宝物 | ナノ

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事務所壊されても嫌だし、なるほどくんの機嫌がマイナス直滑降なのも宥めるのめんどくさいし、と、彼女独特の言い回しで暗に「これ以上は諦めろ」と告げられてしまう。
御剣はこれ以上ない渋面を浮かべながらも、引き下がった。事務所のエントランスドアが閉じられた音を聞いてから、真宵はトイレという名の天の岩戸に話しかける。

「なるほどくーん、出ておいでよー」

一呼吸ほどおいてから、トイレのドアの鍵の開いた音がする。成歩堂がドアの隙間からあたりを警戒し、完全に呆れた顔の真宵に言う。

「……御剣、帰った?」
「帰った帰った。だから早いとこ出てきなよなるほどくん」

真宵がドアノブを引っ張ると、成歩堂はごねた割にあっさりと籠城を解いた。しかしその顔は未だ紅潮したまま、目も涙目である。
その成歩堂に、真宵は盛大なため息をついた。

「まったく……。なるほどくん、いつまでこのままにしとくの? みつるぎ検事、かわいそうじゃん」

その真宵の言葉に、成歩堂は俯く。
長い沈黙の後に、ようやく成歩堂は蚊の鳴くような声で弁解を始めた。

「……だって、……………………」
「だって?」

聞こえないからもうちょっと大きい声で、と真宵が言うと、成歩堂は俯いたまま、先ほどよりは大きめの声で言った。

「…………だって、御剣かっこいいじゃん?」
「…………は?」

真宵の目が丸になった。だが、成歩堂はそれに気づかずぼそぼそと話し始める。

「普通にしててもかっこいい御剣がさらにイケメンオーラ出しまくってアプローチしてくるんだよ、照れるなっていう方がおかしいだろ……?」
「あーうん」

一応相槌は打ったものの、完全に真宵の脳内では「夫婦喧嘩は犬も食わない」ということわざがリフレインしていた。むしろ、最早この痴話喧嘩に完全に興味が失せ、毛先をいじり始めた始末である。
成歩堂は後頭部を掻きながら眉尻を下げた。

「恥ずかしいし困るしで、手が出ちゃうんだけどね……」
「なるほどな……、そういうことであったか」
「うんそうなんだ……」

そこで混じった声に、ん?と成歩堂は顔を上げた。目の前には、またもや超至近距離の御剣が。

「っ、ぎゃーーーーーーーーーーー!!」
「成歩堂、キミが赤面して恥ずかしがる様も可愛いのだが、私としてはやはり蕩けるような笑顔を見」
「帰ったはずじゃないのかよ御剣の馬鹿っ!!」
「グファっ!!!」

パターンなのか、双方に学習能力がないと言っていいのか、またもや暴力ありの痴話喧嘩を始めた二人を目の前に、真宵はとうとう崩れ落ちた。

「あああ……、お姉ちゃん、助けて……」

真宵の沈痛な声に、チャーリーくんの葉がほんの少しだけ揺れた。だが、それに気づく者は誰一人としていなかった。



夜、精神的に疲れ果てたまま帰宅した成歩堂は、着替えと布団の準備を済ませた頃に、御剣からメールが入った。
ぐったりした顔でメールボックスを開く。相も変わらずの言葉の羅列が続いていて、成歩堂は布団に崩れ落ちた。

『成歩堂、無事に帰宅できただろうか?
 キミは可愛らしいから、交通機関などで痴漢被害に遭っていないかどうかとても心配だ。
 無論、そのような不届き者は私自ら断罪するので安心してくれたまえ。

 ……こうも別々に住んでいると、キミのことが不安になってたまらない。
 勤務中でも在宅時でも、キミのことばかり想ってしまう。キミと触れ合いたいという欲求も高まるばかりだ。
 私はキミを想っている。だからキミも、私を想ってはくれないだろうか。そして法律的にも身体的にも夫婦になってほしい。

 追伸 今宵は月が綺麗だぞ。』

「……………………」

読み進めるうちに抗い難い羞恥心に襲われ、成歩堂はブルブルと震えながら枕に顔をうずめる。
再び耳まで真っ赤に染めあけた成歩堂はしばらくうーうーと唸り、布団で悶えていたが、不意に動きを止め深いため息を吐いた。

「……冗談じゃない……」

今でさえ、迫られたら心臓が爆発しそうなのに本当に恋人以上の関係になってしまったら、僕はいったい一日に何回心停止すればいいんだ……?
成歩堂のこの疑問の答えは、まさしく神のみぞ知る、である。







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