風邪を引いた話 拝崎 紀喜……病人(語り手) 詣河 千秋……見舞いに来た人 インターフォンの音で目が覚める。起きようとするも体が重く、その行為を止めた。腕だけ伸ばし枕元の目覚まし時計を掴み時刻を見る。二つの針が示す時間は五時二十分。この時間はまだ誰も家に帰ってきていない。 今日俺は体調不良のため学校を休んだ。朝起きて体がだるいと熱を測れば39度。クラスで風邪が流行っていたため、原因はそれだろう。昨日咳が出始めた時点で気が付くべきだった。今更悔やんでも仕方ない。 こうしている内に二度目のインターフォンが鳴った。仕方なくベッドから床へ這い出て壁を支えに立ち上がる。 よろよろと壁伝いに歩いていき、一分ほどかけて玄関へたどり着いた。この時ばかりは無駄に広いこの居候先を恨む。玄関の鍵を外し、引き戸を開けた。 「やあ、紀喜」 ただでさえ熱で鈍っていた思考だが、目の前の現実を受け入れたくないためか、一瞬停止する。なぜならそこには今一番見たくない人物、詣河千秋がいたからだ。俺は何も見なかったと引き戸を閉め、部屋に戻るために玄関に背を向ける。だが後ろからはガラガラと、引き戸が開く音がした。 「無視は酷いんじゃないかな?」 「勝手に開けんな!」 俺は思わず振り返り叫ぶ。千秋は悪びれもせずに、逆にニコニコと笑っていた。その態度が余計に腹立つ。 「何だよ。君と俺との仲じゃないか」 「たかが幼馴染だ」 「されど幼馴染だよ」 これ以上何を言っても無駄だと思い俺は大きなため息をついた。立っているのも辛いため、俺は玄関マットの上に腰かける。コイツに見下ろされてムカつくが仕方ない。見上げる代わりに思いっきり睨みつけた。 「具合はどう?」 「お前ら顔見たら悪化したよ」 「それは良かった」 千秋は馬鹿にする様に嫌みったらしく笑う。俺は腹の底から湧き上がる殴りたいと言う気持ちを抑え、要件を聞いた。 「何しに来たんだよ」 「君が休むなんて珍しくてね。どんなんか見に来たんだよ」 「なら帰れ、今すぐ帰れ」 「冗談だよ、冗談。これいらないの?」 「はあ?」 千秋は俺の前に一枚の紙を差し出す。霞む視界のなか、目を凝らして見ると、そこには前々から担任に出していた推薦希望の用紙があった。俺ももう高校三年生。進路については前々から考えている。 「ご苦労さん」 そう言いながら俺は無理やり千秋の手から用紙を奪い取った。少し皺になったが破れてはいない。と言うか、コイツに手渡される位なら多少破れようとも無理やり取る方がマシだ。 「破れたらどうするつもり?」 「そんときゃ書き直すよ」 千秋はやれやれと言わんばかりに口元を歪める。 だが突如、その笑みは消え、真剣な眼差しへと変わった。俺はその変化を怪訝に思い眉間に皺を寄せる。 「やっぱ君はこの町から離れるようだね」 「コレ、見たのか」 「悪いとは思ったよ。ゴメン」 「お前に謝られると余計具合悪くなる」 俺は二度目のため息をつき、視線を下へ落とした。 「何も言わないのかよ」 「今言っただろ? 離れるんだって」 千秋の方を見ていないため表情は分からないが、コイツの言いたい事はなんとなく分かる。俺がこの町を離れて生じる問題はただ一つ、舞白の入院費だ。それについて千秋は任せろとでも言っているのだろう。 「じゃあ、お大事に」 そう言い千秋は後ろを向き外に出た。俺は黙って背中を見送る。 「……ありがとな」 俺が声を出したのはドアが完全に閉まった後だった。恐らく聞こえていないだろう。むしろその方が良い。今度こそ部屋に帰って眠ろうと、玄関に背を向ける。 「どういたしまして」 フローリングに足をつけた時、扉を挟んで千秋の返答が聞こえた。まだいたのか、そう思いつつ俺は廊下をゆっくりと歩き出した。 [戻る] |