それは唐突にやってくる

 ガシャンと、金属同士が擦れたような音が辺りに響き渡った。静寂を破る耳障りな音に俺は誰かいるのかと振り返る。誰もいないことを確認し、また前を向いた。
 雑誌に載せる記事の編集も一区切り付き、俺は家に帰る途中だった。
 ここは跡辺区裏通り。ビルとビルの隙間にある狭い道だ。
 ここを通る人の数は、同じ区でありながら表の歓楽街と比べ、まるで天と地の差。暗い、狭い、という理由の他、不良のたまり場になる事もあるため仕方ないと思う。加えて、今この街を騒がす通り魔事件、皆これを恐れるためか人通りの少ない道を歩きたがらない。おかげで今裏通りを歩いているのは俺だけだ。
 こんな人気のない所を一人で歩いているが、通り魔が怖くないという事はない。だが、俺には絶対に襲われないという自信があった。
 この通り魔で亡くなった人達は議員や医者など比較的裕福な者ばかり。一人だけただの会社員が巻き込まれたらしいが、それ以降そういった者が襲われたという話は聞かない。だから、俺みたいなどこにでもいる記者が狙われる訳がないと思ったのだ。

(大体、危ないって分かってんのにこんな時間まで仕事させる方がおかしいよな。狙われないつっても、もしもって事があるだろ)

 心の内で伝わりもしない文句を唱えながら、ズボンのポケットから携帯電話を取り出し画面を見る。表示された時間は二十時四五分。犯罪者が活動するにはまだ早い時間だろうが、こんな人通りの少ない路地では襲われるのには十分すぎる時間だ。さすがに焦りを感じ、歩幅も大きく早足になる。

 しかし、その不安に追い打ちをかけるかのように、先ほどの音がまた響き渡った。足を止めもう一度後ろを見る。誰もいない。遠くの音なのか、いやそんなはずはない。建物の中の音や軋み、それは金属音じゃない。じゃあ何なんだ。

(そんな音はしてない、してない……!)

 自分にそう言い聞かせ、俺は急いで路地を通り抜けようとする。だが音は近くなるばかり。まるで自分から近づいているようだ。いや、実際そうなのかもしれない。
 ついにその音は俺の真上でするようになった。まさかとは思い恐る恐る上を見た。認めたくないが、ビルの窓にうごめく一つの影を確認する。

(確かここって廃ビルだよな?)

 だったら一体その影はそこで何をしているのか、俺は立ち止まってその様子を見ていた。
 突然その影は信じられない速さでこちらに近付いて、いや、落下してきた。
 一瞬頭が真っ白になる。その後にあの影は通り魔なのではないか、俺も被害者の一人になるのか、など様々な考えが浮かんてくる。そして、恐怖と驚きが重なって俺は動けずにいた。

「そこ退いてえぇぇぇえ!」

 どこからかそんな叫び声が聞こえた。その声で我に返り、咄嗟に後ろへ飛び退く。反射的だったので着地の事は考えておらず、尻もちをついた。この際格好良い悪いは気にしない。なんせ恐怖心が羞恥心に勝っているのだから。
 影は俺がいた場所に着地する。暗くてよく分からないが背格好から考えて男、少年、高校生くらいか。

 その人物はゆっくりと立ち上がる。俺はそれと同時に後ずさりした。この人物が安全だと分かった訳じゃない。むしろこの状況から考えて安全だと判断する奴はいないだろう。だから少しでも距離をとっておきたかった。

「えっと、大丈夫……? なんと言うか、スイマセン。まさか下に人がいるとは思わなくて」
「あ、え?」

 予想もしない問いかけに思わず間抜けな声が出る。俺は立ち上がる事も忘れ茫然としていた。しばらくして、先程聞こえたあの叫び声はこの少年の物だと気が付いた。

 通り魔だったらもうこの時点で俺は襲われている。そして、今から殺す人物を気遣ったりしないだろう。そんな事からこの人は安全だと判断し、俺は思わず安堵の溜息をついた。

 落ち着きを取り戻し、目の前の人物を見る。目は割と大きく幼さの残る顔立ち、女顔といった方が良いだろう。本当に申し訳なさそうに俺を見ている。この暗闇では色までは分からないが短髪で、どこにでもいそうな少年だった。急いでいたのだろうか、彼が持つ鞄は口が開いている。
 少年を詮索しようとその鞄を注視し、そこで俺は目を疑う。鞄からは普通の高校生からは考えられないような物が覗いていた。

(銃だよな……アレ)

 仕事柄、本物の銃は幾度か見た事がある。銃は見慣れている訳だが、少年が持つそれは間違いなく本物。
 自分の置かれている立場を理解した時、とてつもない不安が俺を襲う。今、澄空町を騒然とさせている通り魔の使う凶器は刃物の事から、彼がそうである可能性は低い。だがそんな可能性の話より、間近にある危機への恐怖が俺を侵食していた。
 そんな時、救いなのかは分からないが、車のブレーキ音が聞こえる。車は俺たちのすぐ傍に止まったらしい。近くから女性の声が聞こえた。

「あなた達何をしてるの!?」

 車は巡回中のパトカーだった。通り魔のせいでその台数も増えたのだろう。呼び止められた原因はきっと恐喝と見間違えたに違いない。
 第三者の介入により安心するも、不利な状況である少年の方をちらりと見る。慌てる様子もない彼は、俺の視線に気が付くと心底つまらなそうに呟いた。

「本当に悪いんだけど、もうちょっと付き合ってもらえる?」


 


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