「何かめぼしい証言は得られたか?」
「うーん、大体似たような物ばかりですね。噂話に尾ひれが付いて広まっているみたいですけど……行方知れずになるのはうら若い娘で、場所が表通りから一本中に入った裏通りというのは共通していました」
「ふむ……そうか。俺の方も似たような情報だったから、その線で間違いなさそうだな」

ふた手に別れての情報収集を終え、自分の得た情報となまえが得た情報を照らし合わせ、摺り合わせ、大まかな手ががりとした。
それは、今夜討伐予定の鬼についての情報である。
出没場所が自分の管轄地域とあらば、これ以上被害者が増える前に、柱として何を置いても早急に対処せねばなるまい。

先程、なまえが口にした“話に尾ひれが付いて”と言っていた事が少々気になるぐらいだが……。

「因みに、その尾ひれとは何だったんだ?」
「ええっと、狙われる女性の特徴ですよ。それが見事にバラバラで……髪が長い子ばかりだとか、肌が白い子だとか、小柄な子と言っている人もいました。あと、嫁入り前の娘ばかり……なんてのもありましたね。まあ一括りにうら若い女性で強ち間違いはないですけど」
「成程な……」

まあ、この手の話には良くある事だ。
話ばかりが独り歩きして、蓋をあけてみれば全く違うなんて事も珍しくない。
だから、あくまで参考として頭に入れるにとどめておく事が肝心だ。
こうであると思い込み、決めて掛かれば、それこそ情報に踊らされ、最悪は足を掬われる事になる。

それにしても、ふむ……特徴、か。

確かに鬼の中には拘りというか、喰う人間の好みのようなものを持つ輩も少なからず存在する。
人間であれば老若男女見境がない奴もいれば、女性だけ、幼子だけ。
中には情事中の男女なんて特殊な鬼も討伐したことがある。
それには流石に驚かされたものだが――まあ、兎に角、その対象は多種多様であると言う事だ。

「なので、今回は私が囮として適任ですね」と、なまえは何の躊躇いもなく、あっけらかんと言ってのけた。

まるで自分がそうなる事こそ当然であるかの様に。
確かに俺が口を開こうとしたのは、彼女が口にした言葉と相違ないのだが、何故ほんの少しでもその言葉が素直に飲み込めず、胸につかえる様な感覚に襲われたのだろうか?

こんな感覚は初めてだ。

「心配するな。おびき出しさえすれば俺が仕留める」

傍を歩くなまえの頭をくしゃりと撫でれば、擽ったそうに目を細める。

近頃は、以前のように疎ましそうに手を払い除ける素振りが見られない。受け入れ、されるがまま。
俺に気を許しているのだろうか?
はたまた、抵抗したところで、それはただの徒労に終わると学んだからか……。

まあ、どちらでもいい。

「別に心配はしてないですけど……師範、どうしたんですか?」
「何がだ?」
「いえ、なんというか……最近、以前よりも優しく――はっ! 分かりましたよ! 厳しくしても私が一向に正式な継子にならないから、今度は優しくして私を懐柔しようと謀っているのですね!?」
「おい、何でそうなる……」
「押して駄目なら引いてみろ作戦でしょう!? 残念ながら、その手には乗りませんから! 嗚呼、危ない……」

直ぐ様俺から距離をとり、訝しげな視線で此方を見る彼女に対し、被害妄想の激しい奴だなと思った。
あいも変わらず騒がしい奴。

今のは――今の一連の動作は、なまえに指摘されるまで、それこそ無意識のうちにとってしまった行動であったら、彼女からそんな風に言われて初めて気が付いたのだった。

押して駄目なら引くだなんて、そんな男らしくない事を俺がすると思うのか?
男なら、正面切って相手にぶつかるものだ。
一度駄目でも諦めず、ぶつかり続けるのが男というものだろう?

「安心しろ。俺はそんな小細工はしない」
「と、言いますと? ……まさか、嫌がるところを力ずくで!? うわぁ……何だか破廉恥ですね」
「……はぁ。俺は、お前の倫理観が恐ろしくてかなわん」
「なっ、心外です! じゃあどうするんですか?」

「それは、」と、彼女の問いに不承不承答えようとした時だった。
その言葉を遮るように、名を呼ばれる。
誘われる様に前方へ向けた視線の先には、まるで炎を思わせる派手な焔色の髪をした――

「煉獄!」
「久しぶりだな! しかし、柱合会議以外に街中で会うとは珍しい。息災でなによりだ」
「ああ、お前も。ここは俺の管轄地域だからな。任務帰りか?」

炎柱の煉獄と期せずして往来で出会うとは珍しい事もあるもので、それこそ、彼が言った通り顔を合わせるのは柱合会議以来であった。

他愛ない話をする中、不意に背中へ違和感を覚えた。正確には、羽織に。
それと時を同じくして、先程まで傍らで減らず口を叩いていたはずのなまえの姿も見当たらない。
必然的に羽織を掴み、背中へと引っ込み、俺を壁がわりに隠れるのはなまえしかいなかった。

一体全体何をしているのだろうか、この小娘は。
騒いだり、隠れたり忙しい奴め。

「おい、なまえ。急に何をしてるん、だ……」

腕を上げて、その下から覗き込むようになまえの様子を窺うと、彼女のあまりの変貌具合に言葉を失ってしまった。
呆気に取られてしまったと言った方が正しい。
何故なら、こんななまえは初めて見たからだ。

頬を真っ赤に染めて――もっと言えば、耳まで赤く染めて俺の背に縋り付いている。

それはまるで恋に焦がれる少女の如く。

その様子が衝撃的でならなかったのだ。驚きを隠せない。

「――は?」
「ううー……」

やっとの思いで絞り出した声は、なんとも間の抜けたものだった。
間抜けな声を上げる師範に、羞恥に唸る継子あり――なんとも陳腐な師弟がそこに居た。

「ん? もしや、その子が例の継子か?」
「あ、ああ。そうなんだが……おい、なまえ、いつまでそうしてるつもりだ」

さっさと出て来いと語調を強めて促せば、なまえは渋々張り付いていた背から離れ、それでも顔を遠慮がちに覗かせるだけに止めている。

いい加減にしないかと、いよいよ叱り飛ばそうとしたところで、なまえの顔を繁々と見つめていた煉獄が何か思い当たった様に口を開いた。

相変わらず声がデカい。
お陰で喧騒に掻き消される事はなかったが、それにしたって声がデカいぞ煉獄杏寿郎。
その声量は、彼にとっては普段通りであるらしい。

「君はいつぞやの任務で会ったな! 何処だったか……ああ、そうだ。奥多摩の任務だったな!」
「! 炎柱様……お、覚えていらっしゃるのですか?」
「勿論だ! 瀕死の仲間を庇い、自身も満身創痍になりながらも決して諦めず、鬼に立ち向かっていたろう? あの勇敢さは……あの日の君は、とても立派だった」
「っ、あ、えっと……あ、ありがとう御座います!!」

一体何がどうなっているのか、俺にはさっぱりであったが、俺の知らない所で煉獄となまえは出会っていたという事だけは分かった。
そして、正直に言えば、まだ俺の継子でも何でもない時期に、ただの平隊士である彼女を柱である煉獄が覚えている事に驚きを隠せない。

おい、なまえ。それにしたって煉獄に対しては随分としおらしいじゃないか。

「それにしても、そうか……錆兎の継子になっていたのか。君は是非俺の継子に迎えたかったな。惜しい事をした」
「ひえっ」

なまえは再び俺の背に隠れてしまった。相変わらず頬と耳は真っ赤だ。
仮にも師範である俺を壁にするな。

間に挟まれてしまっているからどうする事も出来ぬまま、二人のやり取りを無言で見守るしかない。
煉獄は徐になまえから俺に視線を移動させると、溌剌とした声で言う。
彼は歯に衣着せぬ発言をするきらいがあるが、それは今日も変わらないらしい。
竹を割ったような性格は好ましいが、時にその直截的な物言いは明るみに出さずともよい事にまで及んでしまうから、たまったものではない。

「錆兎、そう睨んでくれるな。もう過ぎた事だ。確かに惜しいが、なに、心配せずとも横から奪おうなど無粋な真似はしない」
「なっ、睨んでない……! 気のせいだ!」
「む、そうか? 俺はてっきり凄まれているとばかり思ったのだが。……それに、君に任せていれば大丈夫だな」

なにやら自己完結したらしい煉獄は、再度背に隠れてしまったなまえの顔を覗き込んで、柔らかな笑みを湛えて口を開く。

「彼の元で励むといい。また会える時までお互い息災でいよう」
「――っ、は、はい! 炎柱様もお元気で」

だからどうしてお前は、そうも煉獄に対して謙虚で素直でしおらしいのか。
いや、義勇に対しても似たようなものか……。

そうなると、彼女の態度が横柄なのは自分に対してだけではないかと思い至る。
そういえば初めから、なまえは俺に対して舐め腐った態度をとっていなかっただろうか?
いくら同門で、兄弟子で、他の柱と比べて縁があるとしても、だ。柱である俺に。

炎を思わせる羽織を翻し、去って行く煉獄を視界にとらえながら、姿が見えなくなって漸く俺の背中から出てきたなまえは、大きく長たらしい溜め息を吐いた。

「お前には聞きたい事が山の様にあるが、どうする?」
「ええー……と、とりあえず、一旦屋敷に帰りませんか?」

「どうせ今夜の支度もありますし」と渋々言って、なまえは屋敷に戻るのを条件に、その仔細を話す事を了承した。

***

話が長くなると踏んだのか、なまえは水柱邸に戻るなり、二人分の湯呑みに茶を淹れて縁側へとやってきた。

俺が彼女に何を聞きたいのか、それを理解している様で、なまえは手に持った湯呑みに視線を逃したまま、尋ねてもいない事を自ら白状し始めた。

「炎柱様とは、今日会ったので二回目です。先程も炎柱様が仰った通り、奥多摩の任務で救援に来てくださったんです。その時、私は初めての任務で、もう本当死ぬかと思った矢先に炎柱様が助けてくださったのが縁で……」
「……そうか」

だから、そういう感情も一緒にお前は煉獄に抱いたって訳か。

生死の狭間で、極限の状態で、颯爽と助けに入り鬼を蹴散らしたとあらば、それだけで彼は――煉獄杏寿郎は彼女にとっての特別なのだ。
例えばそれが煉獄ではなく俺であったなら、それでもなまえは同じくその瞳に俺を映していたのだろうか?

そんならしくもない想像が頭に浮かんだが、そうではないだろうと即座に結論が出てしまうのだから、自嘲てしまう。
そんなものは所詮、結果論だ。
俺達は現状の俺達が答えであるのだ。
――それ以上でも、以下でもなく。

「あ! 一応言っておきますけど、炎柱様の事は“好き”ではなく“憧れ”ですよ?」
「憧れ?」
「はい。だから彼の唯一になりたいだとか、一番になりたいなんて微塵も思わないです。私みたいな凡人が恐れ多いですよ! 何て言うか、こう、好きの種類で言うと、遠目から眺めて格好いいー! ってキャーキャー言いたい種の“好き”です」
「……そう、なのか」

分かるような、分からないような……。
とりあえず彼女が煉獄に対して抱く感情は恋情ではないという事だけは理解出来た。
あれだけの反応をしておいて、恋ではなく憧れだと言い張るのだから、ますます女という生き物は解せない。

何はともあれ、ホッとした。

「……」

――ホッと、した?

確かに俺は今、そう感じたのか?
誰が、誰に?
俺が、なまえに?
彼女にとって煉獄が恋ではなく憧れだと知って、ホッとしたというのか……俺は。

「――ふん!」
「うわぁああ!? んなっ、何ですか突然……!」

ビターン!と、思い切り自分で自分の頬を両手でそれぞれ左右から挟むようにして勢いよく叩いた。
それこそ突然、何の前触れもなく真横で行われた自傷行為に、なまえはその場で跳ね上がって、そして悲鳴を上げた。

思い切り掌を頬へ打ち付けたから、痛みで痺れて頬の感覚が無い。
何だか鉄の味までしてきて、歯で頬を切ってしまったらしかった。
そのお陰で、一瞬でも頭をよぎった可笑しな、どうにかなってしまった血迷った考え――感情は、煩悩は、綺麗さっぱり消え失せたように思う。

「ちょっと……師範、大丈夫ですか!? うわぁ……頬に手形が浮き上がって真っ赤……」
「――っ、!」

せっかく煩悩を追いやったのに、俺の気も知らず、なまえは俺の頬をそっと両手で包み込んで心配そうな表情で状態を窺う。
ジリ……と、頬を滑る彼女の指先が焦げ付くように熱く感じられて、慌てて払い除けた。

「女が、男に気安く触るもんじゃない」
「! ……もう、師範はまたそんな事言って! その男だの女だのってどうにかならないんですか? こんな時まで……どうだっていいです」
「何だと!?」
「ひいっ!」

まるで俺の信念を、即ち俺自身を全否定するかのような発言だったので、思わず声を荒げてしまった。
俺の剣幕に、先ほどの勢いは一瞬で消沈してしまい、代わりになまえは小さく悲鳴を上げる。
そして、脱兎の如く逃げだして、なまえは縁側から室内へと去って行ってしまった。

「はぁ……俺は一体何をしているんだ……」

嗚呼、またしても俺は、彼女を怯えさせてしまった。
いつもこうだ。義勇と天秤にかけられた時も、こんな風に言葉で、態度で、なまえを威圧してしまって……。

懐かれたい相手にはいつも裏目に出てしまう――なんて、そんな事は全て己が行いに帰結しているだけだ。

「もう、力任せに叩くから頬が赤く腫れてますよ?」
「――っ、な」

逃げ出したとばかり思っていたなまえは、いつの間にか縁側に戻って来ていて、そして、ひんやりとした何かが頬に当てがわれる。
それは、水で冷やした手拭いだった。

「……別にこの程度、なんともない」
「いいんですか? 水柱の両頬に手形が付いていたなんて、いい恥晒しなのでは? それこそ、水柱の名折れですよ?」
「……」
「そうです。分かったら、そのままおとなしく冷やされてくださーい」

恥晒し、水柱の名折れ――それは俺を改心させるには十分すぎる一言だった。
何だか、なまえは俺の扱いが日を追うごとに上手くなっているように感じられて心底悔しい。
継子に諭される師範など、それこそ名折れというか、男の沽券、吟侍に関わるのではないだろうか?

「錆兎さんって、実は面倒臭いですよねぇ」
「なっ!? ……余計な世話だ。放っておいてくれ。……おい、また師範呼びが取れてるぞ」
「たまにはいいでしょう? こういうのも」
「……あまり、調子に乗るなよ」
「はーい、“師範”」

そう言って、減らず口を叩く俺の継子は、けれどその言葉とは裏腹にとても楽しそうな笑みを湛えて俺を見下ろすので、これ以上の叱言が喉の奥へと引っ込んでしまった。

やはり煉獄の時とは何もかも、一切合切、全てが違うなと思ってしまう。比べてしまう。
感情が掻き乱されてかなわない。かなわないが、言ってしまえば、これは俺となまえだけの間柄の、唯一無二の一面なのだ。
そう思うと、それはそれで悪く無いのかもしれないと感じるくらいには、俺は面倒臭くて、単純な男であるに違いなかった。

20320218


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