その理由は

*登場人物
拝崎 紀喜――学生(語り手)
一月 小町――殺し屋

 公から頼まれた用事を終え、俺と小町は跡辺区の路地を歩く。ビルとビルの隙間にあるこの道は、薄暗い、狭いと言った理由から極端に人通りが少ない。今この道を使っているのは俺達だけだ。
 俺の前を小町が歩いているのだが、突然彼女は立ち止まり、振り返る。

「なんだよ。いきなり止まって」
「紀喜君は本当にあの遊馬さんの従兄なんですよね?」
「そうだけど」

 突然小町が言う。コイツの行動のほとんどが唐突に起こるものなのでそこは対して気にならない。一々相手にすると体力が持たないため、俺は小町の方も見ずに適当な返事をした。

「拝崎としての仕事はしないんですよね?」
「そうだけど」
「じゃあ、何で銃なんて持ち歩いてるんですか?」
「は?」

 思わず間抜けた声が出る。まさかコイツの口からこんな質問が出るとは思わなかった。小町の顔を見るが相変わらずの無表情、何を考えているのか分からない。小町は続ける。

「だって、不思議じゃないですか。一般人が銃を持ち歩くなんてこの国じゃ考えられない事ですよ」
「お前に常識を語られたくねーよ」
「だったら教えて下さい」

 珍しく強引な態度に俺は驚いた。けれども、この手の話しは弱みを握られるみたいで話すのは気が引ける。
 そんな質問はなかったと、小町から視線を外すが、彼女はジッと俺の方を見ていた。いくら相手が小町と分かっていても、子供の様に純粋で好奇心に満ちた眼差しを向けられるのは辛い。きっと小町は俺が何か話すまで黙ったままだろう。二人の間に沈黙が流れる。
 わずか数十秒で限界に達し、俺はため息をついた。コイツに嘘を言っても仕方ないと思い本音を口にする。

「持ってないと落ち着かないんだよ」
「はあ」
「なんだよその反応」
「そんな理由ですか」

 揃いも揃って皆同じ反応。折角話してやったと言うのにこれではつまらないにも程がある。苛立ちを抑えながら小町に質問で返す。

「だったら、お前がもしナイフ持ってなかったらどうする?」
「それはあり得ません」

 カンマ入れず小町は答えた。表情は真剣その物。この娘はどこまで仕事一筋なのだろうか。

「もしもだって言ってんだろ」

 これでは質問の意味がないと思い、答えるように促した。
 小町は空を仰ぎ、しばらくの間考える。数秒位して俺の方を向くが、怪訝そうに眉間にシワを寄せていた。

「まぁ、心配と言うか何というか、確かに落ち着きはしませんね。けれども私は職業上の訳であって、私のこれと貴方が銃を持つ理由は関係ありませんよ」
「まあ、な……」

 確かに、一般人(俺)と殺し屋(小町)ではその必要性は異なる。
 俺は両親が殺されてから自分の身は自分で守れと何度も言われてきた。そのための訓練も"あの"笑一さんがしてくれた。並以上は強いと自負している。
 だがそれはこの銃があってこその話。体術にも自信はあるが、銃がなければ心細い。
 つまり、俺は銃に依存している。それが手元からなくなった時一番に思うことはこれだ。

「……なんつーか怖いんだよ」
「怖い?」
「怖い、持ってないと怖い、すっげー怖い」

 これこそ本音中の本音。他人にはなかなか言えない事だ。なぜ、コイツにこんな事を言っているのかと疑問に思う。
 だが小町は腑に落ちないのか、反論する。

「先程と同じですね。答えになっていません」
「だから落ち着かないつってんだろ。これはマジ。何度も言わせんな。お前は職業上不便って事だろ? 俺は身の安全って意味」
「……まあ、そう言う事にしておきましょう」

 まだ不満の残る表情で小町は呟くと、やっと俺から顔を逸らした。

「じゃあ、俺があの仕事してなんか悪い事でもあんのかよ」
「大アリです。私が標的になったら大変ですので」
「そんな事かよ……」

 妙に聞いてくると思えば、自分のためか。コイツらしいと言えばそうなのだが、思わずまたため息がでる。

「心外ですね。私にとっては重要な事です。けど……」
「どうした?」

 なぜか小町は言い難そうに視線を逸らし、呟いた。

「貴方は私の敵にはならないので、正直安心しました」

 傍らの街灯に明かりが灯る。気が付けば空は赤くなっていた。


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