宝物 | ナノ

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3.


「……このバカ……勃ってる……っ」

その訴えに、即座に意味を理解してしまった矢張と糸鋸。思わず呼吸も忘れてしまうほどだった。
しかし、まだ交際経験すらない真宵には真意が伝わっていないようだった。きょとんとした顔で、「立ってないよ? 座ってるよ?」と呟く。
混ぜられる割り箸くじ以外が静寂するこの空間で、真宵のその呟きはことさら響いた。
不意に、成歩堂の首筋に顔を埋めていた御剣がクツリ、と笑い出した。何事かと全員が御剣を注視する。

「ああ……まだ日が高いし真宵くんもいる故自重しようと思ったが……、直に成歩堂に触れると自制しようなどという気が全く起きなくなるな……」

最早、完全に発情し始めた御剣はこう言いながら、成歩堂のワイシャツをスラックスから引きずり出し、肌をまさぐりながら耳たぶを甘噛みし始める。
真っ昼間から他人のいる場所で犯される?!と瞬時に考えた成歩堂は全身を粟立たせながらも、なんとか抵抗を試み始めた。

「ひぃッ?! や、やだバカ、やめろッ! 真宵ちゃんも見てるんだぞ!!」
「フ、今に気にならぬようにしてやる」

成歩堂の抵抗も空しく、それらを全て力付くで押さえ込んだ御剣は成歩堂をソファーに押し倒した。
完全に雄の表情でクラバットを緩めながら、成歩堂にキスをしようとした、その時だった。
ゴッ!と、御剣のこめかみに何か固いものが容赦なく打ち付けられた。見覚えのあるそれは、わさわさとした緑を無表情の犯人に揺らめかせられている。
思わぬところからダメージを喰らい呻く御剣の隙を逃さず、成歩堂は御剣を床に蹴り転がした。
動揺から荒い息を繰り返す成歩堂に、暖かな声が届く。

「まったく……、大丈夫だった? なるほどくん」
「ち……ちひろさ……」

成歩堂の師匠であり真宵の姉である千尋が、真宵に強制的に霊媒していたのだった。
安心感からか涙目になりはじめた成歩堂に千尋は、観葉植物の植木鉢を抱えたまま優しく微笑みかける。

「とりあえず、ここが落ち着くまで仮眠室で休んでいなさい。ね」
「はい……」

涙を拭いながら成歩堂は、フラフラとした足取りで仮眠室に入っていく。
仮眠室のドアが閉まる音がした瞬間、千尋の笑みが菩薩のそれから般若に変わった。
そのオーラは、完全に蚊帳の外にいる矢張と糸鋸ですらすくみ上がるレベルだ。御剣も、生命の危機を覚え始める。

「……さぁて、御剣くん。なぜ私が真宵を乗っ取ってまでここに来たか……わかっているわよねぇ……?」

うふふ、と口調だけは楽しそうに嗤う千尋に、御剣は完全に気圧されていた。機械的に頷く。
その様子に満足そうに笑みを深める千尋。御剣が蹴落とされた場所を指さす。

「御剣くん、ちょっとそこ、正座してくれるかしら?」

御剣を殴打した観葉植物を抱えたまま、般若が綺麗な笑みを見せた。



数時間後。御剣達が精神的に満身創痍で事務所を後にした後、霊媒を解かれた真宵が仮眠室のドア前に立った。
控えめにノックし、未だ中にいる成歩堂に声をかける。

「なるほどくーん……ごめんね……? まさか御剣検事があそこまで引きが強い上にセクハラするとは思ってなくって……」

真宵の言葉に、成歩堂は割とすぐに返事を返した。ドアのそばにいるのか、以外と聞き取りやすい。

「いや……いいよ。僕も途中まではなんだかんだで流されてたし……」
「みつるぎ検事はお姉ちゃんがガッツリシメたみたいだから安心してー」
「そっか……いやちょっとは聞こえてたけど」
「あたしもお姉ちゃんに怒られちゃった。もう二度と王様ゲームの時はみつるぎ検事を誘うんじゃありませんって」
「……うん……、そのへん、僕からもお願いするよ」

成歩堂の思いの外ぐったりした声に、真宵は彼女なりの方法で慰めることにした。さすがに罪悪感を抱かないわ

けではなかったのだ。

「……ねえ、なるほどくん。あたしお腹すいちゃった。ラーメン食べたい」
「……いいよ」

クス、という僅かな笑みの後、成歩堂は返事を返した。
仮眠室のドアが開けられた時には、既にいつもの成歩堂に戻っていた。
その姿を確認し、ようやく真宵も笑顔になる。

「やたぶき屋でいいかい?」
「うん!」
「じゃ、行こっか。時間も時間だし、今日はもうこのまま上がりにしよう」
「はーい」

帰宅の準備を整え、二人は揃って事務所を後にする。
元気を取り戻した二人を見送るように、観葉植物の葉が静かに揺れた。






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