朝――と呼ぶには些か早すぎるような、けれど未明と言うわけでもなく、あえて言うならばそれは明け方だったと思う。

珍しく目覚ましのアラームが鳴るよりも早く目が覚めて、重たい目を擦りながら窓の方へ視線を投げた。
薄暗い室内と違わず、僅かに開いたカーテンの隙間から差し込む陽光もまだ不完全で弱々しい。

時間を確認する為にスマホロトムを呼び寄せようとして、私の身体を背後から抱き竦める温もりに気が付き、止めておいた。
せっかくぐっすり眠っているのだから起こさないように、と。
代わりにサイドテーブルへ腕を伸ばし、スマホロトムを探り当てると時間を確認してみる。

この時間なら一度家に帰ってシャワーを浴びても余裕をもって支度ができる時間帯だ。

眠っているジニア先生を起こさないように気を使いながら纏わり付いた腕を解き、気怠い身体を起こしてベッドから出る。
けれど、確かに解いた筈の彼の腕が不意に腰へ巻き付くものだから、私の身体は再びベッドへ引き摺り込まれてしまった。

「んー……なまえ、さん?」
「あ、ごめんなさい……起こしちゃいましたね」

眠気を含む掠れた声が鼓膜を揺らす。背後から擦り寄って首元へ顔を埋めるものだから、首筋へ掛かる髪が擽ったい。
背後から抱き締められる体勢から対面になるよう向き直ると、彼は直様胸元へ潜り込んできた。
その甘えるような仕草が、存分に私の母性を擽ってならない。

「……まだ、帰らな……で……くださ、い」

縋るように回された腕に力が込められた。
その腕の強さに反し言葉は途切れ途切れで、ジニア先生はどうやら眠気と懸命に戦っているらしい。
眠気に負けてしまったら、その隙に私が帰ってしまうと思っているのだろう。

「ふふ、甘えん坊さんですか……?」
「はあい……なまえさん限定、です……」

こんな姿、とてもじゃないがアカデミーの生徒には見せられない。
言わば、私だけが知る事の出来る彼の特別な姿であるのだ。
ポケモン風に言えば、“ジニア先生・なまえの前の姿”だろうか?

胸元に顔を埋めて微睡むジニア先生の髪を、柔らかな手付きで撫でる。

「えへへ。幸せだなあ……毎朝こうだったらいいのに……」

飾り気の無い素直な言葉に、湧き上がってきた愛おしさで胸が満たされるのを感じた。

もしも、彼の発言通り毎朝こんな風に目覚めることが叶うとするなら、彼も健康的な生活を送ってくれるのだろうか?
仕事を持ち帰らず、文献を読み耽り何日も眠らずの夜を過ごさずに、こうして揃って朝を迎えてくれるのだろうか?

「またアカデミーで会えますよ?」
「んー、でもその時は“先生と事務員さん”ですし……」
「それは……確かにそうですけど」
「もう少しだけ……ぼくだけのなまえさんでいて欲しいなあ」

甘ったれた声で強請るのは狡いと思う。
私は彼の甘ったれた声に、仕草に、表情に、とことん弱いのだから。
堪らずぎゅうっと抱きしめ返すと、昨夜の行為の延長で何も纏わず眠った素肌の感触が甚く心地よかった。

「このまま、夜が明けなければいいのにって思うのは、わがまま……ですね」
「……っ、ん」

くぐもった声と、シーツの擦れる音が静まり返った部屋に響く。
胸元に埋められた唇が、ちゅ、とリップ音を残して離れると、余韻をなぞるように指先が肌を滑る。
そこには夜の内に刻み込まれた鬱血の跡がある。そこ以外にも、服に隠れて見えなくなる様々な場所へと散りばめられていた。

「ここも、ここも、ここも。どこもかしこも……なまえさんの全部、ぼくのものって印です」

ヘラリと笑って言うことではないし、表情と言葉が見合っていない。

「もう、こんなに沢山付けちゃって……満足ですか?」
「うーん……まだ足りないかも? だから、まだ帰らないで……ここに居てください」

言うが早いか行動が先か。
まだ何の返事もしていないのに私の身体は反転し、優しげな表情で天井を背負ったジニア先生が視界一杯に広がった。

指先を絡めて握られた手が顔の横でシーツに縫い付けられている時点で、私に選択肢は与えれていないも同然だった。
優しげな眼差しであれど、その瞳の奥に揺らいだ熱を――欲を見逃す私ではない。
いや、態と隠していないだけかもしれないけれど。

そんな視線で射抜かれれば「もう少しだけ、ここにいます」と、言葉を返す他ない。

後どれ程この肌に“僕の印”とやらを刻まれれば私は解放されるのだろう?
白み始めた東の空が完全に明るくなるまで?

その頃にはきっと、夜はすっかり明けているに違いない。
そんな余韻と熱を持て余して、私の今日一日は始まりを告げるのだ。


20230617


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