病床の吐息
*ifパロ満載
*死ネタにつき注意
区切られた窓から降り注ぐ眩しいくらいの光と、どこまでも晴れ渡り何もかも透かしてしまいそうな青に、思わず目を細める。
嗚呼、今日もいい天気だな。なんて当たり前の事を考えられるのもあと僅かな時間だけだろう。
俺、黄瀬涼太はふと自嘲気味に笑って、自らの身体と真っ白な消毒臭いベッドを繋ぐよう、手の甲にぶすっと打たれた点滴の針に視線を移した。
もう何年も充分に外へ出ていないためか白くなってしまった自らの手に刺さる、太い針。
それに繋がるチューブを視線で辿れば、ぴちょん、ぴちょんと等間隔でゆっくりと落ちてくる液体――自らの身体をなんとしてでも良くさせようと投与される薬。
何よりもそんなものからは縁遠いと思っていた自分がまさかこんな事態に陥ることなんて誰も――自分ですら、予想していなかった。
脱力して、布団へと逆戻りする。最近では、ただ座っているだけでも辛いと感じるのだから自分も相当弱くなったものだ。
目を開けている事にも疲れてしまって、仕方なく目を閉じる。
視覚がシャットアウトし代わりに耳を澄ますと、聞こえてきたのは風に揺れる新緑の葉がカサカサと擦れ静かに奏でる自然の音楽だった。
――これで意識が無くなったら、もう俺は目を覚まさないっスね。
それは、今まで何度と繰り返してきた“もし〜だったら”の話ではなく、確信に近いものだった。
なんとなくそんな気がするだけだと言われればそうなのかもしれないが、自分の中の勘がそう告げている。
“勘”なんて言うと、俺の憧れでずっと背中を追い続けたあの人も“野生の勘”が鋭かったなーなんて思い出す。もう随分と会っていないけれど、元気にしているだろうか。
彼に限らず、昔の仲間たちやライバル、自分に関わった全ての人たちを思い出して思わず口元には笑みが浮かぶ。
色の無い世界が初めて青という名の色で染められた時の感覚、それから続けて飛び込んできた赤、緑、紫、黒、桃、灰と言う様々な色たち。
そこから広がった世界は実に鮮やかで。あの茶色の球体を追い掛け肉弾戦に及んだあの日々が懐かしい。
体育館に響く怒号、動く度に擦れるバッシュのスキール音、バスケットボールが床に突かれる重量感のある音、仲間たちの声援、弾ける汗。
全てが容易に思い出されて、もう怠くて動かせないと思っていた身体が、奥深くで疼いた。
絶対王者に君臨した赤は、練習メニューこそ鬼畜ではあったけれど、時たま投下する爆弾発言にいつも笑わされたものだ。どこぞのお坊ちゃんなのは薄々気がついてたけど、あそこまで筋金入りだといつも腹筋崩壊の心配をしなければならない。あの恐ろしい程整った顔で真面目に投下される爆弾の威力は、それはそれは恐ろしいものだった。
完璧主義の努力家だった緑は、練習メニューをこなした後でも居残り練習するのが常だった。だからよく一緒に居残り練習もしたし、フォームのことでよく注意もされた。あまりにも世話焼きなものだから一度“お母さんみたいっスね! 緑ママ!”って言ったら、怒涛の勢いでお説教喰らったものだから、あれ以来一度も口に出来ていない。もう一度くらい、呼んでおくんだった。
のんびりマイペースに我が道を行く紫とは、よくお菓子の交換をした。彼が好きなまいう棒の新味が出たら彼にすかさず教えたし、彼はそれを必ず買った。そうして必ず此方に「はい黄瀬ちーん、あげるー」と言って一本くれるのだ。美味しかったなぁ、あのお菓子。もう一回で良いから、食べたいなぁ。
影が薄くていつもみんなを驚かせていた黒は、俺の教育係であり、ライバルであり、離れてしまった青峰っちやキセキの皆をもう一度繋ぎ合わせてくれた。何にでも凄く熱心で、俺たちを繋ぎ合わせようと必死で動いてくれたよね。また皆とあの頃みたいに話し合えて嬉しかったな。ありがとう。でも、時たま喰らうイグナイトだけは勘弁っスわ。
キセキの世代紅一点、いっつも俺たちのサポートを全力でしてくれた桃とは、よく一緒にお話した。部活の事だったり、化粧品の事だったり、恋バナだったり。俺、周りによく「お前は女子かッ!!」ってツッコまれてたっスね。でも、本当に楽しかったな。お互いに好きな人の事打ち明けた時とか、正直絶縁覚悟で打ち明けたのに、ケロっとした顔で知ってたよって言った桃っちの顔、今でも忘れられないっス。
黒子っちと共に打倒キセキの目標掲げて本当に俺等を倒した、めらめらと燃える炎のようだった火の料理は兎に角美味しかった。何度か家にお邪魔させてもらったけど、思わず惚れ込みそうになったっス。嗚呼、でもやっぱり一番はあの人なんスけどね。バスケも超一流で、俺等と対等な位置まで上り詰めてきた火神っちと一緒に戦えて、本当に良かった。
憧れた青には毎日1on1をせがんで“負け”を繰り返した。何度やってもダメで、今まで一度も勝てたことがない。あー、悔しい。頼んだら、また1on1してくれるかな。バスケ、したいなー。NBAで華々しい活躍を魅せるあんたにはもう、勝てないだろうけど、それでも良いから、もう一度、あんたとバスケがしたい。あんたに惚れ込んで始めたバスケを、もう一度だけ、あんたと。
大好きで、愛おしくて、ずっと、生涯共にするだろうと思っていたあんたと別れたのは三年前だったっスか? 俺ね、今でも離れた事、すっごい後悔してるんスよ。あの時、本当の事を打ち明けていたら、あんたは今も俺の隣で手を握ってくれてたかなって。でも、あんたにはバスケ、楽しんで欲しかったから、その点では、離れて正解だったかもしれないっスね。
本当はね、二人で皺々の爺になって「歳取ったな」ってお互いの姿みて笑いながら、縁側でお茶するって言う俺の密かな夢があったんスけど、自分でその夢駄目にしちゃったっス。笑えないっスねー……
最後に見た時のあの顔が忘れられないんスよ。
傷ついたような、苦しそうな顔。ごめんね、青峰っち。苦しい想いさせて、ごめんね。
今までの思い出が全て脳裏を駆け巡る。
これが走馬灯ってヤツかな、と一人冷静に薄くなりかける思考で無理矢理に考えた。
そういえば、皆に書くつもりのなかった遺書紛いの手紙、書いた気がするけど、あれは何処にしまったっけ。
できれば誰の目にも届かないように、捨てて欲しい。
あんなこの世に未練タラタラな文章見せられたって困るだけだろうに。
ふっと、自嘲気味に笑う(もしかしたら、もう自分は笑えていないかもしれない)。
誰も、俺の願いを聞き入れてくれる人が居ないことに気がついたから。
いよいよ死ぬんだってとき、一人なのはちょっと淋しいな。
父さんと母さんは、今担当医と話しているし、姉ちゃんたちも、来るのは夕方だろう。
嗚呼、一人なんだ。 一人で、死んでいくんだ。
悲しい、寂しい。 誰か、誰か。
薄らと目を開いて、懇親の力を込めた右手を持ち上げる。
誰かがこの手を掴んでくれるかもしれない、なんて淡い期待を込めて。
俺が病に伏せていることなんて、家族以外誰も知らない。知らせてもいないから。
だから、自業自得だけれど、その右手を掴んでくれる人なんて、居ないんだ。
けどね、我が儘言っていいっスか?
ねえ、会いたい。 会いたいよ。 誰でも、良いから。
俺が病気なんだって伝えようとしても、もう俺の喉は声を出せないし、俺のカラダだって、もう言うことを聞いてくれないけど、今もし誰か俺の元に来てくれるなら、俺は泣いて喜ぶっスよ。
ねえ、だから。誰でも良いから。この手を、掴んで。一人は、怖いよ――
虚空に伸ばされた手から、だんだんと力が抜けていくのが分かる。
パサり、とみっともない生白くてひょろひょろな腕がベッドに触れた。
だんだんと瞼が重くなり、視界が霞んでいく。
寝てはダメだと思うのに、もうイイよと囁く悪魔が居る。
会いたいよ、誰でも良いから。でもね、もう疲れたよ――。
目尻から、生暖かい何かが零れ落ちる。
最後に見えた世界は妙に色褪せていて、俺は悲しみの底目を閉じた。
「病床の吐息」
(( 願わくば、俺が死んだこと、あの人には伝えないで ))
一度はやってみたかった!
でもなんだか思っていたのと違う気がする今日この頃。
続きはー……、どうしようか。書ければ書きます
でも書けなければ書かないと思われます
気まぐれ管理人ですみません(´Д`;)ヾ