申し訳ございませんでした。スランプすみません。ほんとにすみません。
漸く出来ました!あんな俺得過ぎる文の続きが気になると言っていただたいて本当に嬉しかったです。ヒル魔さんが偽物な気がしますすみません。
こんなもんいらん断るでしたらどうぞお気軽にご返品ください^^
リクエストありがとうございました!