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 ☆愛ゆえの暴走は時として人を惑わす 1


愛ゆえの暴走は時として人を惑わす


1.


とある麗らかな午後。今日も成歩堂法律事務所は閑古鳥が鳴いていた。
自称・影の所長、真宵は一人ソファーに座りクッションを抱えてダラダラとテレビを見ていたが、不意にトイレ掃除をしている成歩堂に話しかけた。

「あーーーーーーーー……、ねえなるほどくーん、ヒマー」
「はいはい」
「トイレ掃除なんかほっといてどっか遊びに行こーよー」
「今日は平日だから依頼人が来るかもしれないからダメだよ」
「どうせ依頼人なんか来ないよーーーーーーーー。ねーねーなるほどくーーーーん」
「ダメなもんはダメ」

成歩堂は無表情でトイレを磨き続けている。
クッションを抱き抱えたままむくれた真宵は成歩堂の背に向かって怒鳴り散らした。

「なるほどくんのケチーーーーーーーー! いいよ、なるほどくんの家のCDとかDVDとかぜーーーーーーーーーーーーーーんぶトノサマン関係のものにすり替えてやるんだから!」
「地味にうっとうしい嫌がらせするのやめてくれよ!」

真宵の宣言に、成歩堂はぎょっと振り向く。
その手に便器用ブラシが握られていなければ、もっと悲壮感が漂っていたのだろうが。
ようやく振り返った成歩堂に、真宵はまるでどこかの悪役のように笑う。

「ふっふっふ、それなら真宵サマの暇つぶしにつきあうことだね!」

こういう時の真宵は譲らない。絶対に1ミリたりとも譲らない。
成歩堂は盛大にため息をつくと、「……あーもー、わかったわかった」と呆れ声を出し、トイレ掃除用具をしまい始めた。
その間、真宵は携帯電話を取り出すと高速打ちで何かメールを送信し、それが終わると今度は給湯室から数膳割り箸を持ってきた。それらを割ると細字の油性マジックを使い番号を割り振り始める。
それを見た成歩堂は、なぜか嫌な予感を覚えつつも聞かねばならぬという使命感にかられ、真宵に訊ねた。

「……真宵ちゃん、なに作ってるの」

冷や汗をかきながら訊ねる成歩堂に、真宵は顔をあげると王冠のマークの書かれた割り箸を掲げながらいい笑顔で答えた。

「ん? クジだよー。オーサマゲーム、って知ってる? なるほどくん」
「いや、知ってるけど……、何で王様ゲーム?」
「それはねー」

真宵がこう言いかけたとき、事務所入り口から来客通知用の呼び鈴が鳴った。

「あ、きたきたー!」

真宵が呼び鈴に反応する。来客を出迎えに行く真宵の後ろ姿を眺めながら、成歩堂は今の真宵の言葉に違和感を抱いた。が、その答えが出ぬうちに真宵が来客を出迎える声が聞こえてくる。

「いらっしゃーい!」
「うム、お招き感謝する」
「来たッスよー」
「よー」

来客の声に、成歩堂は先ほどの嫌な予感が当たったことを感じた。
真宵の案内で事務所に入ってきたのは、成歩堂の親友の御剣と矢張、御剣の部下の糸鋸刑事、計3名だった。
このところ成歩堂は御剣と顔を会わせる度に熱烈なセクハラ……基いスキンシップ……あるいは求婚されているため、正直他にも複数人いるこの場といえども、御剣にあまり法廷以外で会いたくなかった。
それが如実に表情と態度と声音に出た成歩堂。底冷えするような声で真宵に問いただし始める。

「……真宵ちゃん、どういうこと」

成歩堂のうんざりしているとも怒っているとも取れる表情を全く介さず、真宵はその答えをしれっと言い放った。

「えー、『暇なんで遊んでください。』の下にすっごい改行して『って、なるほどくんが。』ってメールしただけだよ?」

こてん、と小首を傾げながら言った真宵に、とうとう成歩堂がキレた。

「それで何で矢張はともかく平日の真っ昼間から御剣とイトノコさんが来れるんだよ!! おかしいだろ!!!」

御剣の方を一切見ずに御剣のいる方を指さしながら真宵に詰め寄る成歩堂。
すると、御剣は肩をすくめながらキザったらしく言った。

「ふっ、成歩堂が求めているとあらば例え火の中水の中、だ」

ドヤァ、という効果音が聞こえてきそうな、勝ち誇ったような表情で言う御剣。
その御剣をさしおき、糸鋸刑事が説明する。

「んなこと言ってるッスけど、実際は真宵ちゃんからのメール見て事件捜査をほっぽりだして来たッス……、自分はお目付役ッス」

ぐったりとした表情で言う糸鋸に、矢張も同じような顔で続いた。

「で、オレはたまたま共通の知り合いだからってこのおっちゃんについて来てくれって土下座されたんだよ。偶然遭遇したばっかりになぁ……」

重い重いため息をつく巻き込まれ組の説明に、真宵は面白そうに成歩堂に言った。

「わー、みつるぎ検事の愛が重いね、なるほどくん!」

成歩堂は真宵の言葉をとりあえず横に置き、職務放棄も甚だしい御剣に向かって怒鳴る。

「御剣ぃぃぃぃ!! 仕事ほっぽりだしてくるな!! 今すぐ戻れ!!!」

それを受け、御剣が応戦し始めた。

「何?! 君こそ、暇を持て余しているそうではないか! それでは一人前の社会人とは言えんな!!」
「お前今の台詞自分の胸に手ぇ当ててもっかい言ってみろ!!」
「私の優先順位は何をおいても君だ!」

この言葉に、思わず成歩堂は黙り込んだ。
誰かこの馬鹿に付ける薬を知らないだろうか。そんな言葉が口に出そうになった瞬間、真宵が割って入る。

「よっし、いい感じで議論がグダグダになったところでオーサマゲームだよー」

テッテレー、という某国民的ご長寿アニメの効果音を口ずさみながら、真宵は人数分の王冠と数字の割り箸くじを全員の前にかざした。
その真宵の様子と、明らかに乗り気ではない成歩堂の様子を見比べ、矢張は聞いていた話との違和感を感じた。

「……あれ? おい、成歩堂?」

話がちょい違うけど?と言外に訊ねると、成歩堂はうんざりと答えた。

「……僕ら全員、暇を持て余した真宵ちゃんの遊びに付き合わされてるだけだよ」
「何スかそれ……」

成歩堂の回答に崩れ落ちる糸鋸。気持ちは分かる、と矢張にしては珍しく彼を労るように肩を叩いた。
その横では、御剣と真宵が王様ゲームについて話している。





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