疾病者の場合


郡司 蜜香……看護師
白萩 舞白……患者


「退屈? そんなことないですよ。それに今日は気分がいいんです」

 少女――舞白ちゃんはそう言い、アタシへ屈託のない笑顔を向ける。
 アタシがこの病院に勤務するようになって三年。彼女はそれ以上も前からここにいた。だが長い間いるのにも関わらず、彼女の見舞いに来る人物は二人しか見た事がない。
 一人は紀喜君。そしてもう一人は千秋君。どちらとも学生であり、舞白ちゃんの幼馴染みだと言う。つまり、アタシは彼女の肉親を見た事がない。
 まあ、この病棟が病棟なのでその事について深く追求しないでおこう。

「どうしたんですか?」

 舞白ちゃんが問う。あたしは何でもないと返した。そう言うと舞白ちゃんは私の欺瞞について探ろうともせず、窓の外へと目を向ける。あたしも同じように外を見た。病院の中庭に生えた木の枝が額縁の外からこちらを覗いている。冬が明けたばかり、葉はまだついていない。
 ふと、視界に入った床頭台に分厚いノートが乗っている事に気が付いた。いつもはこのノートを見かけないため、業務上の義務としてこれが何なのか尋ねる。

「これ、日記です。そうですね……つけ始めたのは五年前くらいからです」

 彼女はノートを手に取り、両腕で抱きかかえた。

「五年前と言えば、色々とありましたね」

 少女はそう言い微笑む。
 その次の瞬間、彼女は日記を床に叩きつけた。そしてまた口を開く。

「思い出したくもない事ばかりです」


――プロローグ 了。


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