「こっちきい」

そう言って抱きしめてくれました。優しい優しい笑顔は僕だけのものだと思っていました。先輩は僕だけに贈る笑顔を他の人にも贈っていました。僕は悲しくなりましたがなぜだか笑いがこみあげてきました。これを気狂い(きちがい)と言う人もいるそうですが僕はいたって普通です。違うのです違うのです。ただ、かなしいだけなのです。

「あのね、先輩」

そうして僕は先輩に言ったんです。ちゃんと僕を見てください。先輩はお前はそんなにめんどくさい奴ちゃうかったと苦い笑みを僕に向けました。(もちろんその笑みもたくさんの人に贈るものでした)僕はかなしいのです。先輩からの愛を感じたいのです。そう言いました。先輩は何もいわずに僕より少し広い背中を向けて去ってしまいました。

「財前光」

愛しい愛しい先輩の名前をかすかな声で呟いてみたらなぜか止まらず何度も名前を呼んでいました。(ちなみに涙も止まりませんでした。)先輩は何を僕に告げたかったのでしょうか。気になりますが何もできません。電話したいけど着信拒否をされていてできません。だから僕は真夜中に公衆電話を求め外にでました。すぐに見つかりましたが手が止まってしまいます。だから手が動くまで昔をふりかえってみました。

「せん、ぱい」

涙が止まらず震えてしまい、余計に手が動かなくなりました。ボタンを押したいのにかすんで見えませんでした。寒いのに目頭だけがいつまでも熱いままでした。僕はもう一度名前を呼びたくなりましたが冷えきった喉は使い物になりませんでした。僕はせまいボックスの中しゃがみこんで熱い目頭とともに大好きな先輩の誕生日をむかえました。

「財前光」

午前二時半の憂鬱