宝物 | ナノ

 2

北海道に着いた飛行機を降りると、御剣はレンタカーのカウンターに行った。
白い乗用車(はいぶりっど?とかいうやつらしい)をレンタルして向かったのは、駅前デパートの駐車場入り口だった。

「……デパート? の、駐車場?」
「今日と明日、ここの催事場で北海道中の菓子が集まるフェアが開催されているのだ」

御剣の言葉に、僕はイヤな予感がした。僕の予想が外れていなければ、このバカ検事は……!

「……おい、まさか」
「そのまさかだが」

……そうかそうか、この糖尿病予備軍確定検事は、スイーツフェアの為にわざわざ、休みでゆっくり寝ていたかった僕をたたき起こして早朝から北海道にくり出したってわけか。そうかそうか。
ケロリと僕の予想を肯定しやがった御剣の声に、僕は思わずがっくりとうなだれた。もう、涙がちょちょぎれそうだよ、僕。

「……千尋さん、僕、帰りたいです……」
「ここにいない綾里弁護士に助けを求めるのが愚かというものだぞ、成歩堂」
「誰のせいだよ……」

こんな会話を繰り広げているうちに、御剣は手際よく空きスペースに車を停めてしまった。

「さあ、行こうではないか」

わぁー……、すっごい嬉しそうな声だね。御剣。
僕はもう昨日から散々だってのにさ……。
車から降りて僕の側のドアを開けて待ちかまえている御剣に、僕は仕方なく車から降りた。
……僕、車で待っててもいいはずなんだけどなぁ……。



エレベーターでスイーツフェアの会場になっている階に向かうと、もうそこには人でごった返していた。
……凄いな北海道。「北海道はでっかいどー!」とかいうキャッチコピーがあるから、人口密度をナメてた。ごめんなさい。謝るから、僕を家に返してください。

「うわぁ……、凄い人混みだな……」

思わずそう呟くと、御剣は何を言っているって顔で返してきた。

「我々も慣れているではないか」
「違う土地に来てまで人混みを体験したくないよ、僕は」
「……そうか」

……あ、ちょっとヤバい。具合悪くなってきた。吐くまでじゃないけど……。
僕の顔色を御剣も分かってるんだろうか、少し心配そうに僕を見ている。
何でもない、という風に笑ってみせる。催事場の外側を指さして、僕は御剣に言った。

「ごめん……、ちょっとどこかのベンチで休んでる。御剣はお菓子好きなんだろ? テキトーに見て来いよ……」
「しかし……」
「なんの為に北海道くんだりに来たんだよ。僕は少し休んだら、大丈夫だから……」

そう押し切って、僕は催事場の外にある吹き抜け方面に歩き始めた。
御剣は心配そうに見ていたけど、後ろからどんどん人が来て人の波に飲まれて行ってしまった。
都合よく、吹き抜けのガラスのフェンス際に置いてあるベンチに一人分の空きを見つけた僕はそこに座り込んだ。
……同じようにベンチに座っているのが男性ばっかりってのが、まあ、哀愁を誘うよね。



何もすることがなくてベンチでひたすらボーっとしていたら、いつの間にか寝ていたらしい。気がつくと、視界がちょっと暗かった。何か布のようなものを頭に被せられているらしい。

「……え?」

何がどうなっているのか把握できていない僕が思わず声を上げると、僕がもたれ掛かっていたモノ――やけに暖かくてちょっと固柔らかい――が、もぞりと動いた。

「起きたか、成歩堂」
「……その声、御剣?」
「私が戻ったときにはベンチに崩れ落ちるように寝ていたので、びっくりしたぞ」
「……枕になっててくれたのか」

ありがとう、と言いながら僕は布を取った。このイヤミなまでに高級感あふれる布、というか、上着は、御剣のものだった。
薄ベージュのニットに黒のスラックス姿の御剣は、やっぱり目立っていて、通りかかる人(主に若い女の子)からの視線が凄かった。
姿勢を起こしていて、ふと御剣の足下に視線がいく。小さめのクーラーボックスが何故か鎮座していた。

「……それ、お菓子か」
「ああ、食すまでに腐らぬようにな。……売場では、クーラーボックスを持った男というのが珍しかったのか、熟年のご婦人に妙に話しかけられた」
「ああ……」

御剣は普通にしてれば、女受けがいいからなあ。特にオバチャン。主にオバチャン。
……ああ、あのマシンガントーク思い出しちゃったよ。……御剣もみたいだけど。眉間に盛大にヒビが入ってら。

「……すまなかった」

……ん?

「え、なんで今更謝るんだよ」

そう訊くと、御剣はどんどんうなだれていった。その顔は、まるで親に叱られた子供みたいだった。
覇気のない声で、ぽつりと御剣が呟いた。

「……キミを、連れ回してしまったから。キミが菓子にそれほど興味がないことは知っていたのに、だ」

……ああ、わかってはいたんだ。でも、半分正解、ってとこかな。

「そりゃあ……、急に何も言われずに早朝から北海道に連れてこられて心身ともに大分疲れはしたし、イラッとはしたけどさ」

ぐ、と隣で御剣が息を詰めたのが分かった。
ああ、こいつの顔、今凄いことになってるんだろうなあ。通りかかった女子高生が悲鳴を上げて退散するってことは。
はぁ、全く。仕方ない。

「……でも」

僕の声のトーンが少しだけ変わったのに気づいたのか、御剣がこっちを見てきた。ほんとに、眉間のヒビすごいな。
ニッ、と笑いかけてやって、僕は本音を言ってやることにした。出血大サービスなんだからな。ありがたく受け取れよ、御剣。

「僕は、御剣が楽しければいいんだよ」
「成歩堂……」
「御剣が楽しければ、僕も楽しいんだよ。ていうか、御剣は青春を謳歌するどころか勉強だけで浪費してるんだから、今多少羽目外してたってバチは当たらないって」
「……そうか」

御剣は微妙な笑顔を浮かべた。でも、前は全然心から笑えなかったんだから、これも人としては随分な進歩だと思う。イトノコさんなんかは、御剣は前に比べて大分丸くなった、って思ってるくらいだし。
それに、本人は僕が気づいてないと思ってるんだろうから敢えて言わないけど、御剣が僕となにかしらを多く共有したいんだということを、僕は気づいている。
時間だったり、モノだったり、食の好みだったり。恋人となにか好きな物事を多く共有するの実に楽しいことだということは僕もいくらか実感済みだから、そのことについては異論はない。
だから、結局は作業能率が落ちようが、菓子箱をぶら下げて押し掛けてくる御剣を受け入れてしまうのだろう。しゃくだけどさ。

「わざわざ北海道につき合ってやってるんだから、大人しく恩を着とけよ」
「ム……、恩に着るとはそのような言い回しはしないのではないか」
「いいんだよ、どうでも」

うん、いつもの調子が出てきたな。いいことだよ。
……しかし、こいつのお菓子中毒っぷりにしては、クーラーボックスの大きさが比例しない。少し訊いてみるか。

「……で、お前、それだけで足りるのか?」
「ああ、これは今日食べる分だ。他にも購入したがそれは既に私の家に発送手続きをとってある」
「ぬかりないな……」

まさか、今日食べようと思ったもの以外は、既に地方発送手続き済みだとは。
こいつ、手先を使うこと以外は器用だよなあ。
僕がそう呆れていると、御剣は僕の体調が回復したと思ったのかジャケットを羽織ってクーラーボックスを持つと、ベンチから立ち上がった。

「もう1時半を過ぎている。流石にどこかの店は空いているだろうし、昼食にしよう。腹も減っているだろう」

ああ、確かにそうだね。さっきまではそんな感じしなかったけど、時間を言われて急に腹が減ってきちまった。
寝ててちょっとだるくなった体をほぐすために、僕は背伸びをしながら立った。
……そのとき、腹の虫がなったのは僕だけの秘密だ。うん。






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