カーテンの隙間から覗き、自らを照らす柔らかい朝日に、ちゅんちゅんと鳴く小鳥の囀り。
耳元でぴぴぴと音を立て、自らの事を起こすために設定されたアラーム音を鳴らす携帯電話。
黄瀬涼太は眠っていた意識の中でそれらを感じ、聞き、目を覚ました。
何度か布団の中でもぞもぞと寝返りを打ち、あまりの気持ちよさに二度寝してしまいたい気持ちになるが、如何せんこの後からすぐに学校である為むくりと身体を起こしてぴょんっと可愛らしくたった寝癖の頭を撫でつける。
今日の寝癖はちょっと強烈かもしれない、などと思いながら未だぴぴぴ、と音を鳴らし続ける携帯のアラームを解除しようと慣れた手つきで携帯を開く。
そこで事の重大さに気づいた黄瀬は、携帯を片手に唖然とした。
「スヌーズ5回目って……マジっスか!?」
5分の間を開けて設定していた携帯のアラームは先程鳴っていたもので5回目、計25分の大寝坊である。
いつもなら顔を洗って優雅に朝食を取ったり、髪の毛をセッティングしたり、TVをチェックしている時間なのだが、今日に限って前4回のアラームは聞きとることが出来なかったようだ。
「なんで今日なんスかー……!」
今日に限って、と黄瀬は思う。
今日はあの青峰が珍しく自分から朝の登校を誘ってきた日なのだ。
昨日、部活後の1on1を終えた時の事である。
「なあ、明日一緒に学校行かね?」
青峰からしたら何気ない一言かもしれないが、青峰に叶わぬ片想い中の黄瀬は当然手放しで喜んだ。一つ返事で勿論だと笑ったのも、バッチリ覚えている。
が、そこでこの寝坊である。
やらかした。やらかした。
半分泣きそうになりながら黄瀬は勢いよくベッドから飛び起き、ぐちゃぐちゃの布団を直すこともなくそのまま洗面台へ駆けだす。
いつもなら余裕の朝シャン(青峰に「はんっ! 流石デルモ!」と馬鹿にしたように鼻で笑われたが)も今日はしている余裕すらないようで、顔を洗顔クリームで手早く――けれど丁寧に洗い、強烈な寝癖を直すためにモデルの撮影の時に貰った強力だと噂の試供品の寝ぐせ直しをしゅっしゅっと軽快なリズムで自らの頭にかけて行く。
それでも立ってしまうのだから、今日の寝癖は相当だ。
まだ跳ねている感覚のあるその寝癖に思わず頬がひくつきながら、半ば自棄に自らのマイナスイオンを売りにしているドライヤーをコンセントに差し入れ、念入りにブローする。
漸く寝癖も落ち着きを取り戻した自らの髪にほっと一息ついて、やはり自分専用のコームで髪を梳かした。
再び就寝前のようにふわりと整ったその髪を鏡で確認してにんっと微笑む。
「よし! 今日も決まったっス!」
周りから見ても自分から見ても、ナルシスティックな発言をなんの躊躇いもなく零すのは、いつもの事。いつもならそこで暫く笑顔の練習をしてから学校へ向かうのだが、鏡越しに見える掛け時計に目をやればすぐにそんな余裕もなくなった。
青峰との約束の時間まであと10分をきってしまったのである。
本格的に不味いと悟った黄瀬は、手早く洗面台の片づけを終えると再びどたどたと忙しなく自室へと戻っていく。
途中、母や姉の大ブーイングが聞こえた気がしたが、そんなのはこの際無視だ、無視。
部屋に入るなり自らの纏っていたスウェットをぽいぽいと脱ぎ捨て、代わりに、ハンガーに掛けてあったその制服を身に纏った。
ピシッと皺無くアイロンの掛けられたYシャツを着るのはいつでも気持ちがいい。
それに白いセーターを羽織り、スラックスを履けばもう完璧。
壁にかけられた自室の時計を確認した後、等身大の鏡でその整った自らの姿を確認し“よし”と呟く。
ペシペシッと自らの両頬を両手で叩き挑発的な笑みを浮かべながらその鏡に映る自分を見つめ、
「髪よし服よし笑顔よし!」
と毎朝の口癖を本日も口にした。
青峰っちに少しでも気にかけて貰えれば良いなと思い始めたそれは、既に自分の中で毎朝の日課になっている。
「っと、いけね! 青峰っち待たせちゃうじゃないっスか!!」
飛び起きた拍子に乱れた皺の寄った布団や、脱ぎ捨てられたスウェット。部屋に散らかったそれらを片付ける間もなく部屋を出る。
母がリビングから「朝食はー?」と問いかけてきたけれど、申し訳ないと思いながら「遅刻しそうだから、ごめん!」と返した。
玄関に向かう途中、この春大学に入ったばかりの姉がリビングから顔を出し「あら、遅刻?」とニヤニヤ笑って居たが「うるさいっスよ!」と言って、そのまま玄関に揃えてあった自らのスニーカーに足を入れる。
「あ。ねえ、涼太……」
「ごめん! 急いでるんで帰ってきてからにして欲しいっス!」
スニーカーの紐を結び終え、スポーツバッグ片手に玄関の扉に手をかけたとき、姉が何か言いたそうにこちらに声を掛けてきたけれど、それよりも早く待ち合わせ場所に行かなければいけない俺は、家に帰ってきてから聞くと言葉を残して姉の返事も聞かずに家を飛び出した。
「ねえってば!! ……って、……行っちゃったかぁ。 あんなに派手な寝癖付けて……。 ま、良いわよね。 私の話し聞かない涼太が悪いんだから。 私しーらない!」
勿論、姉のこの不穏な言葉は、扉に隔たれて俺の耳に届く事はない。
一刻も早く、と走る俺の頭部では、直したはずの寝癖が綺麗に弧を描き、今朝の努力を踏みにじるかのように、風に揺れていた。
「髪よし服よし笑顔よし」
(( 青峰っちおはよーっス! ))
(( 遅かったじゃねぇか黄瀬! 遅刻すんぞ! ))
(( わー! ごめんっス!! ))
(( てかお前、なんで今日寝癖なんてつけてんの? 珍しくね? ))
(( ……え!? ))
……なんだこれ(笑)
自分で書いててもなりました、なんだこれって。
ぐだぐだすぎましたね、黄瀬くんがただの乙女な件について!
ヤマもオチもイミもなくてすみません((