本丸記 | ナノ

ハァー・・・
縁側に座っていた細身の男から重い溜め息が零れたのを聞いて、丁度そこを通りかかった和泉守は足を止めた。
あと数歩という距離なのに気付いた様子がないことに思うところがあったようで隣に腰を下ろす。

「よっ、何辛気臭い顔してんだ──清光」
「・・・別に」

声を掛けられてようやくハッとした加州は和泉守が隣に座ったのを見て再び地面に視線を落とした。
何があったと聞く和泉守に彼はしばらく押し黙り、やがて小さくため息を零す。

──そろそろアイツに会いたいなーって思ってさ。

短い言葉の中に出てきた人物を指す言葉に和泉守は顔を歪めた。

「大和守安定か」
「うん」

その名を聞けば苦い思い出が嫌でも蘇ってくる。
ずっとずっと前、審神者を怒らせてしまった加州を庇ったせいで折られた大和守。

以来この本丸では鍛刀・収集しても顕現はされてなかったため長い事その姿を見ていない。
そもそもこの本丸では刀を拾ってくることは極力控えるようにというのが暗黙の了解だった。自分達と同じ目に合わたくないから。

「色々あったけどさ。でも本当に主変わったみたいだし・・・そろそろ呼んでも良いんじゃないかなぁって」
「・・・馬鹿言うな。まだアイツが信用できると決まったわけじゃねぇし、またいつ元に戻るか分からねぇ。安定を想うなら止めとけ」
「そうかな・・・。そういえば長い事主とも話したりしてないや。前は愛されようと頑張ってたのになぁ」
「それこそ止めとけって。散々な目にあっただろ」

首を振って否定した和泉守はその話は御免だとばかりに立ち上がった。最後にもう一度声を掛けると足早に去っていく。
それを見送った加州は更に悩みが深くなったようで艶のない髪をくしゃりと掴んで大きく息を吐いた。

──────────

皆様お久しぶりです、私です。
審神者奇襲事件からしばらく経って怪我も体調も大分よくなりました。が、ジッとしてるのが嫌で動き回っていたこともあって未だ心配され続けています。
まぁ時々打ったところが内側から痛むから心配されても仕方ないのだけれども。
今も頭痛に襲われて布団に放り込まれたところです。

しかし今日はいつものようにゆっくり休むことは出来ないようで。
部隊帰還の電子音が聞こえたと思えばバタバタと階段を駆け上がってくる足音が近づいてくることに気付いて何事かと襖に目を向けた。

「主!加州が大事じゃ!ざんじ来とうせ!」
「は?え、何事!?」
「はよぅ!」

バン、と音を立てて勢いよく襖を開いた陸奥守が説明する時間も惜しいというように早く付いて来いと急かす。
いきなりの事で頭が付いていかなかったが、そういえば彼は今日話に出てきた加州と出陣していたのではなかったか。

思考がそこに至った後は早かった。掛布団を蹴り上げて体を起こす。頭痛がするのもこの時ばかりはどこかに飛んでいて、走り出した陸奥守の背を追いかける。
着いたのは当然手入れ部屋。途中廊下に散っていた血が、ここに来た当初のことを思い起こさせた。

審神者を連れてきたと言いながら部屋に飛び込む彼に続いて血の匂いのするそこに足を踏み込む。
部隊の皆に囲まれて布の上に寝かされた加州の身体は血に塗れていて、元々そういうものに耐久があるわけでもない私は一瞬気を失いかけた。しっかりしろという陸奥守に支えられて何とか加州の傍まで歩いていく。

「な、なんでこんな・・・」

結果は大事だが命と引き換えにとまでは思ってないし刀剣達にもそれを伝えたはずだ。
今回部隊を送り込んだ時代だって彼の実力なら問題ないと思ったからで。確かに強い敵もいただろうがそれも考慮して部隊を編成したつもりなのに。

もしかして彼等の実力を見誤っていたのだろうか。ここに来てだいぶ経って色々な事に慣れてきたから気を抜いていたのか。
何にしてもこれは完全に私の判断・指示ミスだ。

とんでもないことをしてしまったと頭が真っ白になってくる。
そんな時、弱弱しい声で主と呼ばれてハッとすれば横になっていた加州がこちらに目を向けていた。
何、と何とか片言で声を出せば小さく「安定を」と返ってくる。
何のことかと戸惑ったところで隣から一振の刀を差しだされた。

「戦場に落ちていたものだよ。大和守安定──これに気を取られて背中から切りかかられたんだ」

その打刀を持っていた歌仙は眉を下げて加州に目を移した。
何とか敵は切ったもののまともに攻撃を受けてしまった彼はその後始まった戦闘でも動けずこの様。
それでも最後まで大和守を放さなかったのだからもはや呆れる。

「主ごめん・・・三日月連れてこれなくて・・・。でも安定良い奴だから・・・ごめん、ごめんね、主・・・」

虚ろな意識の中で魘されている加州に唇を噛む。彼は初めから少し鬱気味だという印象があったが最近は更に元気がないということは気づいていた。
ただそう見かける機会もないしまともに話したこともなかったとあって実質放置に近い形になってしまって。

「・・・とにかく、手入れするから。皆外出てて」

最近少し慣れてきたかななんて考えてた自分が馬鹿みたい。やっぱり私、人の上に立つとか向いてないのかも。
置いてあった依代に力を流して小人達を呼び出す。何か手伝えることはないかと聞けば小人達は一度顔を見合わせて加州に近付いた。一人が加州を撫でて、もう一人が祈るような仕草をする。
回復を願いながら傍についていたらいいのかと聞くと祈るような行動をしていた小人が何やらもっと気合を入れて祈りだした。

「あ、力を込めろってこと?」

ピンと来た答えを出したら揃ってコクコクと頷く。
よし、それなら任せてほしい。起きるまで何時間だって付き合ってやる。

──────────

気付いたら夜が明けていた。刀の手入れは終わっていて彼の傷も勿論癒えている。
あとは目が覚めるのを待つだけだという事でこれで私の役目は終わりだ。起きた時に私がいては気を張ってしまうだろうから、少し遅いけど朝ごはん食べるためにここ等辺でお暇しよう。
寝不足の所為なのか傷の所為なのか頭がガンガンする。食べたら休もう。

「──お疲れ様でした、主」
「あ、太郎太刀おはよう」
「おはようございます。御身体はいかがですか」
「・・・良くはない、かな。でも大丈夫だよ。加州の傷は良くなったし朝餉食べたら休むから」

手入れ部屋から出たら待っていた太郎太刀と話しながら部屋に向けて歩く。
これからご飯食べて少し寝るから加州が起きたら起こしてもらおう。出陣の指示はもうしてあるけど、今回の事があったから部隊を少し見直した方が良いかな・・・いや今回はまた別問題か?あ、そういえば預かった刀も顕現しないとなぁ。

「・・・主、あまりご無理はなさいませんよう」

私の思い詰めた表情を見た太郎太刀が小さくため息を吐いて小言をくれた。
大人になって気付いたことだけど、こうやって叱ってくれる人って貴重で大事だよね。


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