15-4 ダイニングテーブルは椅子が四つしかないためどうしようかと思案を始めたものの、それを察した太郎太刀に「私達のことはお気になさらず」と言われたため、対策本部の人二人を座らせて刀剣の三人には立っていてもらうことになった。 まぁ話があるのはこの二人だろうしね。妥当か。 「──お茶入れてきたからどうぞ。熱いから気を付けてね」 お盆に乗せたコップをまずは今剣達に渡して、対策本部の二人と私の前にもコップを置いてから椅子に座った。 目の前の二人がそれを手に取ってお面をずらして一口。 「あの、これお茶じゃないんですけど・・・」 開口一番にそういった。 当たり前だ。お前等二人は水道水だからな。 「大丈夫。ウチ浄水器使ってるんで」 「いやお茶がいいんですけど」 「そうですか。で、今日はどのようなご用件で?」 限りなくスルーに近い返事を返して早々に本題を要求する。 どうせ審神者の件だろう。前も勧誘されたし、今剣達と一緒に来た時点でいろいろな意味で私の事情も知っているだろうし。 「あー、お察しと思いますが審神者の件でお話しさせていただければと思いまして」 「今剣達にも言いましたけど、現在の仕事というか職場が気に入っているのでその件はちょっと・・・他の方をあたっていただきたいなぁと」 「しかしその職場が大規模な火災に見舞われたとか。今後の見通しも立っていないと加州清光から聞きましたが」 痛いところついてくるな。 そうなんだよだから万が一会社が駄目になった場合の受け皿があるとわかった時正直ほっとしたんだよ。 しかしまぁ今の職場は雰囲気も待遇も満足しているからこの先も居座り続けたいと思っているし、何より転職先の受け皿が特殊すぎた。 人に軽々しく言える職業じゃないし帰省も簡単にはできないだろうし、何より人の命を預かる立場になるのだ。のらりくらりと生きていきたい私には少し荷が重い。 そんな面倒くさがりな自分の気持ちを包み隠さず相手に伝えた。 熱心に勧誘してくれる刀剣たちには悪いが、こんな奴が審神者になって刀剣男士を率いていくなんて命を懸けている彼らに謝っても謝り切れないです。 こんな話をして私がいかに審神者に向いていないか分かったはず、だがしかし。 彼等も中々引かなかった。 曰く「進んでやろうとすることはなくても背負ったものは投げ出さない」からだそうだ。 超ブラックな本丸に放り込まれて破綻した関係の中でやり切ったのが評価されたらしい。 「その評価、政府からじゃなくて会社から欲しかった・・・。昇給・・・昇進・・・」 「ウチに転職していただければ給料アップですし公務員で将来安定ですけど」 「その安定の道を歩いてる途中でポックリの可能性もあるんですけどね」 私の場合は敵の侵入とかではなく身内の襲撃で。 そういえば長谷部はどうなったのだろうか。 「大丈夫ですよぉー。審神者が死ぬなんてこと早々ありませんから」 「・・・そうですよねー」 私は背中からパックリいかれたけどな。 普通は余程のハプニングがなければ定年だか死ぬまでだか知らないが安泰なんだろう。普通は。 「まぁお返事は急がないのでもう少しご検討いただけたら幸いです。なにぶん人手不足でして・・・生まれ持った能力も大きく関わってくる専門性の高い仕事なので一人一人が貴重なんですよ」 長かった話し合いの終わりにそう締めくくった彼らは長居したことを詫びて席を立った。 玄関で最後にもう一度「審神者の件、どうかよろしくお願いします」と深く頭を下げる。 「・・・あるじさま。ぼくたち、まっていますから」 私の思いを聞いてなお刀剣達の意思が変わらないことに、どうしてか心が酷くざわついた。 ────────── ──────── ────── あれから二年とちょっと── 「お初にお目にかかります。わたくし、審神者様を補佐するため時の政府より遣わされました管狐、こんのすけと申します」 私、審神者になりました。 まぁ、端的に言えばあれからも続いた勧誘に負けた私は審神者になることを決めて、審神者の養成所に通っていた。 本来は四年制であるところを、過去に既に審神者として実績を積んだことを考慮されて実技はほぼ免除。 主に歴史や審神者としての基礎知識などの座学を中心に学び飛び級で二年ほどで卒業した。 そして本日。正式に初期刀を選んで本丸に配属される日である。 と言っても私が配属されるのは卒業した審神者に用意された真っ新な本丸ではなく、例の元黒本丸であるのだが。 「早速初期刀を迎えに行きましょう。本丸にいる他の刀たちも待ちわびておりますよ」 「ないわー。今頃どうやって私の首取るかの最終確認でもしてんじゃないの・・・」 「大丈夫ですよ皆様今は刀に戻っていますし。それに審神者様と新しく契約を結びなおすのでそう簡単に謀反を起こされることはありません」 それはそうなんだけど、今までの経験が経験だからいまいち安心できない。 まぁ授業でも習ったからよっぽど大丈夫なんだろうけど・・・。 そんな話をしながら案内の人についていけば、小さいながらも厳かに感じる一室に着いた。 卒業した審神者はここで五振りの刀から初期刀となる一振りを選んで真っ新な本丸へ旅立っていく。 では私のように引継ぎで、本丸に既に初期刀候補がいる場合はどうするのだろう。 そんなことを疑問に思っていたが、本部の担当の人から聞くに、本丸にいない初期刀候補の中から選ぶことになったらしい。 ──が、私はそれを断って考えていた案を打診した。 「それでは私はここで。あとの案内はこんのすけが務めますのでご安心ください。審神者様のご活躍とご武運をお祈り申し上げます」 「はい、ありがとうございました」 頭を下げる案内役にこちらも礼をして、こんのすけと共に扉をくぐる。 部屋の真ん中の台に一振りの刀が鎮座していた。 「・・・審神者様、貴方様が所望した刀は"彼"で間違いありませんね?」 「うん、間違いないよ。ありがとう」 「では顕現を。きっと彼も待ちわびていますよ」 こんのすけの言葉に頷いて意識を集中させる。 ふわりと、部屋に桜の花びらが舞った。 ──その直後。 「あるじさま!おまちしてましたよ!」 「わっ!?」 花びらが収まらぬうちに飛びついてきたのは、私が初期刀にと望んだ今剣。 軽い衝撃を少し驚きつつ受け止めた。 「わー!あるじさまだー!」とはしゃぐ彼をどうどうと宥めて体を離せば、ここでようやく今剣は周りを見渡して「あれ?」と首を傾げた。 「ほんまるじゃない・・・?あるじさま、ここはどこですか?」 「新米審神者が初期刀を選ぶ場所だよ。これから本丸に転送されるの」 「えっ!しょ、しょきとうを えらぶばしょって・・・なぜ ぼくがここに、」 だって初期刀は打ち刀の五振りから選ぶはずじゃ。 心底驚き戸惑った様子で、私と周りに視線を彷徨わせる今剣。 そんな彼の前に膝をついて目線を合わせて、「今剣」と呼びかけた。 「私は引継ぎだからね。担当の人に相談して、特別に今剣を選ばせてもらったんだ」 「そんな・・・いいのでしょうか、ぼくが しょきとうで」 「いいんじゃない?実際あの時の私の初めての刀は今剣だし。だから審神者になるって決めた時から、出来るなら初期刀になってもらおうと思ってた。 ──遅くなったけど、正式に私の初期刀になっていただけませんか」 散々探し回らせて、中々審神者になることに踏み切れなくて迷惑かけたけど。 沢山悩んで腹決めてきたから、改めての最初の一歩を一緒に踏み出してほしい。 そんな思いを込めて今剣を見つめる。 彼は驚いたように数秒目を見張って、そして表情を引き締めて口を開いた。 「もちろんですよ!」 だって僕は、正真正銘あなたが初めて手にした刀剣ですから! こうして私は正式に審神者になり、名実ともに初期刀となった今剣と、管狐のこんのすけと共に面倒なことが山積みになっている本丸へと転送されたのだった。
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