宝物 | ナノ

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3.


「……は、恥ずかしいんだよ、いろいろ……」
「いろいろ?」
「いろいろとは何かね?」

何か違う人物の声が混じった気がしたが、成歩堂はそれに気づかずぼそぼそと喋り続ける。

「そりゃあ僕だって御剣のこと嫌いではないけど、ああも面と向かって好きだの愛してるだの言われるとさすがにこっぱずかしいというか……」
「フッ、恥ずかしがることはない。キミは私の愛を享受し共に在るだけでいいのだ」

ここで成歩堂はようやく真宵と己以外の人物が事務所内にいることに気がついた。「そうは言っても……」と言いながら覆って俯いていた顔を上げる。
目の前には、爛々と瞳を輝かせ、満足そうに笑う御剣の顔があった。片肘を机に突き、成歩堂が普通の姿勢で座るとちょうど目の前に顔がくる位置に身を屈めている。
御剣の姿を視認した瞬間、成歩堂の心臓がばくり、と音を立てた。と同時に頭に血が昇る。学生時代に鍛え上げ、また法廷でも遺憾なく発揮する機会が多い、広い空間でもよく通る腹式発声で盛大にのけぞった。

「って、ぎゃあああああああああああああああ!!!」
「ふふ。成歩堂、私はとても嬉しいぞ」

のけぞった勢いで椅子から飛び退こうとした成歩堂の手を御剣は素早く捕まえ、言い終わると同時に手の甲にキスを贈る。
それで更に体温と心拍数が跳ね上がるが、なんとか成歩堂は平静を保つように努力する。

「なっ、ななななにが?!!」

……しまった、盛大にドモった。
成歩堂は、そう脳内の片隅にまだ健在の客観的な部分で分析するが、動揺と緊張、それから謎の羞恥心とふわふわした何かのせいで上手く口が回らない。
成歩堂の片手を右手で捕まえたまま、口づけを落としたあたりを左手で優しく撫でさすりながら御剣は、普段の態度や表情を海の向こうに落としてきたのではないのかと思えるような甘い笑顔を浮かべ甘い声音で成歩堂に語りかける。

「アレ以来、キミはすっかり私のことを避けるようになってしまっているだろう」
「あああ、あたりまえだろ?!!」
「てっきり嫌われているものだと思っていたが、キミは私のことを嫌いになってはいないというではないか」
「そそそそそそそれは、ここ、言葉のあやってヤツで」

吐息のかかりそうな至近距離にいる御剣に、成歩堂はとうとう顔を逸らして目を固くつぶった。
その様子に御剣は軽く笑むと、顔を逸らしたことで近くなった耳元に唇を寄せる。

「私はキミを愛している」
「………………!!」

御剣の、囁くように告げられた甘い言葉に、成歩堂は涙目になっていた瞳を見開く。どごん、と心臓が殊更大きく跳ね上がり、ひゅ、と息を息を飲んだ音が室内に響いた気がした。

――こいつは真っ昼間から何を言ってるんだ?
――僕のことが好きだなんて、愛してるだなんて、困るんだよ。
――ヘンなこと言われる度に心臓が止まりそうだし、その後しばらく恥ずかしいのをひきずるし。
――ダメだ、これ以上こいつに好き勝手言わせてたらダメだ!

「といわけで、結婚を前提に」

御剣が来た時点で真宵は何かしら事態が進展することを期待し、御剣に目配せしてから、紅茶の用意をするために給湯室に行っていた。
その紅茶の用意を終え真宵が給湯室を出た瞬間、御剣の声が「結婚を前提に」で強制的に中断させられ、その原因と思われる何かをぶつけるような物音が所長室の方向から聞こえてきた。
真宵は何事かと思い慌てて所長室に入ると、御剣をあろう事か六法全書で殴打する涙目の成歩堂と、本気で痛がりながらも何故か若干嬉しそうな御剣の姿があった。

「ちょ、なるほどくん何やってんの?!」

真宵は動揺から若干手荒に盆を応接セットに置き、六法全書を振り上げている成歩堂の右腕にしがみつく。
そこで、真宵は成歩堂が小刻みに震えているのを知覚した。それが、何が原因からきているものなのかは真宵には分からなかったが。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」

声にならない叫びを上げる成歩堂。六法全書を乱暴に机に叩きつける。
真宵が一瞬竦み上がり、しがみついていた腕の力が抜けたのを見逃さず、成歩堂は真宵に悪いと思いつつも性急にその腕をふりほどく。すがってくる御剣の股間に思わず蹴りを入れてしまった。
呻き声とともに崩れ落ちた御剣に、「御剣の変態!!馬鹿!!!」と叫び、成歩堂は設置物に蹴躓きそうになりながらこの事務所内で確実に一人きりになれるトイレに駆け込み、鍵をかけて立てこもった。
何故罵声を投げかけられたのか、その意味が理解できず、御剣は痛みを堪えながらも成歩堂を追いかけた。

「成歩堂! それはどういう意味なのだ!!」

トイレのドアを激しくノックしながら御剣は叫ぶ。しかし、天の岩戸と化したトイレのドアが開かれる事はなく、御剣はとうとう短気を起こした。

「成歩堂! 開けねばこのドアを叩き壊すぞ!!」

その脅しは効果があったのか、中から成歩堂の冷たい声が届いた。

「そんなことしてみろ、僕はお前と一切の縁を切る」

淡々と、だが凍土の如き冷たさを伴って発せられたこの言葉に御剣は思わず全ての行動を停止した。
背後にいる真宵を振り返る。ところが彼女は遠い目で、「お姉ちゃん、お母さん……、これが「修羅場なう」ってヤツなのかな……」と、天国にいるであろう姉と母に向かって呟いていた。
真宵は当てに出来なさそうだ。ならばやはりこのドアを破壊して成歩堂を引きずり出すしかないのか。だがそんな事をすれば縁を切ると先ほど宣言されたばかりだ。どうすればいい、考えろ御剣怜侍……!! と御剣がうんうんと唸りながら必死に脳内でチェスを展開する。
そのとき、不意に真宵の声がした。

「……とりあえず、今日の所は帰ってもらえませんか? みつるぎ検事」







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