捜索記 | ナノ

14-3

一言零して我に返った頭がようやく逃げろと指令を出したため、弾かれたように踵を返した。

「(あ、荷物どうしよう置いていくか でも結構な額を使ったのにこんなところに置いて行って後々取りに来た時になくなってたらどうしよう いやこんな大荷物持って走ったら追いつかれるのは目に見えてるし死んだら元も子もないし でもせっかく買ったのにあああああああ!)」

これが我に返ってから踵を返す一、二秒の間に開催された脳内会議である。
迷いに迷ったがしかし、命は惜しい。
振り向きざまに投げ捨てるように荷物を道路の隅に放って、奴らが来る前にスタートダッシュを決めた。

荷物は置いただけだ。あとで取りに来る。絶対取りに来る。だから通りがかりの人に持っていかれていませんように。
直後、後方からいくつかの足音が聞こえて、荷物よりも我が身のほうが心配になった。

──────────

走り始めてしばらく、緊張のせいか恐怖のせいか疲れのせいか、いつもより早く息切れしているのが分かった。
頭によぎるのは本丸での最期。あの時も刀を持っていて、追いかけられて──そして、切られた。

あんな痛い思いはもう二度としたくない。

とはいえ後ろの奴らはいまだにくっついてくるし、このままじゃ体力がもたなくてそのうちやられる。
さっさと諦めてくれと心から願いながら、あの角を曲がろうと目星をつけて走り続ける。

が、曲がりかけたところでまた一体、今度は長身の奴と鉢合わせした。相手の手が刀にかかって、その下緒に括られた鈴が小さく鳴る。
咄嗟に方向を変えてもう一つ向こうの道に行き先を変えた。

ドッドッドッ、と物凄い勢いで心臓が脈打つのを感じながら後ろがどうなっているか気になってちらりと振り向く。
鉢合わせした奴も始めから追いかけてきた奴らと合流して追ってきていた。
本当に勘弁してほしい。

少しずつ距離が縮まっているのが分かるし私の足も限界が近づいてきている。
あぁもう、また刀でやられるのか。死にたくないなぁ。



──ふと、視界の端にハラリと小さな何かが舞った。


足を止めずに見上げてみればたくさんの桜の花びら。
その先を追って向こうを見てみれば、それは塀の上を走る見覚えある小さい子から流れていた。
本丸でよく見た装束に、手には刀を持っていて。
懐かしいその姿に思わず声を上げていた。

「今剣!遡行軍いた!」
「まかせてください!」

すれ違った今剣が私を追う遡行軍に飛び掛かる。
先頭にいた敵を切り裂いて、残りの三体と対峙した。

私はと言えば、ようやく足を止めることができて、そしてとりあえずは命が助かったことに安堵して、気づけば座り込んでいた。
刀同士がぶつかり合う耳障りな音を聞きながら辺りを見渡せば、いつの間にか初めの場所に戻っていたらしい。少し向こうに先ほど投げ捨てた荷物が置いてあった。

力の入りにくい足でゆっくり立ち上がって荷物のところまで歩き、中身を物色する。
確かこっちの袋に・・・あった。
彼の実力がどんなものか分からないけど三対一じゃ危ない。私も加勢しないと。

冷静ならば、私ごときが加勢しても戦力になるどころか足手纏いになると判断できたのだろうけど、この時の私はだいぶ混乱していたらしい。
セールで買って袋に入っていたフライパンを握りしめて敵に向かって駆け出していた。

勢いのままフライパンを振り上げて、遡行軍の内の一体に飛び掛かる。
彼らはまさか私が参戦してくるとは思っていなかったらしく振り下ろしたフライパンは今剣に集中していた敵に酷い音をたてて命中した。
ふらりとよろける奴と、驚いた表情で振り返る今剣たち。

過呼吸になりそうな呼吸を繰り返している私はここでようやく自分の馬鹿な行動に気付いてフライパンを握りしめた状態で固まった。
目の前の奴が態勢を立て直して刀を振り上げるが、ついさっき敵に飛び掛かれたのが嘘のように今度は体が固まってガタガタ震えるだけで動けない。

「──なにやってるんですか!にげてください!」

間一髪。
私を切ろうとした敵に先に切りかかった今剣が残りの二体相手に構えながら言う。
ごめん今剣、ちょっと私怖いのと疲れたのとでこれ以上走れそうにない。

頭がグルグルして立ち尽くす私に動けないと判断したのだろう。
険しい表情で少し考えこんだ今剣は「うごかないでくださいね」と言って遡行軍に切りかかった。

咄嗟に私も何かしなければと思ったけど、今剣に言われた事もあって二の足を踏む。
そうこうしているうちに今剣が一体に傷を負わせて、かと思ったら勝ち目がないと判断したのか二体ともが撤退した。

よく分からないうちに終わってしまったが、とりあえず生き延びることができたらしい。

体の力が抜けてへなへなとその場に座り込む。
息を大きく吸って吐いたところでようやく心が落ち着いた。

不意に子供の足が視界に入って俯いていた顔を上げれば、真剣な表情をした今剣が目の前に立っていた。

「だいじょうぶですか」
「あぁ、うん。大丈夫。助かったよ。また刀でとか本当勘弁だ・・・」
「・・・"また"ですか」
「あ、いや・・・まぁいろいろあって」
「ぼくのこと、しっていましたよね」
「あー・・・」

あれ、なんでバレた・・・そういや追いかけられてて今剣を見つけた時、思いっきり呼んでたな。
刀剣男士を知ってないと取れない行動だわ。

知らないふりをしていたのがバレて、どうしたものかと「あー」だの「うーん」だの曖昧な言葉を零す。
先を話さない私にしびれを切らしたのか、彼はしっかりとこちらを見据えて口を開いた。

「ぼく、あるじさまを さがしているんです」
「知ってる。加州に聞いた」
「やくそくしているんです。いっしょに"くっきー"をつくったり おみやげのおかしをたべようって」
「それは楽しそうだね」
「・・・まだわかりませんか」

少し目を伏せて憂いたような表情の今剣になにとはなしに罪悪感が募って、彼が何を言いたいのか必死で考える。
しかし今までの流れから数秒で結論が出て、今剣を指さして「あ、」と小さく声を零した。

「今剣・・・?いやまさか。そんなわけない、よね?」
「いれかわっていた あるじさまが もどってしまったので、さがしにきました」


──あなたの 今剣です。


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