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「真宵くん、おーさまゲームとは一体なんだ?」
「はい、このオーサマと番号のクジを使ってオーサマごっこをする宴会遊びですよ! オーサマを引いた人が、好きな番号の人に好きな命令をする遊びです!」
真宵の説明を聞き、御剣の瞳が怪しく光った。
「……ほう」
その様子を見、成歩堂は戦慄し矢張は一言呟いた。
「あ、御剣の目がエロオヤジっぽくなった」
「イトノコさん……っ」
成歩堂は助けを求めるように糸鋸を見るが、彼はどうしようも出来ない、と言うように後頭部をがしがしと掻いた。
「……今の御剣検事はてこでも帰らねぇッスよ」
「ま、真宵ちゃんも何回かやりゃ飽きるだろ、それまで付き合ってやろうぜ」
今すぐ帰りたい、とぼやく成歩堂の肩を叩き、矢張はとりあえず流れに乗ることを提案する。
渋々成歩堂はそれを了承し、王様ゲームの幕が開けようとしていた。
が、席順を決める際に一悶着が起きる。御剣の隣に座りたくない成歩堂と、成歩堂を座らせたい御剣との間で口論が起きたのだ。
結局数十分後、所長室の二人掛け応接ソファーの片方に成歩堂と御剣、もう片方に糸鋸と矢張、双方の中間に位置するように真宵がデスクの椅子を配置してそこに座った。
にやにやと浮ついた表情の御剣に、成歩堂はどうしても嫌な予感を禁じ得なかったが、真宵がくじを引く段取りを整えてしまったためもう逃げられなくなってしまった。
片手に人数分のくじを握り持つ真宵が、御剣に補足説明をする。
「みつるぎ検事、『おーさまだーれだ』で一斉にクジを引くんですよ」
「うム、心得た」
ぎらぎらとした瞳を隠そうともしない様子の御剣に、矢張は思わず「御剣、目がこえぇよ……」とツッコみを入れる。
真宵が全員くじを引きやすいように、持ち手を応接テーブルの真ん中あたりに移動させた。
「じゃーいきますよー? おーさまだーれだ?!」
真宵の元気な声と共に男性陣たちがそれぞれくじを引く。成歩堂は引いた瞬間、両手でくじの番号部分を握り隠した。
その必死な姿に、頑張れ超頑張れ、と矢張と糸鋸は同時に同情の念を抱く。
「おーさま誰ですかー?」
真宵の声で、全員他者に隠すようにくじ番号を確認する。
「うム、これがそうだろうか?」
御剣が全員にくじを見せた。それには、真宵の描いたデフォルメの王冠マークがあった。
「うえぇーいきなりかよ、すげぇな御剣」
矢張の感嘆の声に、成歩堂はますます表情をげんなりとさせる。
くじの番号部分を握り、その両手を膝の間に収めて御剣から隠そうと必死だった。
御剣はしばらく腕を組み目を閉じて考えていたが、不意に両目をクワッ、と開眼させ叫んだ。
「……2番が王様と手を繋ぎたまえ!!」
「うええええええええ?!!!」
御剣の宣告に飛び上がって驚く成歩堂。
矢張はその様子に思い当たることがあるのか、成歩堂に声をかける。
「ちょ、おい、成歩堂。クジ見せろ、な?」
矢張にそう促され、成歩堂は恐怖心からかくじをテーブルに放り投げた。
カラカラ、と小さく乾いた音を立てながらテーブルに着地したくじを、真宵が拾い上げ、番号を確認する。
「2、だね」
その瞬間激しくガッツポーズをし始めた御剣。それとは対照的に、成歩堂は頭を抱えて突っ伏した。
そんな彼の様子を気にすることもなく、御剣は心の底から嬉しそうな声で成歩堂に迫った。
「成歩堂! 王の命令は絶対なのだぞ! さあ! さあ!!」
嬉々として片手を差し出す御剣に、成歩堂は心底嫌そうな顔をしながら彼を見やる。
(……うぅ……)
隣に座る御剣は、少年時代でも見たことのないような、嬉しいオーラを惜しげもなく振りまく笑顔を浮かべていた。
一見純真そうに見える笑顔に、罪悪感と父性が刺激されてしまったのか、成歩堂は片手を差し出してしまった。
途端、指と指と組み合わせるような繋ぎ方をされ成歩堂は握手型の繋ぎ方に変えようと試みるが、思いの外しっかり繋がれてしまい手がふりほどけない。
成歩堂がもがいている間にも、御剣は嬉しそうな声と笑顔で真宵に話しかけている。
「真宵くん……この遊びは実に楽しいな!」
普段の御剣を知っている者達が見たら、お前はどうしたとツッコみたくなるようなテンションで言う御剣に、真宵は両手でくじをシャッフルしながら、そうですねー、と返す。
やがて、くじを片手にまとめた真宵がずい、とその手をテーブルの中央にまた配置した。
「じゃ、2回目いっくよー。おーさまだーれだっ!」
その声で再びくじを引く一同、素早く他者から番号部分を隠し、確認する。
「ム、また私だな」
「はァ?!! おい御剣、お前どんだけ引きいいんだよ!!」
矢張がそうツッコむ横では、糸鋸がもうどうにでもなれとばかりの遠い目をしていた。
御剣は未だ成歩堂の手を握ったまま、本日最高潮のドヤ顔で言い放つ。
「日頃の行いの成果だな!!」
その言葉に、成歩堂が能面のような表情で真宵に訴える。
「真宵ちゃん、こいつブン殴りたいんだけど」
真宵はその訴えをにべもなくあしらった。
「みつるぎ検事は王様なんだからだめだよー、なるほどくん」
その瞬間成歩堂はまた頭を抱えた。
矢張と糸鋸が哀れんだ目を彼に向ける中、真宵が御剣に「命令」を促す。
「さっ、みつるぎ検事、お早く」
「うム」
先ほどから瞳を閉じて考え込んでいた御剣が、不意にカッと目を見開く。
そのまま高らかに宣言した。
「1番は王の膝の上に座りたまえ!!!」
その声に、男性陣が一斉にくじの確認を始めた。
矢張と糸鋸が安堵の息をつく中、彼らの向かいにいる成歩堂がわなわなと震えだす。
ぽつりと、呟いた。
「いち……ばん……、……だと……?」
「よぉぉぉぉし!!」
成歩堂のその呟きを聞いた瞬間、御剣のガッツポーズと雄叫びが事務所にこだました。
その光景に、もはや矢張ですらツッコミ作業を放棄することが無理になってきていた。
「おい御剣……お前普段のキャラどこに捨ててきたんだ……?」
「御剣検事はヤッパリくんのことになるとすぐコレッス……もう自分は諦めてるッス」
遠い目でそう言う糸鋸に、成歩堂は涙目で助けを求めるように叫ぶ。
「諦めないでッ!! イトノコ刑事諦めないでください頼むからッ!!」
思わず立ち上がる成歩堂。それに今更ながらの違和感を覚え、成歩堂が御剣の方を見やる。
「さ……、成歩堂。おいで?」
そこには、普段決して他人がいる場所では見せることのないような、矢張が気味悪い!!と思わず叫ぶほどの穏やかで嬉しそうな笑顔を浮かべ、両腕をいっぱいに広げた御剣が成歩堂を待ちかまえていた。
成歩堂の脳内で危険信号が鳴り響く中、真宵の言葉が成歩堂の逃げ道を塞いでいく。
「ほらなるほどくーん早くしてー。くじ引けなくなるからー」
あっさりした態度で、くじをシャッフルしながら成歩堂に言う真宵に、とうとう成歩堂は本気で涙を禁じ得なかった。
「………………ちくしょう………………」
本当に不本意そうに呻きながら、成歩堂は仕方なしに御剣の膝の間に腰を落ち着けた。
その瞬間、御剣に後ろから抱きすくめられ、彼の妙な体温の高さと感じた股間の違和感に、成歩堂はヒッと悲鳴を上げた。
「? どうしたー、成歩堂ー」
矢張がそう問うと、成歩堂は背後の御剣に首筋の匂いをかがれたり手をさすられながら、涙目で必死に訴えた。
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