一言で学校事務と言ってもその仕事内容は様々で、経理、備品管理、人事に広報。それから文書作成、書類発行に来客対応と中々に幅広い。
今は備品補充業務の真っ最中だ。発注した備品が届いたので各所へ配って回る、比較的簡単な仕事内容。
今し方訪れたばかりの医務室にも、届いた備品を持って来た。

「失礼します。頼まれていた備品、お持ちしました」
「あ、なまえ。ねえねえ、コレなーんだ?」
「はい? ……はいいいい!? な、ななっ何でそれを!?」

医務室を訪れると、待ってましたとばかりに彼女はこちらに駆け寄った。
そして、ミモザ先生のスマホロトムに映し出された一枚の画像に、私は抱えていた医務室用の備品をその場にばら撒いてしまう。動揺を隠せない。

それは、和装で椅子に腰掛け、はにかみ笑顔を浮かべてカメラに収まった――紛う事なき私の姿。
その画像を見た私の反応が想像以上であったからか、上機嫌のミモザ先生は面白おかしくこの画像の入手場所を教えてくれた。
テーブルシティにある写真館のショーケースに展示してあったらしい。
彼女はショッピング帰りにたまたまその写真館の前を通りかかって、ショーケースに展示されたその写真に堪らずシャッターを切ったとの事だった。

身に覚えがある。寧ろ、覚えしか無い。
だって、私はその写真をその格好で撮った当事者なのだから。まさか飾られるとは思ってもいなかったけれど。

「この写真って、やっぱりアレ用なんでしょ?」
「アレ用? い、いや、これは違うんです! 本当に誤解で……!」
「なまえ、お見合いでもすんの? どう見てもお見合い写真じゃんこれ。すました顔しちゃってさ」

“誤解ですから……!”と、弁明しようとした時、傍で何やら大きな音がして、反射的に身を跳ね上がらせた。
医務室のドアに何かが激しくぶつかった様で、ドアが外れたのではないかと思うほどの衝撃音だった。

「なまえさん……今のお話は、ほ、本当……ですかあ?」
「ジニア先生!? ちょ、これには訳があります!」
「なまえさんは、ぼくとお付き合しているのに……」
「いや、だから違……」
「ええ!? お、お付き合いしてると思っていたのは、ぼくだけだったって事ですかあ……?」
「いや、それは違います! あ、それも違います!」

話が収束するどころか、弁明も叶わないまま、益々状況は悪化して混乱を極めている。
事の発端であるミモザ先生は、その様を笑いを堪えつつ見守っていた。
ここは見守らず、助け舟の一つでも出して欲しいというのが本音だが、彼女にもまだ誤解を解いていないので、それは残念ながら叶わぬ願いだった。
「ちょっと、タイミング良すぎてウケるんだけど」なんて、他人事のように言う。いや、実際、他人事なのだった。

「ほら、ジニア先生がいつまでもなまえの事を放っとくから、なまえお見合い写真撮っちゃってるじゃん」
「お見合、い……」
「いや、だから違うんですってば!」

この後に及んでミモザ先生は決定的な言葉で追い討ちをかけるものだから、ジニア先生はその画像を目にした途端、見る見るうちに色を失って、正に顔面蒼白といった様子だった。

「あー、はいはい。これあげるから、あとは二人でごゆっくりー」
「え?」
「手当しながら本当の事、教えてあげれば?」

何かと思ば、ミモザ先生は私に絆創膏と吹き掛けるタイプの消毒液を握らせて、私とジニア先生二人揃って医務室から追い出した。
手の中のそれらを繁々と見つめる。
私は怪我なんてしていないけれど――ああ、そうか。ジニア先生の手の甲には血が滲んでいた。
本来、彼は傷の手当ての為に医務室を訪れただけで、突然、恋人が見合い写真を撮っただの何だのと寝耳に水であったのだから、その心境と言ったら想像するに余り有る。

「あの、とりあえず手当しましょう?」
「……」

いつもの和やかで間延びした声が返ってこない。
項垂れている彼の顔を覗き込むと、いかにもしょぼくれて、魂が半分抜けかけたような顔付きであるし、おまけに廊下で擦れ違う生徒達は「ジニア先生、また校長先生に怒られたのかな?」なんてコソコソと話しながら横をすり抜けて行く。
このままでは彼の教師としての威厳というか沽券に関わるので、少々強引に手を引きながら人目のつかない生物室へと早足で向かった。

何はともあれ、まずは手当が最優先。
それから落ち着いて事情を説明した後に彼の誤解を解く。
傷口を洗って、ペーパータオルで拭いた後、ミモザ先生から預かった消毒液を吹き掛けた後、絆創膏を手の甲へ貼り付けた。

「これでよし。出来ましたよ?」
「……め、です」
「はい?」

俯いているから表情が良く見えない。
けれど、彼は確かに何かを口にしたようだった。
「ジニア先生?」と、名前を呼んで顔を覗き込もうとした時――腕を掴まれて、そのまま腕の中に捕らわれる。
そして、力任せに抱き締められた。
その抱擁はあまりにも彼らしくなく、違和感を覚えずにはいられない。
いつもの抱擁は――彼の腕の中は、心地よい優しさで満ちているから。

「ダメですからね! ぜーったい、お見合いなんてダメですよお!」
「へ?」
「なまえさんは、ぼくのお嫁さんになるんだから、お見合いは絶対絶対ダメです!」
「……」

突然の、これは――プロポーズ?
いや、プロポーズと呼ぶには些か雑であったので、宣言と表現した方がしっくりくる。
驚きのあまり放心してしまって、二の句が継げなかった。

“ぼくのお嫁さん”

お嫁さん、かぁ……。
その言葉を噛み締め、反芻していると、段々と恥ずかしさが込み上げてくる。

「……あの、なまえさん?」
「あ、ああ……その……ビックリしてしまって」

そこから後は、ただ恥ずかしいだけの、お互いに顔を真っ赤に染めながらの答え合わせの時間だった。
ここまで大きな話に膨れ上がってしまったので、斯々然々――だなんて一言では、とても片付けられない状況だった。

「ええ!? 写真のモデルを頼まれた……だけ?」
「はい。だから、説明をさせて下さいと言っていたのに……」

以前からその写真館の店主と交流があって、老舗であるから是非、奥ゆかしい雰囲気の服装で一枚写真を取らせて欲しいと話を持ち掛けられたのだ。
それこそ、本日と同じ業務内容である備品管理での買い出しに向かった道すがらの話だった。

「私がたまたまジョウト地方のエンジュシティの出身で着物に馴染みがあったから、一枚どうかって話になって」
「じゃあ、お見合いの話というのは?」
「はい、勘違いです。あの時は丁度ミモザ先生の誤解を解こうとしていた所だったんですよ」

まさか、あの写真が店先に飾られているとは思わなかったけれど。
見様によっては、確かにお見合い用の写真とも取れるかもしれなかったと、少し反省する。

「はああああ……よ、良かったあ」
「紛らわしくてすみません」

ジニア先生は一際大きなため息を吐いて、私を抱きしめる腕の力を強めた。
先程の、感情に任せての抱擁も苦しかったが、今はその抱擁にさらに力が籠ってしまったから、流石に呼吸がし辛かった。

「あの、ジニア先生、それよりさっきの話ですけど……」
「え?」
「お嫁さん……って、」
「――! わああっ、つい勢い余ってあんな事を……なまえさんの気持ちも考えず、本当にすみません」

先生はやっと己の発言に気がついて、顔を真っ赤に染めながら私を抱きしめていた手を即座に解いて、勢い良く万歳さながらに高く高く天に向かって突き上げた。
手は離さなくてもいいのに。

しこたま取り乱した後、けれど、気恥ずかしそうにしながらその大きな手で私の手を包み込む。
そして、身長差を埋めるように、ゆるりと背を屈めた。
私の顔を覗き込む、メガネ越しの彼の瞳は柔和に細められていた。

「……でも、将来なまえさんがぼくのお嫁さんになってくれたら、とっても嬉しいなあって思ったのは本当ですよお?」
「!」
「こんな形になってしまいましたが、その時が来たらちゃんとお伝えしますので、その、もう少し待っていてくれますかあ?」
「はい。勿論です」

どちらともなく目を閉じて、顔を寄せる。鼻先が触れて、直に唇がソッと重なった。
仲直りのキス――とは少し違うような、ではこれは何のキスであるのだろうかと思ったが、誓いのキスはやがてくる未来に取っておきたかったので、やっぱりこれは仲直りのキスでいいような気がした。


20230304


BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
×
- ナノ -