どんな事情があろうとも、私達鬼狩りは容赦なく任務が舞い込んでくる。
例えば、嫌々師として仰いでいた錆兎さんに迫られて、師弟以上の特別な感情を抱いていると告げられた翌日でも、こうして任務に駆り出されるのだ。
単独任務ならまだしも、よりにもよって二人仲良く揃っての任務だなんて……。
嗚呼、気まずさの極み。

舌鼓を打っていた好物の餡蜜も、二杯目は味をよく覚えていない。
折角、錆兎さんの奢りだったというのに。他人の金で食べる好物ほど美味しい食べ物は他にないのに、台無しだった。

「……」

なにしろ昨日の今日であるから、私はこの通り落ち着きがない。
それに比べて錆兎さんはどうだろう?
普段と何一つ変わらず颯爽と前方を行く。
あまりに変わり映えしないので、広い背中を恨めしく思いながら眺めた。

あんな事があった翌日でも錆兎さんは驚くくらい普段通りで、朝稽古の最中も朝食を取る時も何ら変わりは見られなかった。
昨日のあれはもしかしたら夢だったのではないかと思える程に少しの変化も無い。
別に何かを期待していたわけではないが、それにしたって少しくらいその片鱗を見せてくれてもいいと思う。
私ばかりが落ち着かず、彼の一挙手一投足に振り回され、逐一反応してしまう。
こんなのは理不尽だ。

「……い」

だって、あの錆兎さんだよ?
口を開けば男だの、鍛錬だの、そんな事ばかりであるし。
嫌がる私を無理矢理継子にしようとするし、すぐ怒るし、口煩いし、厳しいし、容赦がないし……。
剰え脳みそまで筋肉で出来ていそうな、あの錆兎さんが私に懸想しているなんて一体どんな状況になればそうなるのか。
俄に信じ難い。
彼からの告白は、私にとって永遠の謎であって一生掛かっても解けない難問のようだった。

「おい、なまえ!」
「は、はいっ!」

突然声を掛けられて、漫ろだった意識は漸く現実に引き戻される。
強めの口調に思わず背筋が伸び、弾かれたように顔を上げた。

「いつまで呆けているつもりだ……今朝の稽古でもそうだったが、少したるんでいるんじゃないのか? こうも上の空では任務が思いやられるな」
「……」

それ、あなたが言います?

誰のせいで、私がこんな状態に陥っていると思っているのだろうか?
その口振から推察するに、錆兎さんは私が使い物にならないそもそもの原因を何も分かっていないようだった。
口をへの字に曲げて外方を向き、無言の抵抗を見せる。
昨日の蝶屋敷でもそうだったが、それは仮にも師範である彼に対して取るべき態度ではない。
反論したところで減らない口だと叱られるだけなら、余計な口は端から開かないに限る。

「っ!?」

可愛げ皆無な態度を取る最中、突然錆兎さんの腕が肩に回る。
あまりに唐突で踏ん張りがきかず、よたよたと足がもつれて引き寄せられるがまま彼の逞しい胸に凭れ掛かってしまった。

「んなっ!? ちょ、突然こんな! ひっ……ひひひ人目があるのに駄目で、す――」
「ぼさっとするな。危ないだろう?」
「へ?」

「ついでに喚くな」と付け足した錆兎さんは、仕方のない奴だと言いたげな目で見下ろすので、状況に追い付けていない私はぽかんとするばかりだ。
肩に回っていた腕も、その言葉と共に解かれてしまう。

どうやら勘違いをして、勝手に盛り上がって、喚いていたのは私だけ。
蓋を開けてみれば、ただ単に人とぶつかりそうだったから庇ってくれただけのようだった。
今回の任務地で訪れた此処は、宿場町とだけあって人通りも多い。
それに、今は夕刻であるから今夜の宿を探す人々でごった返している。
離れて歩けば直ぐに逸れてしまいそうな程だった。

訝しげに眉を顰める錆兎さんに対して、私は罰が悪そうに苦笑いを返す。

何度も言うようだが、どうしてこうも錆兎さんは普段通りなのだろうか。
昨日は甘味処の長椅子であんなにも大胆に、積極的に迫ってきたくせに。

――こんなにも気が漫ろで、気持ちが掻き乱されて、堪らなくなってしまうのは私だけってことですか?

「……どうも、ありがとう御座います」
「はぁ……」

追い討ちをかけるような彼の溜息は、止めとなって私に重くのしかかる。
もうこれ以上手を焼かせないでくれと言われているような気がして、居た堪れない気持ちになった。

「任務はちゃんとこなしますから、ご心配なく」

その溜息で彼との温度差を思い知って、堪らず俯いた。
いつまでも切り替えが出来ていないのは私だけなのだという事も理解した。
けれど、まるで何も無かったかのような――そんな冷たい態度はあまりに寂しい。

「なまえ……」

先程と違って、柔らかな声音で名前を呼ばれる。
気落ちした面持ちで俯いていた顔を上げると、錆兎さんはその精悍な顔を片手で覆い隠していた。
そこから覗く頬はほんのりと色付いているようで……。

「……そんなに物欲しそうな目で見るな」
「んなっ、み、見てません! ちょっと師範、自意識過剰なんじゃないですかー!?」

その反応は卑怯だと思う。
私の憂いを取っ払うにはこれ以上ない程に効果的で、沈んでいた気持ちが途端に晴れてゆくような気がした。

「だが、そんな顔をしているのは俺のせいなんだろう?」
「っ!」

錆兎さんは静かに「自惚れてしまう」と呟き、眉を八の字に下げて微笑んだ。
何の前触れもなく突然甘ったるい雰囲気に持っていくのは止めてほしい。
その表情も言葉も仕草も――彼を形成するその全てが私の意識を一瞬で絡めとる。

普段通りであると思っていた錆兎さんも、そんな事は無かったらしい。
突然のツンからのデレ。落差が甚だしい分、その威力も凄まじい。
乙女心を存分に弄んでくれる。

こんなところでも彼の男らしさは散見され、その飾り気のないド直球な言葉は容赦なく私の心へと投げつけられたのだった。

「ち、違いますぅ! 勘違いしないでくれません?」
「そうなのか? それは残念だ」

照れ隠しですら可愛らしさの欠片もない私だった。

そんな私の性格を理解しているからか、残念だと言いつつも錆兎さんは間に受けずクツクツと喉を鳴らして笑うだけ。
私の頭をひと撫でして、彼は再び歩き出した。

私の心をこうも掻き乱す人間は、貴方以外の他に誰がいるというのか。
けれど、素直になれない私は人混みに紛れてしまわないようにと、靡く彼の羽織を掴む勇気すら持てない。
だから、不器用なりに持てる勇気を振り絞って横並びに歩いた。

いつも背を追うだけであるけれど、横に並んだ。
錆兎さんは珍しいと言いたげに双眸を瞬かせた後、表情を緩め、それ以上何も言わず前を向いたまま足を進める。
いつもぐんぐんと先へ進んでしまうのに、不思議と私の歩調でもついて行ける。

「――もう。そういう所が狡いんですよ」
「さあ、何の事だ?」

言わずとも緩めてくれた歩調に彼の隠れた優しさを感じた。
その優しさを擽ったく思いながら、つられて頬が緩む私に改めて答えなんて必要ない気がした。


20230624


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