本丸記 | ナノ

目が覚めた加州が初めに見たのは心配そうな大和守の顔だった。
状況が把握できず数秒反応が出来ずにいると目の前でヒラヒラと手を振られる。

「大丈夫?重傷って聞いたんだけど・・・」
「なんでいんの・・・」
「なんでって主に顕現されたからに決まってんじゃん」
「・・・安定!?」
「えっ、そうだけど。なんだよもう、びっくりするじゃん」

声を上げて飛び起きた加州に大和守は引き気味に返事を返す。
目が覚めたらしい加州は再び彼をジッと見つめて、そして数秒後クシャッと泣きそうに顔を歪めた。
主、俺の我儘聞いてくれたんだ・・・。
しかし前の主の事もあって素直に喜べないのが正直なところだ。彼に会えて嬉しい反面、審神者の機嫌を損ねていないか心配になる。

「あ、あのさ・・・主、どんな感じだった?怒ったりしてなかった・・・?」
「主?別にそんなことなかったよ」

むしろなんか緊張してた。あと肉じゃが納められた。
顕現された時のことを思い返した大和守は少し笑ってそう答えた。

──────────

「顕現するそうですよ、この私が」
「主、そこは顕現させる、です。それでは貴女が顕現するように聞こえます」
「仕方ないじゃないですか初めてで緊張してるんです」

加州の目が覚める数時間前、大和守を顕現させることになった私は太郎太刀を連れて厳かな雰囲気のある小さな部屋に来ていた。
考えてみたら今まで刀から彼等を呼び起こしたことがない。生活に馴染むのと刀の特性や出陣関係などを勉強するので手一杯で鍛刀する暇がなかった。あと刀剣男士達が出陣で拾ってくることもなかったから、顕現する機会が今まで全くなかったのだ。

「ねぇ大丈夫?大丈夫?姿現した途端切りかかってきたりしない?」
「ここの者達が特殊なだけで通常主に敵意を持つことはあり得ません。ご安心を」

小さく笑みを浮かべる太郎太刀に勇気づけられて、持っていた刀を部屋の奥にある刀掛けにそっと置く。
力の使い方はだいぶ慣れたしやり方も一応わかる。ただ心配なのは敵が増えるかもしれないことだ。危害を加えられることはないと分かっていても刀を持った男に敵意を向けられるのは正直怖い。

「・・・まぁ、悩んでも仕方ないよね。私らしくないし・・・覚悟決めるか」
「微力ながら私もついておりますので」
「それは百人力だ」

彼の言葉に小さく笑って、景気よく両の手をパンと合わせる。力を込めれば刀を中心に部屋の中にブワリと桜が舞った。
程なくしてそれが収まってくると桜吹雪の中心だった場所には刀を携えた、今までアニメや資料でしか見たことのなかった特徴的な羽織を着た一人の人が立っていた。

「──大和守安定。扱いにくいけど、いい剣のつもり。
 貴女が僕の新しい主?」
「うわぁ、喋った・・・」
「主、お気を確かに」

若干引いたような言動を見せた彼女に太郎太刀がそっとその背に手を添える。
その様子を見て大和守は困ったように「えっと」と声を零せば、立ち直った彼女がハッとして姿勢を正す。

「そうです、貴女の主です。ここの本丸は少し他とは違うらしいですが過ごしやすいように尽力するんでどうぞよろしくお願いします」
「えっ、ちょっと頭上げてよ!」
「簡単に頭を下げるものではありませんよ」

三つ指付いて頭を下げればすぐさま二人が動いた。ええい止めてくれるな。ここで今後の私の安寧が決まるんだ。
頭を下げたまま、後ろに隠していたラップをかけた皿を大和守にスススと差し出す。

「な、なにこれ」
「肉じゃがでございます。どうぞお納めください」
「・・・賄賂ですか」
「賄賂じゃない。母が『人を誑かすなら胃袋を掴め』って」
「お話を伺う限り主のお母様のお言葉はそういう意味ではないと思います」
「昔話の"桃太郎"だって黍団子で犬猿鳥釣って鬼退治行ったんだよ。それと一緒でしょ」
「つまり賄賂なのですね」

頭に手をやって少々呆れたようにため息を吐く太郎太刀。
しかし彼女はそれに構わず皿のラップを取り紙に包まれた割り箸を一緒に差し出す。
さぁ、さぁ、と勧められるそれに大和守は内心少し引き気味に手を伸ばした。

「──あ、美味しい」
「っしゃ、勝った」
「心の声が零れてます、主」
「いけねっ」

ホクホクの肉じゃがを食べながら新しい主と太郎太刀のやり取りを見ていた大和守は、自分は扱えなさそうだけど良い人みたいで良かったと小さく口元を緩めた。

──────────

「──うん、こんな感じ」
「そっか・・・そっかぁ、よかったぁ」

あからさまにホッとした様子を見せた加州に彼は小さく首を傾げる。
そういえば主が、ここは他の本丸とは少し違うらしいって言ってたっけ。
あと本丸の皆に挨拶に行ったときに雰囲気が固かった。歓迎されてないわけじゃないけど手放しで喜ばれてるわけでもない、そんな感じ。

その後は本丸を案内してくれたのが長谷部だったから他の皆とはまだあまり話せていないが、彼から前はこの本丸があまり良い状況ではなかったことや最近主が変わったことをサラリと聞かされた。
彼自身整理がまだついていないようで表情が浮かなかったが、それでも目を逸らさないで彼女に仕えて、変わった彼女の良い所と悪い所を見つけながら少しずつ受け入れている途中だとのこと。

本丸案内の途中途中で熱く語られる想いは、それはもう面倒くさかった。
他に聞いてくれる人がいないから何も知らない新人の自分が犠牲になったのではないだろうか。

「──まっ、そんな感じで本丸案内してもらった後はお前についてたわけ。それまではずっと主が看てたみたいだけど」
「うそ!主ここにいたの!?」
「うん。僕がここに来て代わるまでは。なかなか起きないって心配してた」
「なんで代わっちゃうんだよ!」

頭を抱える加州にもはや面倒くさげな表情を隠さない大和守。
しかし俯いた加州に控えめに呼ばれて話を聞く体勢を取った。言いよどむ様子に苦笑い気味に「なんだよ、言いにくいこと?」と促せば小さく息を吐いて口を開く。

「主さ、俺に興味あると思う?」
「・・・あるんじゃないの。ここの本丸がどうだったかなんて知らないけどさ、僕から見た主は悪い人じゃなかったし、清光の事も大事にしてると思う」

昔馴染みの見解に、加州は大きく息を吐きながら体を布団に倒して「そっかぁ」と呟いた。
ある日を境に変わった今の主は誰かがミスしても怒ったり罰したりしたことはない。しかし諦めきっていた自分は変わった主に近付くことすら出来なかった。
今の主と楽しそうに話していた太郎太刀や今剣が羨ましいなぁとぼんやり思っていただけだった。

でも自分の希望を聞いて大和守安定を顕現してくれたから。
最後にもう一回だけ頑張ってみようかな。と戸惑った心境の中に少しだけ思った彼は、投げ出していた己の腕を上げて手の甲を翳してみる。
長く手入れしていなかったせいで手も爪もボロボロだ。

「サボってた分を取り返さなきゃなぁ。これじゃ可愛くない」
「ちょっと、状況が読めないんだけど」
「あぁうん、そうだった。まずは太郎太刀を探そう。たぶん俺達にとって今一番頼りになるからさ」

これからの事とか主の事とか。
身体はもう十分休めたらしい加州が布団から抜けて伸びをする。そして廊下に出てどこかに向かって歩き出した彼を追って、大和守も部屋を出た。


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