素晴らしき教育

*登場人物
片岡 公……情報屋(語り手)
一月 小町……殺し屋

 一月小町と言う殺し屋が俺の家に居候しはじめた。食費が重なり出費が増えたが、こいつにも紀喜と同じように働いてもらうため、大した問題ではない。
 一番の問題はこいつのコミュニケ―ション能力だ。今は大分マシになった方だが、最初の頃は急に会話が飛んだり話が通じなかったりと苦労した。しかも下手な事言うとすぐにナイフを向けられる。自分の命のためにもなるべくなら話したくないのだが、コイツの情報を聞き出すためには会話は必要不可欠、話さない訳にはいかない。なんせコイツはあの一月家の人間。あの殺し屋一家の情報はだれもが欲しがる物だ。きっと良い金で売れるだろう。
 そして、今から聞き出す情報はこれだ。

「お前は何で兄を探してるんだ?」

 俺はパソコンでの作業をしながら小町に尋ねる。ディスクトップに反射して映る小町はナイフの手入れをしていた。今俺に危害を加えることはないと分っていても、近くに刃物と狂人がいるとなると少しは怖い。
 小町は手入れを続けながら言う。

「兄様を殺すためです」
「……ん?」

 あまりにも小町が普通に言うため、一瞬何を言っているのか分らなかった。俺はパソコンでの作業をいったん止める。小町の方を向き、腕を組んだ。

「つまり……兄を殺すって事だよな?」
「はぁ、今言いましたよね?」
「悪い……」

 こんな事、俺が動揺する話ではない。けれども内心物凄く驚いた。
 自分の家族を殺す、そんなのはよくある話だ。けれども、言っちゃ悪いがこんな機械みたいな奴が誰かを殺したいなんて思うのか、不思議でたまらなかった。

「それはお前の判断で?」
「いえ、お父様から命じられました」
「何で父親が息子を殺そうとするんだよ」
「私にも分りませんが、取締人に処分されるよりはマシだと言っていました」
「アイツらにねぇ……」

 俺は思わず顔を歪めた。取締人――拝崎家は警察では対処できない様な人物の処分を行っている。俺は正直、アイツらと深く関わるのは止めておきたい。変に縁を作って、とばっちりを食らうのは御免だ。こんな事はどうでもいいのだが、拝崎のお世話になる事は、はっきり言って異常な事。
 しかし、コイツの兄は一月帝。確かにあの殺人鬼なら標的になるもの頷ける。
 俺は組んでいた腕を解き、眼鏡の位置を直した。そして、小町にもう一つ、最後の質問をする。

「お前はどう思ってんだ?」
「何がです?」
「その命令とか言うやつだよ」
「ああ、別に。仕事ですので何も思うことはありませんよ」
「……そうか」

 ここまで小町の表情のこれと言った変化はなし。逆に、何故その様な事を聞くのかと言わんばかりの不思議そうな眼を俺に向けている。
 憎む理由もなく、仕事だからと言うだけで肉親を殺す。小町の両親は随分立派にコイツを育てたもんだ。俺は絶対尊敬しないけどな。誰でも平気で殺せるようになる娘、それがきっと小町の親の望んだ姿なのだろう。
 俺はまたパソコンの画面と向き合い、作業を再開する。小町は相変わらずナイフの手入れをしていた。会話中もずっと続けていた事については何も言うまい。


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