「どうした? 受け身だけでは稽古の意味がないぞ! 遠慮せず打ち込んでこい」
「遠慮してるわけじゃないですってば……!」

木刀同士がぶつかる乾いた音が鳴る度に、なまえは「ひぃ!」だの「ぎゃあ!」だの奇声を上げ、屁っ放り腰になりながら懸命に応戦する。

これまで、散々素振りやら打ち込み台を使った稽古をさせていたわけだが、今日は木刀を持ち実際に道場で打ち合いの稽古をしている。
今までの素振りと打ち込みが基礎であるなら、対人の打ち合いは実践さながらの応用というわけだ。
実際鬼は不規則に立ち回り、動き回り、跳ね回る。繰り出す攻撃や血鬼術も実に多種多様であるから如何様にも対応出来る為に、である。
嫌だと泣き言を漏らしていても、先の戦闘で彼女の動き振りを見ていればきちんと稽古をこなしていた事が目に見えて分かったので、そろそろ応用の稽古に進んでもいいと判断したのだ。

とは言え、俺と彼女では力量が違い過ぎるだけでなく体格差も相まって、俺の繰り出す打撃を去なすだけで精一杯といった様子だ。

「だから、打ち込みたくても……っ、打ち込めないんですよ! 隙がないからぁ!!」
「正面切って俺と同等に立ち回ろうとするな。お前の持ち味を活かせ!」

なまえは半べそをかきながら無理だと喚くが、その状況でも勝ち筋を、一太刀浴びせる手立てを探りながら立ち回れと活を入れる。
考えろ。思考を止めるな。
もっと柔軟に、不規則に、極めたる呼吸の滔々と流れる水の如く。

なまえの持ち味は、言うまでもなくその素早さと軽快な身のこなしだ。
力が無い分手数で翻弄し、引っ掻き回し、相手が見せた一瞬の隙を突く。
その速さと言ったら、継子(仮)として引き取った当初からは比べ物にならないくらい、確実に成長していた。

「(速さだけで言えば真菰と同等くらいか……)」

しかし、それ以外はまだまだ荒削りで隙だらけ。太刀筋の正確性も緩急もぬるい。

「腰が引けてるぞ! 気を抜くな」
「こ、これ以上は無理ですって…… ――うわぁ!」

反論した直後、打撃を受け止めきれずに彼女の手から木刀が弾かれて板張りの床を叩いた。
その反動で、なまえは尻餅をついてしまった。

「いてて……ちょっとは手加減してくださいよ」
「これでも十分手心を加えているぞ? まったく……お前には素質があると言うのに、何故そうも頑ななんだ。限界を自分で決めるな」

今も座り込んだままのなまえの細腕を掴み、引き上げる。
俺が浴びせた小言も手伝ってか、なまえは不貞腐れてそっぽを向く。いつものように唇を尖らせて吐き捨てた。

「何度も言ってるじゃないですか……別にこれ以上強くなりたいわけじゃないんです。素質なんてどうでもいいです」
「どうでもよくない。投げ出す事は許さん」
「っ、だから無理です。……継子の件もさっさと諦めてくださいよ。どうしたら諦めてくれるんですか?」
「そうだな……俺から一本取れたら諦めてやってもいい」

そうしたら、お前を手放してやってもいい。

「んなっ! 卑怯ですよ! 無理ですそんなの! さっきの見たでしょう!?」
「だったら、潔く諦めて俺の継子になるしかないな」
「理不尽!」
「何を今更。この世は総じて理不尽で不平等だ。諦めるのか? このままだと本当に俺の継子にしてしまうぞ?」

「大人気ない!」だの「血も涙も無い!」だのと喚き散らしながら再び木刀を手に持ち、構えるなまえの目には意志が宿っている。
どうにかして俺から一本取る事を諦めていない、そんな眼差しだった。
それがどうしてか嬉しく感じてしまって、自然と口元が緩んだ。

***

あれから何度も手合わせをして、勿論一本も取らせてやる事なく、なまえの体力が尽きた所で稽古を終いにした。
汗を流して、なまえを探しながら屋敷の中を彷徨いていると、縁側で座るその姿を見つける。
流石に限界まで徹底的に鍛えたからか、彼女には水柱邸を脱走する体力は露ほども残っていないらしかった。

「なまえ」
「……」

声をかけても反応がない。そればかりか垂れた首が不規則にコクン、コクン、と揺れている。
どうやら疲労困憊であったらしく、なまえは力尽きて眠ってしまったらしい。
昨夜も任務で遅くに帰って来たし、翌朝には惰眠を貪ろうとする彼女を寝汚いと叩き起こしたばかりだ。
そこに怒涛の打ち合い稽古を限界まで行ったのだから、この状況は頷けるものだった。
それに今日は麗らかな日和であったから、尚更だったのだろう。

仕方のない奴だなと、眉を下げて困ったように笑いながら羽織を脱いで、その小さな身体に掛けてやる。
俺の羽織はなまえの身体をすっぽりと包み込んだ。
それはまるで俺と彼女の体格差を如実に表しているようだった。なまえはこんなにも小さく華奢であったのか――と。

「っ!」

その刹那、なまえの身体がぐらりと揺らいで、あろうことか俺の肩に寄り掛かる。
小さな寝息が溢れる唇は薄桃色に色付いていて柔らかそうであるし、肌は透き通るように白く陶器の様。長い睫毛は陽光を浴びてキラキラと輝いていた。
いつも減らず口ばかり叩くなまえであるが、こうして改めて彼女をまじまじと眺めるとなかなかに整った造形をしている。
そういえば、先日遊女の真似事をしていた時も、なかなかどうして美しく、その姿が他の男の目にも晒されたのかと思うと腹立たしくも感じてしまった。

「……一体何を考えているんだ、俺は」

仮であれど、継子である彼女に対して邪な感情を抱くなど。
いくら無防備だからといって、こうも容易く触れていいものじゃない。

平常心、平常心だ。

少しだけだぞ、と暫し肩を貸してやる事にして――視線を下に向けると、ふとなまえの手に目が行く。
その小さな掌は、豆が潰れてボロボロだった。
年頃の女の手では決してなく、それは紛れもなく努力を惜しまない者の手だ。泣き言や減らず口を叩きながらも必死に食らいついて、前を向く者の証のような手だった。

その手を取ると、指先を彩る爪色がまた変わっている事に気が付く。
こういった所も相変わらず抜かりがないらしい。

そして、はっとしたのだ。
先日真菰に助言されたあの台詞が頭を過った。

――些細な変化に気付いてやる事。

前回は盛大に空振ったものだが、きっと、真菰はこういう事を言いたかったのだろう。
こういう変化に気付いてやれば良かったのだ。

だがしかし、そんな細かい事に一々気が付いて褒めるなど些か女々しいのではないか?
男らしさを天秤にかけて慮れば、そんな事は優男のする事で、己が信念と照らし合わせればやはり男らしくないと思わざるを得なかった。

それだから、と言うわけではないが、俺には俺なりの言葉でしか伝えられないのだ。

「お前はいつも、よくやっている。前にも一度言ったが、俺は見込みの無い者を構わないし、傍に置こうとも思わない……だから、もう少しだけ俺の傍でお前の成長を見せてくれ」

誰のものにもならず、純真なままで、俺の傍にいてくれないか。

「……はぁ。そこまで言われたら、仕方がないですね」
「なっ!?」

まさか、独り言同然で口にした言葉に返答があるとは露ほどにも思わない。
何故なら彼女は寝ていた筈で、届くことはないと踏んで心境を吐露したのに狸寝入りをしていたときた……まさか彼女からこんな形で一本取られてしまうとは。

「狸寝入りとはいい度胸だ」
「違いますよ。ちゃんと寝てました。でも、あんなに熱心に見つめられたら嫌でも目が覚めてしまいます」
「何が熱心だ! そのだらしなく緩んだ顔はやめないか!」

揶揄うような視線を浴びせられ、結局いつものように叱り付ける。
何をどう足掻こうが、俺と彼女の間柄はこれが妥当のようだった。

これからどうなるのかと、今後もこのままかと問われれば……さて、どうなのだろうな。
少なくとも“今は”という事にしておこう。

「でも、仮ですからね。正式な継子ではないですから。その前に錆兎さんから一本取って潔く諦めてもらいます!」
「そうか。それは見ものだな」
「信じてないですね!?」
「それは……どうだろうな?」

お前がこの先俺を超えることはなくとも、一矢報いる瞬間はいずれ訪れるかもしれない。
しかし、それで潔く諦めてやれるかと言えば、きっとそれは無いと思うのだ。

だから今はまだ――持て余した感情の全てをまるっとそのままに、せいぜい“継子(仮)”として留めておいてやるさ。


【fin.】
20230124


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