喜悦の転落

俺……強盗犯(語り手)
相棒……強盗犯
拝崎 遊馬……男
細 無月……女

 心臓がドクドクと強く脈打つのを感じる。それもそのはず。俺達は今、大きな事をした。
 何をしたかと言うとそれは銀行強盗。俺と相棒は前々からその計画を練り、今日実行した。結果は大成功、俺の持つ黒いバックの重さがなによりの証拠だ。
 今は逃亡の最中であり、跡辺の路地を走っている。大通りから聞こえるパトカーの音に緊張感を覚えるも、こんな細い道に車ごとは入ってこられまいと安心している。これで大分時間は稼げるだろう。この道さえ抜ければ俺達の車がある。そこまで行ければ後は自由。奪った金の使い道など、これからの期待に口元が歪み、心臓の鼓動がさらに早くなった。
 だが、急に俺の前を走っていた相棒が足を止める。ぶつかりそうになり俺も慌てて止まった。何事かと目の前を見ると、そこには二人の男女がいる。
 一人は茶髪の大人しそうな男。もう一人は灰色のかかった茶髪の女。どちらもスーツを着ていた。

「何だよお前ら」
「…………」

 相棒が尋ねる。しかし彼らはこっちを見るだけで何も答えもしないし道を開ける気配もない。気持ちの悪い奴らだ。
 こうしている間に、パトカーの音が近くなっている事に気が付く。わき道に車を止めようとしているのだろう。余計な所で時間を食ってしまった。警察が追い付くのも最早時間の問題。クソ、こんな訳の分らない奴らのせいで計画を潰されるのは納得いかない。
 そんな俺にある一つの案が浮かんだ。アイコンタクトを取ろうと相棒の方を見る。すると同じ事を思ったのか、相棒も頷いた。俺達は銃を構える。

「お前ら手ェ挙げろ!」

 そう叫んだ直後、発砲音と同時に俺の横を何かが通り過ぎた。あまり考えたくはないが、おそらく銃弾だろう。一体それはどこから飛んできたのか。まさかと思い、目の前の男を見る。その直後、俺は鳥肌が立つ程の寒気に襲われた。目の前の男は、第一印象からは想像できない凶悪な笑みを浮かべている。
 そして予想通り、先程の銃弾はこの男が放った物だった。いつの間にか男の手には拳銃が握られており、銃口は俺達の方を向いていた。
 この男は危険、住む世界が違うと、俺の本能がそう伝えている。相棒も同じ事を思ったのか、後ろへとたじろいだ。

 おかしい。俺達はこいつらを人質にして逃げきろうと考えていた。なのに何故か俺達の方が圧倒されている。ただのカップルかと思っていたのにまるで意味が分らない!

「よう強盗犯。良い度胸してんじゃねーか」

 初めて男が口を開く。別に声を凄ませてる訳でもない、至って普通の声だった。しかし、表情とのミスマッチな組み合わせのせいか、男に対する恐怖が高まる。一方、女は呆れた様にため息をついていた。
 そしてもう一度発砲音。今度は俺の足元に銃弾が突き刺さっていた。俺は短い悲鳴を上げ、その場から飛び退く。

「オイオイ。強盗なんて大層な事したくせに、こんなんでビビってんのか?」

 男の問いに答える事が出来ない。なぜなら恐怖で震え、発声するのもままならないからだ。けれどもなんとかこの男と距離を取ろうと、後退りをする。
 それに気が付いた男は心底楽しそうな声を上げた。

「逃げたいんならいーぜ。そっちの方が楽しいもんな」

 俺は確信した。この男は正義の味方なんかじゃない、悪魔だ。俺達を玩具としてしか見ていないのだろう。
 三度目の銃声の後、俺達は変な叫び声を上げながら走り出した。

 それから数分後。地獄の様な一時を体験し、俺達は男に自ら「もう捕まえて下さい」と懇願する事となるのだった。


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