知らないフリ、しようか | ナノ

知らないフリ、しようか


*大学生、同棲パロ
*青峰浮気ネタにつき注意!
*青黄←紫からの紫黄要素有り。
*マイナー注意!


 太陽と入れ替わるように今夜も昇って来て数時間立つ月は、夜闇に眩しいくらいの輝きを纏っていた。
 とは言っても、月が輝いているだけで空で輝いている筈の星は姿を現さない。
 薄汚れた“大気”というヴェールに包まれて、その姿かたちを巧妙に隠されている。
 田舎ではないから澄んだ虫の声なんて聞こえはこないけれど、代わりにこんな夜更け頃でも人々の賑わいの声が絶えない。
 会社帰りのサラリーマンが少しばかり冷たくなってきた風に鼻を赤くしながら携帯電話で「今から帰る」と伝えては幸せそうに笑う姿。デートの終わりが見えてきて少し寂しそうにしている彼女を気遣ってか、握っていた手を強く握りながら「またデートしような」と笑いかけている彼氏の姿。それを聞いた彼女の満面の笑み。
 賑やかな街は、幸せそうな人々をまるっと包み込んで緩やかに揺れるゆりかごのようだ。
 しかし誰も彼もが幸せである筈がないように、そんな幸せ色に染まる街中にあるマンションの一室、電気も付けずに暗がりの中面白くもない深夜のお笑い番組を映し続けるテレビを見つめ、ソファーに身を沈める男の姿があった。
 その部屋にはどうやら一人で住んでいる訳ではないようで、テーブルにはすっかり冷めてしまった二人分の夕食が並んでいる。
 他にも食器棚を見れば明らかに客人のものとは異なる青と黄で揃えられたマグカップや茶碗、綺麗に畳まれた洗濯物の山にも明らかに系統の違う類の洋服たち。
 確かに誰かと共に住んでいる気配はするけれど、今部屋に居るのは年若い、20歳前後の男ただ一人。
 同居人――基この男の恋人は最近男に対して素っ気なく、帰宅してから家にいる時間も急激に減少した。
 その男――黄瀬涼太は今日も一人、大して面白くもない深夜のお笑い番組を呆然と虚ろな瞳で眺めながら、恋人の帰りを待っているのである。
 面白くもない、とは語弊があるかもしれない。言い直すならば、今の彼には何も感じ取れないという話だ。
 強いて言うならば何かを失い憔悴しきった今の彼は生きる屍そのもののようで、何も感じ取れず、と言った風に感覚が麻痺していた。

――漸く想いが通じたと思ったんスけどねー……。

 黄瀬が何も感じなくなるのに、多くの時間は要らなかった。音もなく忍び寄ってきた不穏な影は、恋人と自分の間に“大きな溝”を生み、黄瀬は大きな不安を抱えるようになる。それが突如として黄瀬の感覚に覆いかぶさり、頑丈な鍵を掛けてしまった。
 そうなってしまう程に彼の中では恋人の存在が大きかったのである。
 恋人の居ない空間はとても色褪せていて、恋人と出会う前の荒んだ自分に逆戻りしたかのようだ。
 楽しい事を、楽しいと思えない。一人で笑っていたって、誰が他に笑ってくれようか。
 何をやっても、一人では楽しくない、笑えない。
 二人してくだらないことで笑いあったあの時の嬉しさを知っているから、一人は虚しい、悲しい、辛い。
 そんな思いばかりが黄瀬の脳裏を過ぎり、それを振り払うかのように彼は頭をふるりと横に振った。



 いつからだろう、彼が甘ったるい香水の匂いをつけて帰ってくるようになったり、今まで手を出そうともしなかった煙草を急に口に咥えるようになったのは。
 おかげで家に帰ってきた彼の周りには、香水と煙草の匂いが混ざった、なんとも言えない不快な香りが立ち込めるようになった。 
 いつからだろう、彼が首や鎖骨、至るところに俺の身に覚えのないキスマークをつけてくるようになったのは。
 俺に見えないとでも思ってるんスか? 丸見えっスよ、馬鹿。
 いつからだろう、彼の帰りがこんなに遅くなったのは。
 もう、思い出せもしない。本当に突然で、俺もどうしていいのか分からないのが現状。
 いつだったろう、最後に彼と肌を重ねたのは。
 そう考えると遠い昔のことのように感じて、俺は無理矢理その事実に目を瞑る。
 いつからだろう、彼が隣に居ないことが当たり前になってきたのは。
 190cm近いガタイの良い男二人でソファーに隣同士座り合っていた時、微かに感じていた彼のぬくもりをもう俺は思い出すことが出来ない。
 


 彼が世間一般でいう“浮気”をしているんだと察することも、容易なことだった。
 あれだけの視覚的証拠や嗅覚的証拠をまざまざと見せつけられてしまえば、いくら馬鹿で脳足らずと言われている俺にだって分かってしまう。
 彼は、俺に一体何をさせたいんだろうか。
 あんなにわかりやすい浮気で、俺の気持ちを図っているのか。それとも何か、浮気している自分をわざと見せて、俺と別れようとでも思っているのか。
 それこそ迷惑な話だ。俺はまだアンタのことで無い頭精一杯悩ませて碌に睡眠の取れない日々を送るくらい、アンタのことが好きで好きでしょうがないのに。
 それとも、アンタの中で俺はただのセフレで、もう用済みだから捨てられてしまったのか。
 考え始めたら悪循環。もう何度も溜息をついたから、幸せはかなり逃げていってしまっただろう。
 もう俺ら終わりなのかな、駄目なのかな。
 そりゃ、胸も巨乳好きな彼には申し訳ないけれどぺったんこ。俺は生物学上正真正銘男であるから胸など膨らむ筈もないのだけれど、それでも本当に申し訳ないと思っている。
 身長だって彼と大差ないくらい大きい。彼は、自分の腕に収まってしまう程小さくて華奢な、守ってあげたくなるような女の子が好みだ。
 声だって当たり前だけれど低い。「大ちゃん!」と彼を呼ぶ、あの美しい幼馴染の高い声に、何度憧れたことだろう。
 何度身体を重ねても、子を成すことなど出来ない。それも当たり前。俺には妊娠器官など身体のどこを探しても無いのだから。
 全部に、飽きられちゃったかな。
 男同士で付き合っているのだからそれ相応のリスクだって想定していたし、いずれこんな日が来るのかもしれないと心のどこかでは理解しているつもりだった。
 けれど、今まで二人で過ごした時間が幸せすぎて、そんなものは全てどうってことない、どうにかなると錯覚してしまっていたのだ。
 きっと二人でなら乗り越えられると信じて、中学から今まで一緒に歩んできたのに。
 こう、いとも簡単に離れてしまうものなのだろうか。

――やっぱり、子ども欲しいんスかね。 女の子が良かったかな。 ゴメンネ、俺が女だったら良かったのにね……

 “捨てないで”、“置いていかないで”と心が強烈な痛みを伴いながら叫び声を上げる。痛烈な叫び声を上げているのは心だけで、時たま気まぐれにこの家へ帰ってくる彼の前ではいつも笑って見せるのだけれど。
 彼が浮気をしていると知りながら、知らないフリを決め込むのはまだ俺の元に戻ってきてくれるんじゃないか、と淡い期待を胸に抱いているから。
 実際問題、もう諦めなければならないと知っているのにも関わらず。
 帰ってこないと知っていても作ってしまう、テーブルに冷めて並ぶ二人分の夕食。彼の好きな料理を出来るだけ時間をかけて作ったのだけれど、どうやら今晩もそれらは無駄になってしまうようだ。

「……青峰っち、もう帰って来てくれないんスかね……」

 俺はいっぱいいっぱいに右手を天井に伸ばして、あるはずもないそのぬくもりを探した。
 手を伸ばせばぎゅっと優しく抱きしめてくれるあの心地の良い体温は俺を酷く安心させる要素の一つだったのだが、当然ぬくもりは愚か何も掴むことはできなかった右手は脱力したようにぶらん、と地に落ちる。
  
「はは……っ、やっぱり居ないね、青峰っち……」

 目尻から生暖かい液体が滑り落ちた気がしたが、果たしてそれはなんという物であったのか。




――――――――――
  



 春風舞う、という表現がぴったりであろうその穏やかな風の吹く桜並木の続く道。
 白い制服に身を包んだ二人の男子学生が仲睦まじく、表情をコロコロと変化させながら楽しげに談笑している。
 一人は何処か見覚えのある地黒の、人より濃い肌に青の短髪の持ち主。その短髪は風にふわりと遊ばれるかのように揺れている。
 もう一人は日の光を受けて美しく煌く金糸の持ち主。金糸は春風に靡き、それに合わせて静かに左耳を前後左右に揺れるピアス。
 それは彼の「黄」と正反対の色合いである「青」。「青」は「黄」によく映え、一際その存在を主張していた。
 二人は周りを見回して誰もいないことを確認すると、少しだけ互いに歩み寄り、互いの手を軽く握る。 
 周りに知られてしまえば、好奇の目に晒されてしまうその関係にハラハラドキドキとしながら二人は互いの存在を確かめ合うかのように次第に手に力を込めた。

「      」

「      」

 何を言っているのかは分からない。
 けれど二人は、手から伝わる互いのぬくもりに頬を緩め、幸せそうに寄り添いながら桜並木の続く道を楽しそうに歩いていった。



――――――――――



 ふと、そこで目を覚ます。可愛らしい小鳥の囀りを耳にしながら、今まで見ていたそれが夢だったのだと知った。
 と言うか、自分がいつの間にか寝ていたことにも正直驚きを隠せない。ソファーに座って、物思いに耽っていた時の記憶まではあるのだが、本当にいつ眠ってしまったのだろうか。
 まだピントが合わずにぼやけている目を擦りながら、俺は小さな欠伸と共に今日一発目の溜息を零す。
 俺の中には、あと一体どれくらいの“幸せ”が残っているのだろうか。もう、殆ど溜息を共に逃げてしまった気がする。
 その幸せを拾い上げることもせずに俺は先程まで見ていた夢を思い出して、自嘲気味に笑った。
 先程のあれが夢だなんてわかりきっていたとしても、目を閉じていた間だけはとても幸せで、楽だった。
 何も深く考えることなどせずに、愛する人と手を繋いで歩いていた夢。
 あれは、俺とその恋人――青峰大輝がまだ、中学生だったときの思い出である。俺の隣で彼が笑っていてくれた、あの頃の。 その夢は今の俺にとってとても脆く、儚く、残酷なものだ。
 もう二度と戻って来ない想い出に、胸がぎゅっと苦しくなるほど締め付けられる。
 そこまで考えて、嗚呼。失敗。
 また誰も居ないこの部屋で泣いてしまいそうになって、視線を下に落とす。
 ――と、そこで漸く俺を包むように掛けられていた毛布を視界に捉え、思わず涙も引っ込んだ。
 毛布なんて掛けて寝ていただろうか。
 暫くその毛布に視線を奪われていたが、はっとしたように視線を部屋中に巡らせる。
 ねえ、青峰っち。もしかして帰って来てくれたの?



 そう思ったけれど、いくら視線を巡らせても青髪の彼は見当たらない。
 嗚呼、なんだ。と落胆していたところで「あ、起きた〜?」と突然、キッチンから出てきたのは2m越えの長身。紫色の髪はだらんと気だるげに垂れている。
 その両手には、常人が抱えきれない程のお菓子が悠々と抱えられており、中学時代から変わらぬその姿に思わず目を見張った。
 
『なんで紫っちが此処に……?』

 そう思うのも無理はない流れなだけに、動揺を隠せない。
 彼を視線に捉える瞳は無意識のうちに揺れ、驚いたまま閉まらない口は、他人から見れば正に『開いた口がふさがらない』という言葉そのものである。
 確かに紫原含めキセキの世代、幻のシックスマンと呼ばれた彼らには青峰と暮らすためだけに用意した住居の場所を教えていた。
 がしかし、しかしである。こういう風に朝っぱらから家主に断りもなしに人の家に上がり込み、お菓子を貪りながら家主が起きるのを待っていられたことなど前例がない。
 驚いたまま言葉も発せない俺を尻目に、もうデフォルトと化したお菓子を両腕に抱え彼が俺の元へとやってくる。

「黄瀬ちん、おはよ〜」
 
 間延びした、どこか気だる気な彼の話し方はやはり変わっていない。
 そう再確認するなり、互いに忙しくてあまり会えていなかった中学時代のチームメイトとの再会を喜びそうになる。
 けれど、再会を喜ぶのはまだ早い。重要なところを確認してしまわなければ、俺はきっと流されてしまう。「おはよっス。 てか紫っち、なんでこんな朝早くにいるんスか!?」

「ん〜、赤ちんが黄瀬ちんのところに行ってこいって言ったから?」

「……へ? 何で赤司っちが?」

 再会の喜びに蓋をして目の前の彼に何故此処に来たのかと問いかけると、思いもよらない人物からの命令でやってきたのだと口にした彼。
 その事実に“ぽかん”を通り越したモデルにあるまじき表情をしてしまった気がするけれど、そんな事を気にしていられるほど今の俺には余裕がない。
 何故赤司っちが、俺の元に紫っちを寄越したのかを考えるので精一杯だった。
 そんな俺の様子を見た紫っちがいつもの気怠げな表情を潜めて表情を歪めたのに俺が気づいたのは、紫っちが俺の“何故”に答えた後。

「……黄瀬ちんが、きっと一人だろうからって。」

 語尾はもごもごとしていて聞き取りにくかったけれど、兎に角赤司っちや紫っちに心配掛けたってのは理解した。
 ホント、どこまでお見通しなんスかね。赤司っちには叶わないっス、降参。
 紫っちが赤司っちの言葉を代弁した後、今までに見たことがないくらい表情を歪めたのを見て、俺も苦しくなった。
 今の俺には“一人”って言葉が心に鋭く突き刺さって痛い。気を緩めたら泣いてしまいそうで、唇を強く噛む。

「そ、っか。 いやー、どこまで知ってるんスかね、赤司っちは! でも大丈夫っスよ、青峰っちちょーっとお出かけしてるだけなんで、そろそろ帰ってくるし! こんな朝っぱらから迷惑掛けてごめんね、紫っち。 お詫びに家にあるお菓子全部持ってっていいっスよ」

 慣れてしまった作り笑い。
 青峰っちと出会ってからはそう作り笑みを浮かべることも少なくなったけれど、今はそうでもしないと笑うことが出来なかった。

 
――笑え、笑え。 そしたら涙なんて、引っ込むだろ! 紫っちや赤司っちにも、心配掛けずに済むじゃないっスか


 にこりと笑みを浮かべて紫っちの反応を伺う。
 「お菓子を持って行って良い」などと言えば紫っちは嬉しそうに目を輝かせて『ほんと〜? ありがと黄瀬ちん』って言――わない?アレ、おかしいな。
 いつも通りの嬉しそうな反応が返ってくると思っていた俺は、一向に返ってこないその反応に違和感を覚え、彼の表情を盗み見る。
 するとどうだろう。
 彼の瞳は輝くどころか憤怒を顕にして睨みつけるように俺を真っ直ぐ見ているではないか。

「ねえ、黄瀬ちん。 そういうのってぶっちゃけ見てて痛々しーからやめたら?」 
 
 彼は気づいたのだろう。俺の作り笑いに。
 それに対して痛々しいと口にした彼の声はどこまでも低く、俺の心を深く抉った。
 それ以上は言わないで欲しいと心が悲鳴を上げてる。傷口から溢れ出す血が止まらなくなる前に、その口を閉じて欲しいと。
 それでも尚憤怒を顕にした彼は口を休めることなく、俺に対して言葉を投げかける。

「黄瀬ちん、峰ちんが浮気してんの知ってるんでしょ? なんで見て見ぬふりするわけ? そんなに辛い想いしてまで、峰ちんの隣で笑ってんの? 上手くもない作り笑いして、笑ってんの? ご飯だって食べられることもないのに二人分用意しちゃってるしさ。 俺、昨日峰ちんが女の子とホテル街入ってくの見たよ。 だから赤ちんに相談したんだ。 あんなの黄瀬ちんが可哀想だから。」

「今朝来てみれば無用心なことに鍵開いてるし、テレビだってつけっ放しで、この寒いのに何も掛けずに寝てるし。 黄瀬ちんモデルやってるからって顔のこと凄い気にしてたのに、目の下の隈凄まじいし。 やっぱりしんどいんじゃんって思ったよ? 起きたら全部全部吐き出させて、楽になって欲しいって思った。 それなのに何、あの笑い方。 笑うことないじゃん、しんどいならしんどいって言えばいいじゃん。 あんなの知っててまで、峰ちんを信じ続けて笑ってる黄瀬ちん。 ぶっちゃけ超痛々しい」
 
 いつだって素直で真っ直ぐな彼の言葉は鋭利な刃物となって俺の心に突き刺さり続け、今まで目を背けてきた現実を否応なしに突き付ける。
 そんなの、他の人に言われなくたって――

「知ってるっスよ、自分が痛々しいってことも、信じ続けたってもうあの人は帰ってこないってことも! でも、じゃあどうしたらいいんスか? 俺はまだあの人のこと考えて寝不足になったり、泣き腫らしてマネージャーさんに怒られちゃうほどあの人の事が好きなのに! ……俺の何が駄目だったんスかね? 結婚できないことスか? 妊娠して、あの人のこどもを抱かせてあげることができないことスか? それとも、やっぱり男だから?」

 嗚呼、これじゃ完全に八つ当たりだ。
 紫っちに八つ当たりしても、どうしようもないってことくらい知ってるのに。
 今まで吐き出せなかった物が、全部全部、止まることなくこぼれ落ちていく。

「しんどくても、いつかは報われるって自分に思い込ませてた。 知らないフリしてれば青峰っちはまた俺の元に帰ってきて笑いかけてくれるって。 でも、そんなのただの独り善がりな我儘で。 自分勝手な願望でしかなくて……」
 
 そこまで言って、漸く口が止まる。
 そう、自分でもよくわかっていたはずだ。自分の気持ちがいかに我儘で、独り善がりな願望でしかないってことなんて。
 じんわりと目頭が熱くなって、視界が滲んできた。
 やがて頬を緩やかに滑り落ちたそれが何なのかは、もう言わずもがなである。

「……帰ってきてなんて言わないから、もう一度だけ……青峰っちに笑って貰いたかったなー……」

 もう青峰っちに届くことはない、俺の気持ち。
 震える喉が紡いだ声はどこまでも情けなくて、惨めだった。
 俺は紫っちがかけてくれたのであろう毛布をぎゅっと握って俯く。 こんな泣き顔、これ以上見せられない。そう思うのだけれど、辛くて、次から次へと涙は溢れ、そして零れ落ちていった。
 

 暫くの、無音。
 ぐしぐし、と自らの服の袖で涙を拭っていると、突然何かがバラバラと床に落ちる音がして、視界が暗くなった。 それから甘じょっぱいようなお菓子の匂いに混ざって、嗅ぎなれた柔軟剤の香りが嗅覚を刺激する。
 服越しに感じる人の温もりに、俺は動揺を隠せない。
 抱きしめられているのだ、あの紫っちに。

「……黄瀬ちんあのね、俺ずーっと黄瀬ちんが好きだったんだ。 だから黄瀬ちんが泣いてるの見るの嫌だし、あんな風に黄瀬ちん無理矢理笑わせてる峰ちんなんて捻り潰してやりたい……。 今の黄瀬ちん、見るに耐えないし、俺狡いから、黄瀬ちんが弱ってるとこに付け込ませてもらうね」 

 俺の耳元で囁かれた突然の告白。
 俺を驚かせて涙を止めることなど簡単だった。
 冗談かとも考えたけれど、彼はここぞという場面で冗談が言えるほど器用ではない。
 その証拠に「……本気っスか?」と消え入りそうな声で問いかけた俺に、彼は今まで見たこともないような真剣な眼差しを此方に向け、一つ頷いた。

「ねえ、黄瀬ちん。 峰ちんのことなんて忘れちゃいなよ。 知らないフリして、俺のとこおいでよ。 俺なら黄瀬ちんとずっと一緒に居るよ……」 

 嗚呼、此処で俺がずっと欲しかった言葉を与えてくれる紫っちはズルい。
 
『一緒に居る』

 その言葉は弱り、冷え固まってしまった俺の心をじんわりと温め、溶かしていく。
 ゆっくりとだけれど、そう、確実に。

―― 一人は、もう疲れたよ。青峰っち。
 
 また視界が滲んでは、溢れ出た涙が次々と頬を滑り落ちていく。
 温かなぬくもりに包まれ、俺は縋り付くように紫っちの背に腕を回して、深く頷いた。




「知らないフリ、しようか」
(( 青峰っち、バイバイ ))







なにか新たな扉を開けようとしている管理人の妄想爆発話でした←
浮気されて辛く悲しい黄瀬と、青峰が余所見をしているうちに弱っている好きな子を自分のものにしようとする紫原hshs(/ω\*)
青峰当て馬ごめんー(;´Д`)


改訂後

色々と手直ししていたら、文字数が大幅に増えて吃驚しています(;゚Д゚)!
手直ししすぎて改訂前の流れと大分違うと思いますが、
これはこれで楽しんでいただけると嬉しいです!




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