▽ 私も楽しい日々でした
「お疲れ様です!」
定時になると同時に鞄に必要最低限の物をしまい、ダッシュでエレベーターへと乗り込む。エレベーターのドアが開くと同時に走って会社の外へ向かう。
少し奇抜な髪型の彼を見つけるとより一層スピードを上げて走る。
はあはあ、と肩で息をしながら「おまっ…お待たせしました…」と言うとゴシゴシと頭を軽くかき、ため息を吐く彼。
「たいして待ってねぇから急がなくていいつってんだろい?」
「いやっでも悪いし…」
私がそう言うと眉間にシワが寄るマルコさん。
そう、彼はある日を境に職場まで向かえに来てくれるようになった。会社の人に見られたらややこしくなるから、断ったのに向かえに来てくれるマルコさん。
案の定会社の人に見つかった時は「***の親戚のおじさんです」と平然と嘘をつき、その場はなんとか逃げ切れた。
親戚のおじさんって……他に言い方なかったかなあ…。せめてイトコとかさ!それか、か…彼氏とか……って何言ってんの私っ!いくら彼氏居ない時間が長いからってパイナップルはなしでしょ!!
自分の思い掛け無い言葉にビックリしつつ目を覚まさせと言わんばかりに、パンパンと叩いているとマルコさんに冷たい目で見られたりしたけど。
そんなマルコさんとの生活もだいぶ慣れ、寒い季節も終盤になってきた頃マルコさんは営業マンになった。なんでも「小娘にいつまでも養ってもらうのは癪に触る。」らしい。よくあんな髪型と顔で面接受かったな、とは思ったのは内緒。けど、どうやら上手くやってるみたいで会社の人とよく飲みに行ったりするようになった。
嬉しいと思う反面、寂しいと思っている自分が実は居る。
実際今日も冷たくなってしまった料理を眺めながらマルコさんの帰りを待つ。今日は変換ミスのあるメールが届かないから、手が離せない程忙しいのかな。
変換ミスで思い出す。この前も「居間から家出る」って微妙な変換ミスしてきたっけ。1人、思い出し笑いをしていると玄関から鍵を開ける音が聞こえた。
帰ってきた!
飼い犬がご主人様の帰りを待ちわびていたかのようにダッシュで玄関へと向かう。ガチャリとドアが開くと同時に「おかえりなさい!」と元気に言うと少し驚いているマルコさん。
「お前…まだ起きてたのか?」
「見たいテレビがあったから見てた!」
「そうか……」
この前、マルコさんの帰りを待っていた時「寝起きが悪りぃんだから、さっさと寝とけ」と怒られたので少し嘘をつく。マルコさんにはバレてるかも知れないけど私なりの気遣いのつもりだ。
居間につくなり私が用意していた料理に気が付いたみたいで少し申し訳なさそうにするマルコさん。
「連絡しとけば良かったな…すまなかったよい…」
「そんな、謝らないで下さいよ…!……気持ち悪い…」
マルコさんがなるべく気を使わないように少し戯けて言うと髪の毛をクシャクシャと「うるせぇよい」と笑うマルコさんを見て私もつられて笑う。
「マルコさんお腹空いてます?良かったら温めますけど」
「ああ、頼むよい」
軽くラップの被っているお皿をレンジに入れボタンを押す。
温めている間にお茶の用意でもしようと食器棚からコップを出そうとした時「***」とマルコさんに呼ばれた。
「…今度の休み、久々に出かけねぇか?」
「いいですねっ!行きますっ!!」
私の返事に満足気に「どこ行きてぇか考えとけよい」と言うマルコさんに「はーい!」と元気よく返事をして、次の休みまでソワソワしながらカレンダーに、1日1日バツマークを付けていった。
待ちに待った休みの日、天気はおかげさまで雲1つない快晴。朝からせっせと準備をする。
「***、今日何がしてぇか考えたか?」
「はい!この前出来たカフェに行って、無難に映画なんてどうです?」
「まあ、無難な選択だな」
なんて笑いながら玄関のドアノブに手をかけるマルコさんの後ろを戸締りを確認しながら付いていく。
マルコさんとお出かけ、ほんとに久々だから楽しみだなと、少しニヤけながら思っているとマルコさんにぶつかってしまった。
「いったあ…鼻打った…。どうしたんです?」
マルコさんの大きな背中にぶつかり鼻を強打する。ただでさえ低い鼻なのに、これ以上低くなったらマルコさんのせいだ!そんな事マルコさん相手に言える筈もなく、鼻を摩りながらマルコさんの後ろから覗いて見ると玄関のドアを開けると、そこはいつもの風景ではなく光っていた。
これってもしかして……
少し嫌な予感をしつつマルコさんを盗み見してみるとマルコさんと目が合った。
「すまねぇな。どうやら出かけれねぇみてぇだよい」
そう言ってその光の中に入ろうとするマルコさんの腕を思わず掴む。
「マ、マルコさんの世界に戻れるとは限らないですよっ!!」
こんな事言ってもマルコさんが困るのなんて分かっている。けど分かっているけど帰って欲しくないって気持ちがあった。その気持ちが何なのか、こんな状態なってようやく分かった。マルコさんが好きだから。好きだからマルコさんにはちゃんと自分の世界に戻って欲しいけど、帰って欲しくない気持ちのが強かった。
「悪りぃが俺の帰りを待ってる奴が居る。戻れるか分からなくても、行くしかねぇんだよい。」
「けど………」
「世話になった礼出来なくて悪りぃな。まあ、変な男に引っかからねぇようにしろよい」
そう言うと片足を光の中に突っ込むマルコさんを引き止める為にも掴んでいた腕を引っ張る。
「じ、じゃあ私も連れてって下さい!!」
自分でもとんでも無い事を言っているのは、すぐに分かった。だがマルコさんと離れたくない気持ちのが強かった。けどすぐにマルコさんが困っているのが分かった。
「***……お前が俺の世界で生きるのは無理だ。お前みてぇな奴はすぐに死ぬ。……お前にはあんな世界よりもここで生きろ」
真剣な顔で言うマルコさんに何も言い返せず掴んでいた手を離す。そんな私に頭を優しく撫でてくれる。……いつもは乱暴に髪の毛をぐしゃぐしゃにする癖に、何でこんな時は優しくするのよ……
涙が出そうになるのを我慢し、唇を噛み耐えているとマルコさんはどんどん光の中へと入っていく。
マルコさんは寂しくないんだ。
気持ちのが温度差に悲しみながら、その光景を見ているとマルコさんがこちらへ振り返り、ある一言を言って私の目の前から居なくなった。いつものヒニルに近い笑顔ではない笑顔でマルコさんは帰って行った。
「お前の寝顔見るのが俺の楽しみだったよい」
勝手に人の寝顔見ないでよ。ヨダレ垂らしてたかも知れないじゃん。マルコさんには…少しでも可愛い所見せたかったのに。我慢していた涙もポタポタと落ちる。もっと可愛い態度取っとけば、マルコさんは私を連れてってくれたのかな…いや、それでも連れてってくれないだろうな…
マルコさんは自分の考えをしっかりしている人だ。そんなマルコさんだから尊敬したし……好きになったんだ。
涙をグッと手で拭いマルコさんが使っていた部屋へ向かう。前にボソッと「俺が居なくなった時は部屋の片付けしといてくれ」と言っていたのを思い出した。その時は、こんなに寂しいと想像していなかったら「任せて下さい!」って親指立てて返事したっけ。
あの時の自分の鈍感さに少し呆れつつマルコさんの部屋へ入る。そこは綺麗に整頓されていてマルコさんらしいなと笑いながら見渡していると机の上に2枚の手紙みたいな物が置いてあった。
1つは“辞表”と書かれもう1つは“***へ”と書かれていた。
綺麗に折りたたまれた、私宛らしい手紙を広げると少し角ばった文字でメッセージが書かれていた。
「この手紙を読んでる頃は俺は***の前から居なくなった時だ。悪りぃが俺の上司に辞表を渡しといてくれねぇか?上司には事前に訳ありだと伝えてあるから辞表を渡せば分かってくれると思う。
勝手に現れて世話になって勝手に消え、迷惑ばかりかけて悪かった。けど俺がこの世界に来て出会えたのが***、お前で本当に良かったと思っている。最初はメンドくせぇ。さっさと元の世界に戻りてぇ。こんな所で油売ってる暇はねぇ。そんな事を思っていた。だがそんな中でも日に日にお前に惹かれてる俺が居た。ただ、面倒を見てくれているからじゃねぇ。世話のやける、いつもヘラヘラしてるどんくさい奴。だが一緒に居て飽きなかった。そんなお前だから余計にか生活は新しい事ばかりで年甲斐もなくワクワクしていた自分が居た。
けど、いつか居なくなる俺が気持ちを伝えるのは***に迷惑だと思い伝えずじまいだ。その結果、今こうして手紙に書いてる時点で意思は弱いがな。
意地張ってお前の会社の奴等には“親戚のおじさん”と言ったが実際はあの時だけでもお前の男だと言ってみたかった。その時のお前の反応も見たかったが怖くて言えなくてあんな事を言ったが。
まあ、これを読んでいるお前はどうせ笑って読んでいるんだろうな。お前はそのままのお前で居ろ。ヘラヘラしてどんくさいお前がお前のいい所で俺が惹かれた所だ。」
涙で読みにくいものの最後まで読むと少し気持ちがスッキリした気がした。
「マルコさん長いよ…」
笑いながら手紙をまた綺麗に折りマルコさんの部屋を出た。
マルコさんの部屋は片付けない。現実を受け止めたくないではなく、もしまたマルコさんが、いつでも帰ってきてもいいように。
- 私も楽しい日々でした -
私は今のままの私で居るのでいつでも帰って来てください。
マルコさんとの過ごした日々は、私の大切な日々です。
マルコさん、ありがとう。また会いましょうね?
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