15-1 あれからちょくちょく今剣は私の家に遊びに来るようになった。 といっても二週間に一回か二回か・・・それ以下の頻度の時もあったけど。 聞くところによるとそもそも頻繁に現代に来られるわけではないし、探索メンバーに選ばれなければどうしようもないとのこと。 彼は私と会ったことをまだ皆には話していないと言っていた。 見つかったのが分かればいろいろと騒がしくなるからということと、そうなれば私が審神者の件を落ち着いて考えられなくなるかもしれないから。 お気遣いありがとうございます。 と、平和な日常を送っていたのもつかの間── 日が落ちるのが随分早くなって上着が必須になってくる季節。 仕事が少し忙しくて残業をして帰ってきた私を待っていたのは。 「ごめんなさーい!」と玄関で両の手を合わせる今剣、正座で出迎えてくれた太郎太刀、そしてリビングに集う野郎共だった。 ────────── ──────── ────── リビングの入り口で頭に手を当ててこの状況を整理する。 洗って干したばかりの掛け布団を、外で砂や埃をつけた服の上に羽織って泣いている加州はまぁいい。 一週間分の献立を考えて買ってきた食材が燭台切によって夕食に生まれ変わっていたのもまぁいい。 買い置きしていたちょっとお高い梅酒が空き瓶になって転がっていたのもまぁいい。 一時期ハマってつけていた日記をどこかからか発掘してきて読んでいる鶴丸と髭切もまぁ・・・いい。 そもそもの問題は。 「・・・お前等どこから入ってきた?」 朝ちゃんと鍵をかけていったはずなんだけど。 何自分の家みたいに自然に居座ってんだよ。 「おかえり」じゃないんだよ。 「ご飯できてるよ」じゃないんだよ。 「あ、あるじ・・・!なんで何回も会ってたのに言ってくれなかったのさ!俺達が主を探してるの知ってたでしょ!俺もなんで気付けなかったんだよこんな近くにいて何回も話してたのに!」 布団をかぶったまま恨めしそうにこちらに寄ってきた加州。 とりあえずその布団のカバーは洗い直しだな。 彼を適当にあしらいながら、イタリアンの前菜が置いてある席に着く。 キッチンではまだ火を使っているようだからおそらくメインでも作っているのだろう。 たぶん前菜を食べてるうちに出来上がるしコースでくるな。 だってイタリアンで働いてた燭台切がやってるんだもん本当に就職してしまえ。 「・・・で?どうやって部屋に入ったって?」 まさかピッキングでもと思ったりもしたが、昔の玄関の錠じゃあるまいし現代の複雑なシリンダーは奴らでは攻略できないだろう。 ・・・できないよね?一部手先が器用そうなのいるけど。流石にないよね? 不安を胸に彼らを見渡せば皆がそっと私から顔をそらした。おい。 そんな中ようやく目が合ったのは鶴丸で、奴は得意げな表情で手に持っていたお守りを私に見せてきた。 「お守り?破壊を防ぐのとは違うね」 いつか薬研に持たせたお守りとは違うそれに首をかしげる。 と、急に彼が持っているお守りから桜の花びらが溢れて鶴丸を覆った。 ほんの数秒後、花びらが晴れたそこにはお守りの代わりに刀を持ち、戦装束をまとった彼の姿。 「・・・刀、持ってたんだ。いつも現代の服だったから置いてきてるかと思った」 「ま、俺たちの本体は刀だからな。 でだ。この部屋の一室は廊下側に窓があるだろう?」 「あぁ、寝室の・・・。でもあの部屋の窓は格子がついてるから侵入するのは無理でしょ」 確かに空気の入れ替えのために時々開けたまま外出するけども。 しかし外の廊下に面していて不法侵入しやすい場所だから、防犯のために面格子というものがはまっている。 プロならともかくこいつらにどうにかできるとは思えない。 「人の姿じゃ無理だな。だが言ったように俺達は刀だ。つまり──」 テーブルの上に刀を置きながら言った鶴丸の姿が、次の瞬間桜の花びらとなって散った。 「えっ」 「刀に戻ったのですよ」 太郎太刀の言葉に唖然として先ほどまで彼がいたところを凝視する。 そしてその場所と刀に目を彷徨わせていたところで、今度は刀から桜の花びらがあふれてあっという間に鶴丸の形をとった。 「──こういうことさ。分かったかい?」 「えっ、あっ、えっ・・・つまり何?格子の隙間から窓開けて刀突っ込んで、刀に戻って侵入。で、部屋で人の形になって玄関の鍵開けてみんなを招き入れたってこと?」 「正解だ!どうだ驚いたか!」 「頭の回転の良さに称賛を送るべきか、不法侵入という言葉を拳とともに叩き込むべきか、盛大に悩ましい」 持ってきてくれたメイン料理を食べながら思わず頭を抱えた。 というか彼等って勝手に刀に戻ったり人の姿になったりできるのだろうか。 私が審神者やってた頃は見たことなかったけどな。 「審神者を探すために我々が主体で動くので、政府からある程度の権限を譲渡されているのですよ」 「へぇー、そういうこと」 そういや今剣が私を助けてくれた時も桜が舞ってたな。 しかしその権限の使いどころが不法侵入とは政府も浮かばれない。 「それで・・・主はどうするつもりなのかな」 「うん?」 デザートを持ってきてくれた燭台切に問われて、急な話の切り出しに内容が把握できずに首をかしげる。 言いずらそうに少し視線を彷徨わせた彼の代わりに言葉をつづけたのは髭切だった。 「審神者の件さ。正式に引き継いでくれるのか、それとも断るのか。どうする?」 皆の視線が集まって、今度は私が目を彷徨わせた。 決められないから今剣に今まで待っていてもらってたんだけどなぁ。 「・・・正直に言えば私は今の生活に満足していて、審神者になりたい動機もない。むしろ審神者になると今の職場を辞めなければならないし、こっちに簡単に帰ってくることもできなくなるでしょ」 甘いはずのデザートの味があまり感じられない。 緊張のせいか、それとも・・・罪悪感のせいか。 なんで罪悪感を感じるかと言えば、単純に彼等の願いを断ることだったり、これだけ探させておいてということだったり、私が断った場合の彼らの今後をのことだったり。いろいろだ。 あとはやはり、向こうでは嫌なことが多かったけど仲良くなった刀剣もいたから、いざ再会してみると審神者を断って彼らとの縁が切れてしまうのが寂しくて惜しいということだろうか。 結局、こっちもあっちも手放したくないという欲張りな自分のせいで決められないわけだ。 しどろもどろに言い訳を連ねた私に部屋は静まり返っていた。 誰か何か言ってほしい。いたたまれなくなるから。 やけに長く感じた数秒間の後、掛け布団を被ったままの加州が思いついたように両の手をグッと握りしめて顔を上げた。 「じゃあ!俺達がもっと説得したら主は審神者になってくれるってことだよね!」 「いやそういうわけじゃないけど」 面倒くさくて適当に否定するも、刀剣たちの間では「なるほどそういうことか」という雰囲気になりつつあった。 もういいやどうせ盛り上がってる今じゃ誰も聞いちゃくれないだろうし、また今度それぞれに訂正しておこう。 ここ最近で一番死んでいるであろう目のまま、おいしいデザートに現実逃避を決めた。 [ back ] |