宝物 | ナノ

 ☆The Sweetroad 1

The Sweetroad


1.


僕は成歩堂龍一、弁護士をしている。
意外と思われるだろうけど、恋人は弁護士の敵と思われがちな検事だ。それもバリバリのやり手で顔も頭も金も持ってるという、同じ男としては悔しいほどのイイ男だ。
そんな男が、僕みたいな「普通」に分類される同性を好きだというんだ。おかしいだろう?
そして、恋人のおかしいところはもう一つある。
ちょくちょく平日の真っ昼間に人の事務所に上がり込んで自分で買ってきたお菓子を食べて帰る、という謎の行動だ。
……そう、ちょうど今みたいにね!

「わーい、ありがとうございますみつるぎ検事!」
「ありがとうございます!」
「今紅茶いれてきますね! 行こ、はみちゃん!」
「はい!」

今日の手土産は、どうやら女の子に大人気の超有名パティシエのお菓子らしいな。そっち方面に興味のない僕でも、名前くらいは知ってる。
真宵ちゃんと春美ちゃんは、まあ嬉しいだろうね。ただでお菓子が食べられるんだから。
だけどこっちはたまったもんじゃないんだよ。流石に担当案件がカブってる時は来ないけど、来られると仕事が進まない時もあるしさ。
僕はいい加減、ソファーに優雅に座ってる御剣に言ってやることにした。

「おい……御剣……、どういうことだよ、2、3日に一回はお菓子持ち込みやがって。こないだは高菱屋限定トノサまんじゅうだったよな……?」
「む、キミは甘いものは嫌いか?」
「いや……、嫌いでもないけど好きでもないよ。第一、こんな頻繁に食べてたら逆に嫌いになりそうだ」
「ぬぐっ!!、そ、そう、か……」
「なんでそこで落ち込むんだ?」
「…………」

ふい、とこいつが目をそらす時は、だいたい何かろくでもないことを考えてるか、一人で抱え込んでいらないことを悩んでる時だ。
僕の眉間にも、自然とヒビが入ってしまう。
僕が口を開きかけたとき、「はいはい、お茶ですよー」っていう真宵ちゃんの明るい声が所長室に響いた。
ドアの方を見ると、真宵ちゃんが紅茶とケーキを取り分けるためのっぽい皿とフォークを乗せたお盆、春美ちゃんがケーキの箱を持って入ってきた。仕方ないから、僕は開きかけた口を閉じたよ。
紅茶とケーキが配膳されるのを見ながら、僕は御剣を睨んでやる。御剣は視線をあわせなかった。

「えー、なになに? 『当店で使われている素材は、可能な限り北海道産の材料にこだわり、オーナーパティシエ自らが厳選して直接』……」

真宵ちゃんがケーキ箱の中に入っていた説明を読んでいるが、僕はそういうのにも興味はない。べろん、とフィルムをはがすと即座に真宵ちゃんが「なるほどくん、待て!!」って言ってきた。僕は犬じゃないぞ……。
でも、御剣が既に食べ始めているのを見て、真宵ちゃんも説明を読むのは放棄したらしく、ケーキのフィルムをはがした。
ケーキは、よくありがちなロールケーキ。でも渦巻き形じゃなくて、ケーキの生地でクリームと果物を丸めているタイプだ。上が白っぽいのは、おそらく粉砂糖だろう。
フィルムを皿の端に片づけた真宵ちゃんが、パン、と小気味よく両手を合わせた。

「いっただっきまーす!」
「がっつくと太るよ、真宵ちゃん……」
「ミソラーメンとスイーツは別腹だからいいの!」

ねーはみちゃん、なんて言いながら、真宵ちゃんはケーキを食べ始めた。
まあ、大食いなのは本人の問題だから放っておこう。

「あ、なるほどくんなるほどくん! 食べたくないなら真宵ちゃんが食べてあげてもいいよ!」
「いや食べるよせっかくだし!」

その言葉に、御剣がちらりとこっちを見た気がしたけど、僕は敢えて目を合わせなかった。
フォークをロールケーキに刺して、一口分になるように切って食べる。生地のほのかな甘みと、風味がいい生クリームと、果物の甘みがすごく合っていて、僕はこっそり溜息をついた。

(……まあ、どれもこれも、正直美味いんだよなぁ。御剣の審美眼は確かなんだけど……)

なんでわざわざここでケーキやらトノサまんじゅうやらを食い散らかしていくのかなぁ。きっちり4人分買ってくるし。真宵ちゃんと春美ちゃんが里に帰ってるときは、2人で4人分のお菓子を食べる羽目になったし。
せめて、真宵ちゃんと春美ちゃんの分だけにしてほしいんだよなあ……、正直、甘いものに飽きるから。
なんて考えながら黙々とケーキを食べていたら、不意に御剣が話しかけてきた。

「時に成歩堂」
「ん、なんだよ?」
「明日は暇か?」
「え、まあ……。予定はなにもないけど」
「そうか」

御剣はそう言うと、妙に嬉しそうな笑顔を浮かべた。さっきまで眉間のヒビが酷かったのに、今は消えそうなくらい薄いぞおい。つい、なんなんだろう、と身構えちまうだろ。
さく、とケーキを切った瞬間、御剣がとんでもないことを言いだした。

「では、明日の朝5時にキミの家に迎えに行くので、外出の支度をしていてくれたまえ」
「……………………、はぁ?!」

意味が分からない。分からなさすぎて、ケーキを飲み込んでから反応しちゃったじゃないか!

「えっ、ちょ、どういう、」

僕は、慌てて紅茶を飲み込んでから御剣に問いただそうとしたけど、こいつもう食い終わって、皿とティーカップを片づけ始めてやがる!

「では、明日にな、成歩堂」
「おいいぃ!!!」

僕の叫びもむなしく、御剣は荷物を持って事務所を出て行ってしまった。
御剣を呼び止めようとした姿勢のまま固まっている僕と対照的に、真宵ちゃんはケーキを咀嚼しながらのんきに言う。

「今日はみつるぎ検事、ケーキ食べるの早いなぁ。みつるぎ検事、甘いもの大好きなのに……」
「ですねえ、いつもはもっとゆっくり味わわれますのに」
「……なるほどくん、起きてる? 大丈夫?」
「………………うん」

真宵ちゃんの言葉に、そこで僕はようやく硬直を解除した。……正直、意味不明すぎて大丈夫な気はしてないけど。

「まあ、みつるぎ検事がなるほどくんに対して強引なのはいつものことだし。覚悟決めて出かけて来なよ」

真宵ちゃんのその言葉に、僕は本格的に頭を抱えることになった。



翌朝の5時。一応恋人の頼みだからと、身支度を整えて待っていた僕を迎えに来た御剣。あのイヤミなほどのスポーツカーで向かったのは……、空港、だった。

「……え?」

突然の事態においてけぼりになっている僕に構わず、御剣はなぜか搭乗手続きなんかを始めて。

「え? え?」

……そして、気づいた時には飛行機は滑走路から、飛び立っていたんだ。

「えー?!」
「静かにしたまえ……、他の乗客に失礼ではないか」
「だっ、て、おまっ、なんで、飛行機……っ!!」
「ム、フェリーか電車の方がよかっただろうか?」
「そういう問題じゃないよこのアホ検事!!」

ああもう、本当にそういう問題じゃない。
僕が言いたいのは、なんで早朝の外出を要請された上にいきなり飛行機に乗せられているか、なんだ。交通機関の選択の問題の話をしたいんじゃないんだよ!!
言いたいことがありすぎて逆にうなることしか出来なくなってきた僕に、御剣は涼しげな笑顔を浮かべて言ったんだ。

「少しは落ち着きたまえ。約1時間半ほどで北海道に着く。それまでは空の旅を満喫しようではないか」

満喫できるかー!と叫びたかったけど、そうしようとした瞬間、御剣が僕の手を握ってきた。
人の目が、と思ったけど、御剣の手は震えていた。……まあ、僕の手も震えてるんだけど。

「御剣……」
「エアポケットが起こらないとも限らないからな……。多少は怖いさ。だが、キミも相当震えているようだが」
「あ、たりまえだろ……。僕、高所恐怖症なんだぞ……」
「ふむ、……私はキミがいれば恐怖心も大幅に軽減するのだが?」

そう耳元で囁いてきた。僕は思わずびくり、と肩をふるわせた。顔も赤くなってるに違いない。
だ、だって、声音とかが、2人でいるときと、なんか、同じ感じで……!

「ばっ……!!」

僕はつい、あたりを伺ってしまう。
もし、僕らが恋人同士だとばれたら、僕もこいつも社会的にどんな不利益を被るか分かったものじゃないからね。
でも、御剣の表情は余裕しゃくしゃくな感じでさ。それがまたムカつく。

「ふふふ、怖くなくなっただろう?」
「……別の意味で怖いわ、このセクハラ検事……」
「ククク」

……実に楽しそうですねえ御剣さん。僕は精神的に疲弊して朝からクタクタですよ。





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