坂道を上る謙也の足が俺のおんぼろ自転車よりも先に悲鳴を上げた。 そらそうか、後ろに俺を乗せてこんな急な坂を上る事の方が難しい。
夏でもなく、だけど春と呼ぶには蒸し暑すぎるこの季節のせいで謙也はもちろん、何もしてない俺だって汗だくでちょっと休憩しよう、とそこら辺の小陰に入り込んだ
「あっちー…」
「お疲れさーん」
「この調子じゃ売り切れやなスニーカー」
「まぁ学校終わった後っちゅーのが無理な話やな」
「んなこたないわ!浪速のスピードスターに不可能はないんやで」
「まぁ最初から予約しとけばよかったんやけどな」
謙也は優しい。今日だってきっと後ろに俺を乗せてなきゃずっと欲しがっていた限定のスニーカーを手に入れることが出来ただろうに、それを一切俺に言ってこない 前から自転車を貸す約束をしてたのに俺が駄々をこねて着いてきたんだ、もっと俺のせいにしてもいいのに。
「★?」
「え、あ?ああ、おおきに」
不思議そうに顔を覗き込んでいた謙也は右手にお茶を持って俺に差し出してきた どないやねんこいつ。なんでこんなに優しいんやろ
「ぬるかったらごめんなー」
「ええよ、喉かわいてたしありがたいわ」
暑い暑いと地べたに座り込んでボタンを最大まで開けてお茶を飲む。ああ、謙也のほしがってたスニーカーいくらやったっけなぁ もしも売り切れてたらお詫びにプレゼントしようかな。お小遣いも特に使い道もないまま貯まってるし
「ちょ、★」
「あ?」
「ま、前開けすぎちゃう?」
「え?え?何?前?」
「せやから、シャツのボタン!」
「ちょ、暑いやろ!なにすんねん」
「誰か見とったらどないすんねん!」
俺のシャツのボタンを無理矢理しめてくる謙也。いやいやボタン掛け違っとるから
「ええやんけ誰も居らんのやし」
「どっか窓から見とるかもしれんやん!」
「大丈夫やって!真夏になったら上全部脱ぐんになんでこんなちょい開けがダメやねん!」
「今年からは許さへんで、半裸」
俺の恋人なんやから、 そういって謙也はすねたように言った
「……お前さ、」
「ん?」
「ボタン掛け違っとる」
「あ?ほんまや…」
ぷちぷち、と俺よりも大きい謙也が俺の首元で手を動かすたびに気温とは違う感覚で熱くなるのを感じた 間近でみる謙也は俺よりも胸元のシャツを開けて額には汗をかいている
「謙也、」
「…ん?」
俺は汗ばんだ手を伸ばして同じように謙也の胸元のシャツを閉めた。驚いたようにこっちをみた謙也もすぐに俺に笑いかける きっと今、俺たちは同じくらい嬉しそうな表情をしとるんやろうな
「★、暑いなぁ」
「暑いー」
「多分胸元見られるよりこの光景見られる方がやばいんちゃう?」
「はは、そうかもしれへんなー」
「今年は去年よりももっと暑いかもしれへんな」
「よっしゃ、出来たで」
「え、此処まで閉めんとあかん?」
「チラ見せは許さへんで。俺の恋人やねんから」
そういって笑うと謙也も笑って、二人で小さくキスをした 触れあった唇は凄く熱くて、でも俺たちはそれを季節のせいなんかじゃないってわかってる
「帰るかー」
「え?スニーカーは?」
「いや、もうええわ。それより駅前のたこ焼きでも食いながらなんか冷たいモン飲もうや」
「ええの?」
「ええねん。靴なんて。今俺めっちゃ幸せやし、このままどっか出かけたい」
「アホ」
謙也が自転車をまたいで、俺が後ろに乗る 行きはすこし気恥ずかしくて掴めなかった腰にためらいもなく抱きつけるのが幸せで少しだけ泣きそうになった
中学一年生の夏は海に行った、去年は謙也の家に入り浸った。今年はもっと暑くなる 繰り返す季節の中で、ちょっとずつ大人になっていく時間の中で、気付かないほどの変化の中で
俺たちは繰り返す。お互いに恋をすることを
僕たちはきっと恋をする、
「今年はどうやって遊ぼうかなぁ」
「行きたいところある?」
「…海行きたい」
「ええなー!今年は泊まろうかー」
「受験やでー」
「ほなら、一緒に遊んだぶんだけ一緒に勉強したらええやん」
「はは、ええかもなーそれ」
「ほら、坂下るからしっかり掴まっときや」
「おん」
道を抜けて、街を見渡せるほどの急な坂を下る 俺は謙也の腰に回す腕に力を込めた。
「今年もよろしく謙也くん」
「俺は毎日よろしくやな、★」
「くっさ」
「ええねん。顔見えへんし」
「耳真っ赤やで」
「うっさい、見んな」
「へへ」
坂を下る俺たちの額の汗は風で乾いていた だけど相変わらず熱い体温の謙也に愛しさを感じて、俺はまだ湿ったシャツ越し、謙也の背中に小さくキスをした
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