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 ☆小さな我が儘



『小さな我が儘』



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カタカタカタ……とパソコンのキーボードを刻む音が聞こえている。
動物達のカルテに入力している為、先程から巣古森の視線は画面から外れる事はない。

その巣古森の背中を、成歩堂は邪魔をしないように、静かに見守っていた。

(少し位構ってくれても良いのに…)

そう、思わなくもないけれど。
何しろ、成歩堂がこの荒船水族館の生物室に顔を出してから1時間位過ぎているが、巣古森はずっとこの調子なのだ。
成歩堂が部屋に来ているのも気付いているのかどうか。

仕方ない。 と成歩堂は思う。
巣古森は、水族館の中の沢山の動物達の体調管理をしている。
言葉を話さない動物達の異変にいち早く気付く為に、飄々と暇そうな態度を取っていながら、自分の睡眠を削って、動物達の過ごす部屋の空調や、食事量や、その日の動き等、事細かにチェックしているのだ。
何でも自分で出来る成歩堂とは対応が違うのは当然と、理解してはいるのだが。

少しだけ……、寂しかった。

だが、成歩堂はそれを言葉にしない。
仕事の大事さは分かっているから、構って欲しいだの寂しいだの我が儘を言うのは、相手に負担をかけるから。

(…そろそろ帰ろうかな)

成歩堂がそっと、残念そうに溜め息を吐いて。
帰る為に、静かに立ち上がった。

「あ?ニィちゃん、もう帰るのか」
「! …僕がいるの、気付いてたんですね」
「そりゃそうだろ」

成歩堂がこの部屋にいるのが当たり前のような巣古森の口振りに、成歩堂は嬉しくなった。

「帰るなら、ついでに出口まで送ってやる。俺様はこれから見回りの時間だからな」

そう言って巣古森は、凝った肩をほぐすようにして伸びをしてから立ち上がると、成歩堂の横をすり抜けて、先に歩き出した。

つい……と追い越されて。
水族館出口迄の、短か過ぎるデートコースに、成歩堂の眉が下がった。

(本当はもう少しだけ側にいたいのに…)

そう、思ったら。
ドアノブに手をかけようとする巣古森の背中に、成歩堂は縋りついていた。


「おい、ニィちゃん?」
「行かないで……。後少しだけ」


成歩堂は巣古森の身体の前に両腕をまわして、ギュッと力を込めた。
この室内だけが、唯一、水族館で主に寝泊まりする巣古森と、二人でいられる場所。
只でさえ、恋人らしい雰囲気になる事もあまりないのに、ドアを開ければ只の弁護士の顔をしなくてはならないのが、寂しかった。

背中の温もりに、漸く巣古森は、成歩堂に構っていなかったと気付いた。
仕事柄、プライベートを後回しにする癖がついていた。
それに、多少構わなくても、物分かりの良い顔をする成歩堂に、つい気持ちが甘えていたのかも知れない。

「ニィちゃん…、ちょっと腕離せ」
「……時間、ですよね」

名残惜し気に手を離す成歩堂。

巣古森は身体の向きを変えて、成歩堂と向かい合わせになると。
成歩堂を引き寄せて、彼の特徴的な髪を撫でた。

「違ぇよ。…俺様がこう出来ないだろうが」
「学さ…」
「悪いな、つい仕事に没頭して…。アンタをないがしろにしてるつもりはないんだが」
「いえ…分かってますから」

成歩堂はそっと巣古森の肩に、自分の頬を擦り寄せた。
我が儘が言えなくなった大人の、ささやかな甘え。
こうして、少しだけでも自分を見てくれるだけで、成歩堂の心は満たされる。

成歩堂が巣古森の背中に両腕をまわすと、同じ様に、巣古森も成歩堂を抱き返した。

願わくば、一分一秒でも長くこうしていられますように。










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