「歌仙兼定、燭台切光忠、秋田藤四郎、鯰尾藤四郎──以上の四名が明け方奇襲できる程度の時間があった者です」 「失礼、疑っているわけじゃないが、道場にいた山伏国広と同田貫正国も走り込みで長く抜けていた時間があったんじゃないかい?」 スッと手を上げた歌仙が疑問を口に出す。しかしそれに否を唱えたのは比較的池の近くに部屋を構える刀剣達だった。 あの二人は競い合っていたのか騒がしかったからどの辺の位置にいたか分かっていたが池の方には行かなかったと。 その証言があったから恐らく山伏と同田貫が犯人という事はないだろうと判断したと長谷部が言えば、歌仙は納得したような、ホッとしたような表情で素直に引いた。 「すみません、私からもよろしいでしょうか」 「なんだ、一期一振」 「弟達に容疑が掛かっているようですが・・・」 「秋田藤四郎は厠、鯰尾藤四郎は馬を見に行ったと証言している」 「二人ともまだ幼いです。審神者殺しをしようとするなんてありえません」 「いえ、容姿は幼くとも我々は人間以上の時を生きてきました。ありえないことはないでしょう」 太郎太刀の指摘に一期一振が顔を顰める。 確かに人間以上は生きているが中身は容姿に比例して幼い。何より弟達が何かしようと思ったら兄である自分に相談に来るはずだ。審神者殺しなんてしようとしていたらそれこそ。 しかしそれを匂わす相談はなかったし審神者殺しに至りそうなほど殺気立っている様子もなかった。 不安げな秋田の背を撫でながら、何か弟を守る方法はないかと思案する一期一振。 「では秋田藤四郎。お前は主を襲っていないと証明できる何かはあるか?」 「ええっと、その・・・証明、ですか」 「あぁ。見たもの聞いたもの、何でもいい」 「えっと、証明まではいくか分からないですが・・・厠へ行く途中、山伏さんと同田貫さんが腕立て伏せをしてるところは見ました」 「山伏、同田貫」 「ああ、間違いないぞ。今日は腕立て伏せの回数で争っていた!」 「走り込みの途中だな」 二人の証言により太郎太刀と長谷部が納得した声を零す。これで秋田の無実はなんとか証明できそうだ。 続けて鯰尾藤四郎。早くに目が覚めたから馬と戯れていたという彼に秋田と同じように質問を投げかける。が、彼は考えた結果小さく首を振った。 「俺、馬くらいしか証言してくれる奴いないですよ。ずっと一人で世話してましたし・・・」 「いや、十分じゃないか?餌も掃除も手入れも手間がかかる。厩の状態次第ではお前の無実は証明できるよ。 ですよね、お二方」 暗い顔の鯰尾だったが、馬の世話をしたという話に一期の表情は明るくなり太郎太刀と長谷部に確認を取る。 二人もそれならば異論はないと答えを出して、弟二人の容疑が晴れた一期一振は表情を和らげた。 「ならばあとは歌仙兼定と燭台切光忠ですね。ではまず歌仙兼定、いかがでしょう」 「僕は手合せが一段落して顔を洗いに行ったけど・・・誰にも会わなかったし無実を証明するようなこともなかったよ。無論あの人を襲うようなことはしなかったと断言するけどね」 「そうか・・・。燭台切はどうだ?」 「僕も少なくなってきた米を食料庫に取りにいってたけど誰とも会わなかったよ」 「米を取りに行ってたにしては少し時間がかかったようだが」 「鼠がいてね。齧られたら困るから外に出していたんだ」 困ったように言う燭台切もどうやら無実を証明するのは難しいようで、小さく息を吐く。 歌仙も燭台切も自分は絶対にやってないと言い張るし周りの刀剣達も気性が穏やかな二人が犯人だとは思えない。 だが、部屋単位で手を組んでいたという可能性を除けば犯人として挙げられるのは二人のどちらか。 「・・・せめて大将が起きてくれたらな」 「どういういみですか?」 「傷が頭の前側にあったからな。犯人を見たかもしれねぇ」 彼女の傷の具合を見た薬研がそう言えば、ならばと長谷部が思いついたように声を上げた。 審神者が起きるまで誰かが交代で彼女についていればいい、と。これなら主を守れるし仲間を疑って監視するような真似をしなくていい。 初めに監視と聞いて顔を強張らせていた刀剣達も「それなら」と納得を示したことで、始めにそれを言い出した太郎太刀と長谷部も表情を和らげる。 「それじゃ僕と燭台切は除いて、二、三人の組を作ったらどうだい?それならより安全だろう」 「そうですね。ではどうやって組み分けをするか・・・」 「びょうどうにくじでどうですか?」 ピンと手を上げて発言した今剣に周りが賛同を示して、長谷部と太郎太刀がクジを作ろうと持っていたメモを一枚ずつ破いていく。 それを静かに待つ刀剣達。 しかしそんなとき広間の襖がカタリと音を立てた。 一瞬で全員の意識がそちらに向き、何事かと互いに顔を見合わせる。 先程とは違う沈黙の中再び襖が小さく音を立てて、少し開いた。反射的に刀に手を掛けて構える面々。 殺気が滲む広場の襖がゆっくりと動いて── 「──あー、いたいた。あれ、みんな集まってるし・・・」 人一人が入れるくらいの隙間を開けて顔を覗かせたのは、上で寝ているはずの彼等の主だった。立っているのも辛いようで具合悪そうに襖を支えにしている。 これには広間の刀剣達も驚いたようでしばらく呆けた後、最初に我に返った太郎太刀が急いで彼女の身体を支えに向かった。 「申し訳ありません。起きていらしたとは知らず・・・誰かを残しておくべきでした」 「や、大丈夫大丈夫・・・というかコレ何事?」 太郎太刀に支えられて用意された座椅子に座り込む。背凭れに体重を預けたところで疲れたといったように大きく息を吐いた。 「主、目が覚めた時にお傍にいられず申し訳ありません。貴方を襲撃した犯人を捜していたのですが・・・」 「あぁ、犯人、犯人ね・・・はい?」 「二人までは絞り込めたのですがそれ以上が難しく。主が起きるのを待つという事になりました。落ち着きましたら少々お話を伺ってもよろしいでしょうか」 「はぁ・・・」 犯人を絞り込んだという事を聞いて驚いた表情で長谷部を見た彼女は呆けた声を零した。 彼女が来たならばすぐにとでも言いたいが、頭にダメージがあり歩くのもやっとの状態だ。少し考えた結果落ち着いてからという事にした長谷部が飲み物はいるか薬はいるかと世話を焼き始めた。 「あ、あの、いいです。大丈夫です。それよりすみません、こんな大事にしちゃって・・・」 「いえ、貴女は悪くありません」 「や、あー・・・」 歯切れの悪い彼女が刀剣達を見渡す。全員の目が集まっている事に気付いて居心地悪そうに視線を彷徨わせた。 「あるじさま、あるじさま!しんぱいしたんですよ!」 「今剣・・・ごめんね」 「いえ、それよりだれにやられたのですか!?薬研が、あるじさまがはんにんのかおをみたかもしれないといっていました!ぼくがみっちりせっきょうしてあげます!」 頼もしく己の胸をドンと叩く今剣。無理をさせるなと長谷部が諫めるも、早く犯人を突き止めて早く休んでもらった方が良いとの主張に言葉を詰まらせた。 再び己に目が向いた彼女が体を小さくさせる。 「いかがですか、あるじさま!」 「あー・・・その、怒らずに聞いてくれる?」 「もちろんです。あるじさまはわるくないんですから!」 自信たっぷりの今剣にもう一度目を彷徨わせた彼女は、観念したように小さく息を吐いた。 「山を流れる、川のすぐ傍を歩いてたんだけど・・・」 「山の川?奇襲を掛けられたのは池ではなくそこに流れ込む川でしたか」 「ということは、ながされたのですか?あるじさま、いけではっけんされたんですよ」 「え、そうなんだ。私よく生きてたな・・・。えっと、歩いてたら近くの木の上の方から音がして」 ごくりと一部の刀剣が息を呑む。とうとう犯人が、被害者本人から明かされるのだ。歌仙か燭台切か、他の人か。 そこから少し言いよどんだ彼女だがここまで言ったら言うしかないと一度噤んだ口を再び開く。 「その、振り向いたら吊るされた丸太が迫ってて。その前に何か足に引っかかった気がしたから・・・だからその、誰が犯人とかじゃなくて、さ」 「・・・罠か何かに掛かったと?」 「そう、そう」 「なーんだ、罠かよォ・・・」 まさかのオチに各々の身体から力が抜ける。罠を掛けていたというならこの事件は振り出しだ。いつだれが仕掛けたのかなんて分からないし探すだけ無駄である。 しかしそう思われた中、意外にも鶴丸国永が「ちょっといいか」と声を上げて皆の注目を集めた。 「それ、俺かもしれない」 「何!?それは本当か!」 「はんにんはあなたでしたか・・・こころのじゅんびはいいですか!」 「待て待て!落ち着けって!正確には前の俺だ。ほら、俺は一回折れてるんだろう。今の俺は主があんなだったから何も出来なかったが、やるとしたら俺だと思うぜ」 「確かに、まだ主がまともだった頃に来た鶴さんは悪戯好きだったらしいからね。何人か引っかかってたようだし確率は一番高いかもしれない」 慌てて弁解した鶴丸に燭台切が良いフォローを入れる。 そしてそれをさらに後押ししたのは被害者本人である彼女だった。鶴丸が興味深そうに理由を聞けば「禍々しいものとかを感じなかったから」という答えが返ってくる。 「へぇ、そんなことも分かるのかい?」 「まぁその・・・なんとなく?ほとんど感みたいなものだけど。 ・・・ヤバい、本格的に人間やめてる気がする・・・」 自分で言っておいてへこんでいる彼女だが、本人がそう言うならこれ以上掘り下げず穏便に済ませた方が良いだろう。 相も変わらず具合が悪そうな彼女に太郎太刀が「そろそろ布団に」と退室を促す。 部屋にいる刀剣達も解散を告げられて、仲間達に犯人がいなくて良かったような、折れた鶴丸の話が出て複雑な心境のようなといった表情で各々腰を上げた。 「いやー、もう本当ビックリしたんだよ。振り向いたら目の前に丸太だよ?あんなん人間には避けられないって!」 「主、お願いですからお眠りください。悪化したらどうするのですか」 「横になったら楽になったし何だか今すごく誰かと喋ってたい気分」 「心配せずとも、貴女が眠ってからもずっとここにおりますので」 「・・・ん、それなら寝る。起きた時いなかったら泣くから」 「承知いたしました。ゆっくりお休みください」 一回目目が覚めた時、頭痛いし体怠いのに声を上げても誰もいないし凄く静かだしで少し不安になった審神者さん。 [ back ] |