こうして幕を閉じる 派出所、俺達が案内されたのは狭い個室だった。俺達二人は小さい机を前に並んで座っていた。 「えっと、基さんだっけ? ホントごめん、こんな面倒に巻き込んで」 紀喜(確かそう名乗っていた気がする)は申し訳なさそうな声で俺に話しかけてきた。 大丈夫だ、と伝え俺はまた黙る。もう済んだ事、貴重な時間は奪われたが、そんな事をいつまでも気にする様な男ではない。 それより気にする事はこの少年の鞄の中身。通り魔ではないと安心したのも束の間、別の恐怖が俺に襲いかかる。なぜ銃を持っているのか、しかもこんな少年が。人を見かけで判断するなとはこう言う事なのだろうか。 ひとまず、警察にいる限りは安全だろう。だから、ここに連れてこられる時も、彼には悪いが何の弁解もせすにいた。いくら紀喜が謝ってこようと、何者か分からない以上、俺は警戒し続けなければならない。 その直後、目の前の扉が開いた。そして一人の男性が部屋に入ってきた。 その男の服装から警察官と言う事は分かる。 しかし、髪は赤色の強い茶髪で、ワックスか何かではねさせている。そして、両耳にはフープ状のピアスが二個ずつ付いていた。残念ながらその風貌からは服装以外そこらにいるチンピラのようだった。 助けを求め、警察に黙って連れてこられたのにこれでは頼りないと言うか何と言うか、がっかりと言う気持ちが大きかった。 「嫌だなあ、何でそんな顔するんですか」 俺に言ったのか? 確かに少し呆気にとらわれていたため変な顔をしていたかもしれない。だが違う、警察官は俺の隣にいる紀喜を見ている。何があったのかと隣を見れば、紀喜は眉間にしわを寄せ、あからさまに嫌そうな表情をしていた。先程俺に見せた申し訳なさそうな表情とは正反対だ。 「知り合い?」 恐る恐る紀喜に話しかける。 「赤の他人だよ」 吐き捨てると、機嫌悪そうにそっぽを向いた。この態度から見るにこの二人は知り合いなのだろう。ただの警察嫌いであれば、ここに連れてこられる前に会った警察官にもこのような態度を取っていたはずだ。 「じゃあ身知らずの人にそんな顔しないで下さいよ。ただでさせ悪い印象がもっと悪くなりますよ?」 「お前に言われたくねぇよ!」 紀喜が警察官の方にの向き直して叫ぶ。篤彦はやれやれと言わんばかりに口元を歪め俺の方を見た。 「あ、自己紹介してないですよね? 俺、玉城篤彦って言います。宜しくお願いしますね、基さん」 いきなり話を振られたため、何も言えずただお辞儀をするぐらいしかできなかった。 「で、わざわざこんな所に来て何したんスか?」 「えっと……」 何を言えば良いのか、紀喜の方をチラリと見るが彼はまたそっぽを向いてふてくされていた。 この少年が銃を持っていようと、先程の出来事では無実である事に変わりはない。俺はあの路地で起こった事を説明する。 一通り話したが、警察官は大変でしたね、とただ一言呟くだけ。特に記録する様子は見られない。 「完全にこっちのミスですね。すみません、通り魔でピリピリしてるんです。許してやって下さい」 まったくだよ、と言うと紀喜は席を立ち、ぶつぶつと文句を唱えながら部屋を出て行った。 俺は耳を済ませ、紀喜の足音を聞き、彼が近くにいないことを確認する。自分から出て行く位だ、恐らく戻ってはこないだろう。 つまり、今この部屋には俺と警察官の二人しかいない。彼の事を話すなら今がチャンスだ。 「どうしたんですか。ここに何か心残りでも?」 「ちょっと紀喜の事で話があるんですけど……」 「ああ、見たんですか?」 「なんの話です?」 「見たのかって聞いているんです。銃の事でしょう?」 何か言おうとしたのだが、上手く言葉が出てこなかった。言い当てられた事に驚いて一瞬、何を言おうか忘れてしまった。 一度空気を飲み込み、落ち着いた所でゆっくりと言葉を吐き出す。 「何で分かったんです? 前にも問題とか起こした事でもあるんですか?」 「いいや、あの人が問題を起こした事なんて一度もありませんよ。ここに来た事だって内心びっくりしてますし。だからどうせ銃の事かなって」 「どうせって……アレ、思いっきり犯罪ですよね」 俺がそう言うと、警察官は天井を仰ぎ、考える素振りを見せる。なぜ考える必要があるのか。いまいち俺には理解できない。 「まあ、犯罪ですよね。普通に考えれば」 「じゃあ普通じゃないって事ですか」 「そこら辺はあまり詮索しないで下さいよ。俺だって答えにくいじゃないですか。アナタも記者ならその位分かりますよね?」 先程とは明らかに違う雰囲気に寒気が走るのを感じた。表情は笑顔のまま、けれどもそれには何か違和感があった。 そうか、目か全然笑っていない。その目はまるで、これ以上踏み込むなと釘を刺しているようだった。 「……すみません」 「いえ、こちらこそ」 警察官は分かれば良い、と言わんばかりにニコリと笑う。ころころと変わる表情が、逆に不気味だった。 「とりあえず、深く考えない方が良いですよ。彼は悪い人じゃないんで」 「はぁ、そう言われても……」 そう言われても、それを簡単に信じる事なんてできない。それに、この警察官も彼の仲間だという可能性がある。 「俺と紀喜さんがグルだって考えもあるでしょうね」 「…………」 図星。今まさに考えていた事を言われ、俺は思わず顔をしかめる。だが警察官は俺の変化を、そんな事と、とくに気にとめる様子は見られなかった。 「俺の話は信じなくても良いです。でもアナタに危害を与えるつもりはないって事だけは信じて下さいよ。そうしなきゃ元も子もないんで」 お帰りはこちらです、と警察官は個室のドアを開け、俺に早く帰るよう促す。 外に出ると道の脇で紀喜が待っていた。あんな話をした後、信じて欲しいと言われても、本人を前にするとやっぱり何かされるのではないかと疑ってしまう。一度味わった恐怖は簡単に消える物ではない。いくら見た目が普通でも、それが中身と一致する訳ではないのだ。 俺は何て声をかけたらいいのか分からず、ただだまっているだけだった。しかし、向こうは俺に気がついたらしく、こちらに近付いてきた。 「遅かったけどアイツと何話してたの?」 お前の事、なんて言えるはずもない。相づちで時間を稼ぎ、何を言おうか必死で考える。 「通り魔の事だよ」 「ああ、記者だもんな」 紀喜は納得してようで、俺は内心胸をなでおろした。 「じゃあ俺は帰るけど、巻き込んでほんとゴメン」 「別に良いよ。今度からは気を付けろよ」 俺は早口に言うと紀喜に背中を見せる。もう関わりたくない一心だった。彼もすぐ帰るのだろう。いや、帰ってくれ。 振り返る事もせず、俺は急いでその場を離れた。今日の事は忘れよう。帰ったらゆっくり休んで明日の仕事に備えるんだ。ずっとそう考えていた。 こうして一時の非日常は幕を閉じる。明日からまた、いつもの生活へと戻っていく予定だった。そうなるハズだった。 ≪ ≫ [戻る] |