ジニア先生を準えるとしたら、ふわふわ、緩やか、和やか――そんな暖かで柔らかい、春の日差しのような言葉の羅列で埋め尽くされる。
ゆるやか系男子だなんて称される彼であるが、だからこそ学校最強大会で見せるキリッとした表情だとか、文献と向き合う真剣な眼差しだとか、たまに見せるギャップの破壊力がもの凄い。
いつの世もギャップの振り幅があればある程に、魅力が倍増する法則は健在なのだ。

放課後、全ての授業が終わってジニア先生に会いたいのなら、十中八九、此処――生物室を訪れれば間違いはない。
今日も例に漏れず先生は生物室にいて、何やら真剣な顔で書物を片手に、資料と向き合っているようだった。

彼がこんなにも真剣になる事柄なんて、ポケモンを置いて他に無い。
その意識をほんの少しでもいいから此方に向けて欲しくなって、音を立てないように気を付けながら生物室のドアを開ける。
けれども此方には気付かず、向かい合うそれらに没頭しているようで、真剣な表情で手元に視線を落としていた。
いつものふわふわ、ほわほわした彼とは違う真剣な表情に、私はとことん弱い。
気付いて欲しいけれど、もう少しその真剣な顔を見ていたい気もする。乙女心とは実に悩ましい代物だった。
もう、乙女と呼んで良いものか怪しい年齢だけれども。

しかし、そんな葛藤も直に終わりを迎える。
それから数秒も経たないうちに気付かれてしまって、いつもの穏やかなジニア先生に戻ってしまった。

「ええっと……そんなに見つめられると、流石に恥ずかしいですよお」
「バレちゃいました」

来い来いと手招かれるままに、傍にあった椅子へ腰掛けた。
今日はお互いに忙しい一日であったから、すれ違い、入れ違ってばかりだった。
こうして共に過ごせる事が嬉しくて仕方がない。

「何を読んでいたんですか?」
「この間の学会で発表された論文ですよお。特にこの文書なんて大変よく纏められていて、参考になるんです」
「へえ……うーん、私にはちょっと難しいです……面白いですか?」
「はい、とっても面白いですよお。一度読み出すと止まらないんです。昨日もついつい徹夜しちゃって、今朝は遅刻しそうになりましたあ」

前にも一度同じような事があって、校長先生に叱られてしまったらしいが、それでも辞められないのだとヘラりと笑いながら話す。
「反省してまあす」なんて言いつつ、果たして彼は本当にそうであるのか怪しいものだった。

「あ、そう言えば、何かぼくにご用ですかあ?」
「いいえ、用ではなく……その、たまたま生物室の前を通りかかったら、何やら真剣な顔をされていたので、ついつい見惚れちゃいました。私、ジニア先生が偶に見せるキリッとした表情が大好きなんです」
「え? 何だか恥ずかしい所を見られちゃったなあ。……ぼく、そんな顔してましたかあ?」

気恥ずかしそうに頭を掻く仕草を見せて、困った風に笑う。
今までが無意識だったとなると、尚更、先程の真剣な表情は貴重だったのでは無いだろうか?

嗚呼、もっとちゃんと真剣に、この目に焼き付けておけば良かったなぁ。

「勿論、いつものほんわかした先生も癒し系で大好きですよ? 学生に真摯に向き合ってる姿勢も素敵ですし、ポケモンに夢中なところも」
「えへへ、ありがとう御座います。……ええっと、なまえさん?」

席を立ち、ジニア先生の頬へ手を添える。そっと包むようにして、触れた。
瞳を見つめたまま輪郭をなぞるように指を這わせて、そのまま喉元へ滑り下ろす。

「あと、そのガラス玉みたいな瞳がとても綺麗。意外と出ている喉仏も魅力的です」
「……!」

私の指が触れて、肌を滑る度に頬を染める先生の反応が可愛らしくて、止められなくなってしまう。

「胸板もしっかりしているし、長い指も……」
「わ、わ、ちょっと、なまえさん……!」

喉元を過ぎた指先が胸元を撫でて、最後は、長く節くれ立った指にそっと自分の指を絡めて確かめるようにぎゅうっと握った。

「うーん、上げるとキリがないけど、つまり、私は先生の事が大好きです」
「……っ、」

普段、私からこんな風に触れる事は滅多にないからか、ジニア先生は真っ赤になっていた。
照れたはにかみ顔ではなくて、想像の十倍、耳まで真っ赤に染まるくらいには本気で照れているようだった。
そんな反応をされると、途端にこちらまで恥ずかしくなってしまう。

「あ、す、すみません」
「いいえ、嬉しいですよお? ……とっても恥ずかしかったですけど。じゃあ、次はぼくの番ですねえ」
「え? あ、いや、私は大丈夫です」
「遠慮しないでくださあい。じゃあ、いきますね」

前置きをされると身構えてしまって、恥ずかしさが増してしまう。
けれど、眼前の彼が湛える笑みは、普段学生を褒める時に見せるそれであったので、そこまで身構える必要はないのかもしれない。
――と、思ったのは間違いだった。

「なまえさんは、何事にも一生懸命に取り込んでいてとても好感が持てます。誰にでも優しく、いつも笑顔で公平な所は、きっと皆さんの心を癒していますよ。本当はぼくだけが独り占めしちゃいたいって思ってますけど……欲張っちゃダメですねえ。えへへ」
「あ、ありがとう御座います……恥ずかしいですね、これ」
「まだまだこれからですよお?」
「へ?」

まるで、自分の気持ちを舐めてもらっては困ると言いたげに一層その笑みを濃くすると、徐にこちらへ手を伸ばす。
頭を撫でて、髪を指に絡めて弄ぶ。

「その髪型、とてもお似合いです。クリクリした丸い目はお人形さんみたいですねえ」
「……あ、の」
「小さい唇はいつも艶々していて美味しそうですし、手はすべすべで指先まで気を使われていて素敵です」
「っ、」

言いながら頬を撫で、唇の感触を確かめるみたいに親指の腹でなぞり、そして最後に、彼の大きな手ですっぽりと手を包み込まれた。
まるで、先程の私の行いを何倍にもして返すかのような仕草だった。
自分から始めた事であるけれど、これは想像以上に恥ずかしく、気が付けば私自身も先程の先生に負けない程に顔を真っ赤に染め上げていた。

「あ、ありがとう御座います! あの、もう十分」
「――と、いうのは表向きで」
「え?」

「もっと聞きたいですかあ?」と、耳元で囁いて、ニッコリと微笑む彼の本心なんてきっとろくなものでは無いし、それに、これ以上はとてもじゃ無いが私の心臓が持ちそうにない。

「え、遠慮しておきます!」
「うーん、残念だなあ」
「お疲れ様でした!」
「はあい。さようなら」

冗談でも、そうでなくても、今回はやり過ぎてしまったと反省しつつ、倒けつ転びつ生物室から逃げ出したのだった。
果たして、彼の言う表向きでは無い――言わば腹の底に沈む、誰も知る事の無い感情とは一体何であったのだろう?


“瞳一杯に涙を浮かべる表情は劣情を誘う”
“その唇から溢れる熱に魘された声で呼ばれる名前は甘美”
“縋るように回されるその手で、髪をかき混ぜる仕草に溺れ、綺麗に彩られた指先で背に刻まれる傷すら愛おしい”

「それは全部、ぼくだけが知っていればいいかなあ……」


20230304


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