列車の窓から流れる景色を眺めながら、久しぶりに帰省する故郷へ想いを馳せていた――わけではなかった。
ノスタルジーに浸っているわけではなく、ただ疲れ果て、くたびれて、力無く窓に寄りかかっているだけだった。
まだまだガラル地方への道のりは長く、ここからさらに長時間列車に揺られなければならないのに。
たった二日間留守をするだけでこうも大騒ぎしなければ、私はパルデアの地を離れられないのか……。

それは今から数時間前の事である。

「いややー! なまえ、行かんといて!」
「ちょ、ちょっと、チリちゃん……」
「あ、そうや! これでチリちゃんゲットしてエーフィと一緒に連れてってや! な!?」
「ええ……」
「チリちゃんはポケモンじゃないですから、なまえおねーちゃんにモンスターボールでゲットしてもらえないですよ?」
「いややー!」

目も当てられないとは、きっと今みたいな状況を指すのだと思う。

ガラル地方への視察でオモダカさんと同行する事になったと伝えてからのチリちゃんの動揺といったら、それはそれは驚くもので、その日はなかなか離してもらえなかった(勿論、卑猥な意味ではなく)。
きっと、視察先が他の地域であればこうはならなかった。
“ガラル地方”でなければこうも拗れなかったのだと思う。

しかし、出発を直前に控えてのこの状況に私は戸惑いを隠せないでいた。
駄々をこねる子供のように縋りついてくるわ、ゲットして自分も連れて行けとモンスターボールを握らせてくるわ……。正気の沙汰とは思えない。

これをと異常と言わずなんと言うのか。

ポピーちゃんに慰められ、諭されるチリちゃんの有様と言ったら実にシュールで、私の中の格好よく、美しく、強かなチリちゃん像が跡形もなく崩れ去った瞬間だった。

「なまえおねーちゃんがるすのあいだ、ポピーがチリちゃんとあそんであげますの。さびしくないですよ?いいこ、いいこです」
「ポピー……優しい子やね。チリちゃん嬉しいわ」

こうして、チリちゃんがポピーちゃんに慰めてもらっている隙にそそくさとリーグを抜け出して列車に乗り込んだのだった。


回想終了。
回想だけでどっと疲れた。思い出してしまったばかりに二度疲れた。
と言うわけで、私はガラル地方へ到着する前に早くも疲労困憊なのだった。

「それは、チリの仕業ですか?」
「え?」

“それ”よりは、“それら”と言った方が正しいのかもしれないが。

向かいの席に座るオモダカさんは、頭の天辺から足の爪先まで視線を滑らせて言う。
その声は少々呆れているようだった。
改めて指摘されると、途端に羞恥心が込み上げて来くる。
確かに、今の格好は普段とは随分違うから、オモダカさんも口を出さずにいられなかったのかもしれない。

指先の緑はチリちゃんの色。
胸元のネクタイはいつもチリちゃんが付けている物のスペア。
パンツスーツは余計な露出厳禁。

それはオモダカさんの指摘通り、ガラル視察に不貞腐れたチリちゃんが、私に有無を言わさず身に付けさせた物だったので、苦笑混じりに「はい」と答えた。

こうもあからさまにする必要があるのだろうか?
それは誰の目にも明らかで、だから、例に漏れずオモダカさんにも指摘された。

けれど、チリちゃんはこのネクタイを首輪の如く私の首にかけながら「……ちゃんと、帰ってくるやんな?」と心配そうに呟いた。
そんな事は当然なのに、分かっていてもつい口にしてしまったチリちゃんを思うと、全てを突っぱねる気になれなかったのだ。

「はぁ……まったく、困ったものですね」
「ははは……これで気が済んだならいいんですけど」
「それにしても、たまにチリの行動は目に余る物がありますし、友人の域を出ていると感じる事もありますが……。なまえさん、何か困っている事があるのでは?」
「えっ、……い、いいえ! そんな事ないです。大丈夫です!」
「貴女がそう言うのなら、いいのですが……」

その問いに平気だと答える時点で、私も十分チリちゃんと同罪なのだと思う。
煩わしいと感じるこの少々行き過ぎた行為も受け入れてしまっているのだから。
自分のあちらこちらに散りばめられたそれに――チリちゃんに、縛られている。

「それと、なまえさん、今回は急に同行をお願いしてすみませんでした。ガラル地方への視察と聞いて、あなた以外の適任者はいないと判断して声を掛けさせて頂きました」
「いえ、選んで頂いて光栄です。ガラル地方のことならパルデアのリーグ関係者で私が一番詳しいと思いますし、新任のオーナーとも顔見知りですから、サポートはお任せください!」
「頼りにしていますね」

ガラル地方へ帰れるのは、素直に嬉しいと思う。
ただ、手放しで喜べないのは、今回が視察という名目だったからだ。
視察ならば、当然ポケモンリーグへ関与することだろう。
任せて欲しいと大口を叩いておいて何だけれど、私は間接的と言えど追い出された身であるから、オモダカさんのお役に立てるのか些か不安であるが。
とにかく私は、私の出来る事をする。

喜びと不安のニ極の感情を抱えて数時間後、私とオモダカさんはガラルの地へ降り立ったのだった。

***

翌日、オモダカさんと私は、宿泊していたホテル・ロンド・ロゼから程近い場所にあるローズタワーへ向かっていた。

言わずもがな、今日こそが視察当日であるからで、つまり私達は余裕を持って前日入りしていたのだった。
長時間の移動はそれだけで疲れるものだし、それに、久しぶりにキルクスタウンの温泉に浸かって日頃の疲れを癒したい。
いや、もしかするとそれこそが前日入りの最たる理由だったと言ってもいい。
ガラル地方きっての温泉街。
ここでリーグの皆に土産を買っておいたので、同行者としての責務も抜かりない。
ポピーちゃんには特別にダイオウドウとアーマーガアのぬいぐるみも付けておいた。我ながら完璧な仕事だ。

それはさておき、視察当日。
聞いた話だと、かつてローズさんが使用していた委員長室が、今はダンデくんの執務室となっているらしい。
わざわざ出向いてもらうのは客人に対して失礼にあたるのでホテルまで迎えに行くと言われたが、その申し出がダンデくん本人からであったから、私は全力でそれを拒否しておいた。
可能であるなら一歩も外へ出ず、此方から向かうので、委員長室で待っていて欲しいと必死になってお願いした次第だ。

理由なんて一つしかない。
何故なら彼は言わずもがな、自他共に認める極度の方向音痴であるからだった。
その方向音痴っぷりと言ったら西に進もうとすると東へ、南に進もうとすると北へ進んでしまう。
つまり、彼は天性の方向音痴なのだ。

ローズタワーからここホテル・ロンド・ロゼに一人で絶対に来させてはいけない。たったこの距離ですら油断ならない。
ダンデくんなら、ホテル・ロンド・ロゼを素通りして、キルクスタウンを抜け、ナックルシティを通り越してワイルドエリアで迷子になっている未来が見える。
そんな奇想天外な事は起きるわけがないと、言い切れないのがダンデくんなのだ。彼の筋金入りの方向音痴を舐めてはいけない。
それでよく私はオリーヴさんに、ダンデくんのナビ係を任されていたものだと、何だか昔を思い出して懐かしく感じた。

今ではキバナくん辺りか、リザードン、はたまたソニアちゃんのワンパチが頑張って誘導しているのかな?

ダンデくんは今、どうしているのだろう?チャンピオンから退き委員長になった今、誰か決まった人が彼の傍に使え、支え、導いているのだろうか?
かつてのローズさんとオリーヴさんのように。

懐古しながらオモダカさんと共にローズタワーへ向かう。
ここシュートシティを離れてまだ半年も経っていないのに、もう何年も帰っていなかったような気分になる。

「なまえ」

一歩も外へ出るなと釘を刺したはずだったのに、聞き慣れた声が私を呼んだ。
最近ではスマホを通してばかりだったからか、その肉声は何だか酷く懐かしかった。

「あ、ダンデくん……!」

思わず、彼の姿を目の当たりにしてお友達感覚で言葉を交わしてしまったが、今は仕事中だと今一度気を引き締める。
方向音痴の件で散々気を揉んでいたが、ダンデくんの一歩後ろにはキバナくんが控えていたので安堵する。

「初めまして、オモダカさん。ようこそガラルへ。遠い所ご足労頂き、ありがとうございます」
「初めまして。お忙しいところ時間を割いて頂いて感謝致します、ダンデさん」

握手をして、挨拶を交わすトップ二人を一歩離れた場所から眺めていると、視界に入ったキバナくんと目が合って、ヒラヒラと手を振ってくれた。
“久しぶり”、“元気そうでなにより”そこにはそんな意味合いが込められているように思う。

そこからは、視察という名目通りガラル地方とパルデア地方の情報を交換しながら、ダイマックスとテラスタルの戦術の話、リーグ運営の話と私が口を挟む事のない話を一歩控えた所で傍聴する。付き添いなんてそんなものだ。
ポケモンリーグを運営するにあたって、他の地方と情報を交換し、交流する事はとても有意義であるし、お互いの地方が新たな発見と発展につながるのだから。
委員長室で話をした後、実際にシュートスタジアムでエキシビジョンが開催されて、チャンピオンのユウリちゃんと、マリィちゃんの試合を観戦した。
相変わらずユウリちゃんの怪物じみた強さは健在で、それどころかその強さに益々磨きがかかったようにも感じる。

オモダカさんは、パルデアでは無縁の大迫力のダイマックスバトルに大変興味を抱いて「技の追加効果でその後のバトルの戦況もガラリと変わってしまうのですね……これは面白い」と、食い入るように見入っていた。
忘れてはいけないのが、彼女もダンデくん同様にポケモンバトルにおいて胸に熱い物を秘めている一人である。
トップと呼ばれるその実力は去る事ながら、ジムの視察をアオイちゃんに任せてでも時間を作り学校最強大会へ出場するくらいには、ポケモンバトルに重きを置いているのだから。

そう言えば先程の話でも、ダンデくんとオモダカさんが一番盛り上がっていたのはバトル戦術の話だったように思う。
地域が変われば、バトルシステムも変わる。システムが変われば、その戦術もガラリと変わる。

興奮のあまり今にも二人はポケモンバトルを押っ始めそうだったので、私は「駄目ですよ?」と機先を制して言った。
残念そうな顔をしている二人を見て、溜め息吐く。
全く油断も隙もない。今日は視察に来たのだから。

その後、予定していた視察は無事に終わり、オモダカさんはキバナくんに連れられてナックルシティへ向かう事になった。
バトルやリーグ運営以外にも、ガラル地方の歴史に深く関心を抱いたようで、それならナックルシティで宝物庫の管理も行っている自分が適任だと、その役目をキバナくんが買って出たのだ。

「トップ、私もお供します」
「いいえ、大丈夫です。視察は終わりました。ですので、貴女の仕事もここで終了です」
「ですが……」
「久しぶりのガラルでしょう? 積もる話もあるのでは?」
「!」

オモダカさんは、私にそう言った後、ダンデくんに視線を向けた。
積もる話――。
そんな風に言われると、私とダンデくんの間に何も無くても妙に意識してしまう。
しかし、私がガラルからパルデアへ出向して以来、ダンデくんと電話以外でゆっくりと話をした事はなかったからいい機会なのかもしれない。

戸惑う私の背を押すように、キバナくんが促す。

「なまえ、ダンデの事よろしく頼むな」
「え、ちょ、キバナくん?」

キバナくんはその長身を屈めて、周りに聞こえないように耳打ちをする。

「ダンデの奴、視察が決まってからお前の話ばっかなんだよ」
「へっ?」
「アイツが浮かれてんの見るの久しぶりなんだ」

そう言われると、頷く以外の選択肢がない。
ライバルで友人でもあるキバナくんは、きっと委員長に就任して苦労してきたダンデくんの姿を近くで見てきたのだろう。
浮かれている……私が知っている最近のダンデくんは疲れているような声色で電話を掛けてくる印象が強かったから、意外だった。
列車の時間までの限られた時間ではあるが、オモダカさんと別れて、ダンデくんと行動を共にする事になった。

「なまえ、腹は空いていないか? 何処かで食事をしよう」
「あ、うん! そうだね」

***

テーブルを挟んだ向かいに座るダンデくんを見て、改めて思った。
チャンピオン服に身を包んだ彼こそが私の中の“ダンデくん”であったから、オーナーとして洗練された装いの彼はとても新鮮だった。
燕尾のジャケットにスカーフを巻いて、ブーツを履いたその服装は、彼が委員長兼ローズタワーの新オーナーとして相応しい格好だと思う。
そして、その衣装はダンデくんにとても良く似合っていた。食事の手を止めて、ついまじまじと見つめてしまうくらいには。

確かに目の前の彼は私の知るダンデくんであるはずなのに、知らない男の人のようで、何だか緊張してしまう。
今までと格好が違うだけで、こんなにも見方が変わってしまうものなのだろうか?

それだけではない。食事だって、こんなにもお洒落で高そうな店で、ナイフとフォークを使うような料理を共にするなんて初めてだ。
いつもダンデくんとの食事はキャンプのカレーだとか、テイクアウトのジャンクフードを食べ歩くだとか、ダンデくんの実家でのバーベキューだとか……会話を弾ませながら和気藹々とした物ばかりだったから。
それでいいと思っていたし、それが楽しいと、心地いいと感じていた。
そもそもこんな畏まったお店に私自身があまり慣れていないと言うのが落ち着かない一番の理由なのだけれど。

「口に合わないか?」
「へっ? う、ううん! そんな事ないよ! すっごく美味しい」
「でも、昔のように笑い合いながら和気藹々とした食事の方がしっくりくる、だろう?」
「えっと……その、ちょっとだけ」

ダンデくんは全てお見通しだったらしい。
心の中を見透かしたかのように、私の思っていた事そのままを言い当てられてしまった。
取り繕ったところでどうせ見透かされてしまうだろう。
その通りだと認めて素直に答え、頷くと、ダンデくんは「奇遇だな。オレも同じ事を思ってたぜ」と笑って見せた。

私の知らない彼みたいだと思ったが、柔和に細められた金色の瞳も、歯を見せてニッカリと笑う仕草も何も変わってなどいない。
やっぱり彼は、私の知っているダンデくんだった。

「チャンピオンだった時はローズさんにこういった店に連れてこられて、チャンピオンとしての教養を教わった。オーナーになってからも周りから、もう少し委員長たる威厳を持てと言われてしまってな。別に嫌じゃないんだ。周りの意見も最もだと思うし、その意図もよく分かってるつもりなんだが……」
「性に合わない、でしょ?」
「ははは! さすがなまえだ。敵わないな」
「ダンデくんだって、さっき私の考えてた事お見通しだったくせに。……でも、そっか。大変だよね、人の上に立つって」

大変なんて一言では言い表せない苦労と責任を、その重責をダンデくんは背負っている。
彼は今、ガラルの顔なのだから。

「キミとはもっとフランクで楽しい会話がしたいのに、つい癖でこういった畏まった場所を選んでしまった。何となく話題も会話も余所余所しくなってしまうな……もっとありのままの、キミの話を聞きたいのに」
「いいよ! どんな話が聞きたい?」
「改めて聞かれると、沢山あって悩んでしまうな。というか……キミ、少し雰囲気が変わったか?」
「そうかな? 自分じゃよく分からないや」
「パルデアでの生活はどうだ?」

ダンデくんは私の様子を窺うように、その問いを投げかけた。
雰囲気が変わった――その真相を探るような意味合いが、そこには含まれているように感じる。

不意に頭をよぎったのは、チリちゃんの顔だった。

今頃チリちゃんはどうしているのだろう?
流石にもう落ち着いて、モンスターボールで自分をゲットしてくれなんてぶっ飛んだ発言をせず、リーグの仕事に勤しんでいるだろうか?
普段通りのクールな彼女に戻っていて欲しい。そう願っている。

「すごく楽しいよ。知らない土地だったし、最初はどうなる事かと思ったんだけど、たまたま友達と再会してね? ほら、覚えてる? 一時期ジョウト地方に住んでた事があったでしょ?」
「ああ、そういえばそんな事もあったな。確か十年ほど前だったか?」
「そうそう! そのジョウトにいた期間、仲良くしてくれてた子と今一緒に働いてるよ」
「それは凄い偶然だな!」
「でしょ!? チリちゃんって子で、しかも私、今はチリちゃんの部下なんだよね。凄い巡り合わせ」

部下だけにとどまらず、プライベートではそれ以上に色々と関係を持ってしまっているけれど、そこは伏せていようと思う。
そこまで話す必要はないし、根掘り葉掘り聞かれてしまっても、私とチリちゃんの関係を言葉にするのはとても難しい。
正直何と答えたらいいのか分からない。
ただ、大切な人であることに違いはないけれど。

「そうか……キミに感じていた違和感の正体は彼女のせい、だな」
「うん?」
「その指先も、そのタイも、何と言うか……オレの知らないなまえの様だった」
「あはは、はは……これはその、ちょっとオシャレしてみただけだよ?」

緑より、淡い色味。ネクタイよりリボン。パンツよりスカート。
――それがキミだったじゃないか。
まるで、ダンデくんにそう言われているようで、笑って誤魔化す事しか出来なかった。

ズバリ言い当てられて、心臓が跳ね上がる。
お洒落なんて取って付けたような言い訳でやり過ごしたけれど、笑顔は引き攣っていなかっただろうか?
散りばめられたチリちゃんの独占欲を、ダンデくんがどう受け取ったのか私には分からない。

素直に納得したのか、それとも自身に無理矢理言い聞かせたのか――その真意は分かりかねるが、ダンデくんは「そうか。お陰で決心がついた」と呟いて、手に持っていたナイフとフォークを置くと、顔の前で手を組んだ。

「上手くやれているようで安心したぜ」
「うん。これも全部ダンデくんのおかげです。本当にありがとう」

畏まったように背筋を伸ばし、頭を下げて、私は改めてダンデくんにお礼を伝えた。
今の私があるのも全部、ダンデくんが力を貸してくれたからだ。
彼の力添えがなければ今の私は存在しないし、チリちゃんとも再会出来なかた。

「だが今、それと同じくらい後悔している」
「え?」
「キミをパルデアへ行かせるんじゃなかった」
「……ダンデくん?」

それは、どう言う意味で?
彼の黄金の瞳が正面から私を捕らえた。

「単刀直入に言おう」

いつでも真っ直ぐで、直向きで、濁りのない彼の瞳が大好きだった。
けれど、今はどうだろう?
その絶対的な威厳の滲む双眸に見据えられ、意識を絡め取られる。

「なまえ、ガラルへ帰ってきて欲しい」
「え、と……」
「勿論、今すぐじゃなくていい。実は、ローズタワーをバトルタワーとして改修しようと考えているんだ。成功させて結果を残せば、周りを納得させる事が出来る。そしたら、キミをオレの秘書として正式に迎え入れたい」
「ダンデくん……それは、」
「誰にも文句は言わせない」

ただただ驚いた。
その話を受け入れると言うことは、すなわち――私はパルデアを離れると言うことで、チリちゃんとも離れ離れになってしまう。

「返事は、まだ必要ない」
「……う、うん」
「いい加減秘書を雇えと言われているが、支えてほしいと思った時に顔が浮かぶのはなまえ、キミだった。だから、考えてほしい」

素直にダンデくんの力になりたいと思う。彼には恩義があるから。
けれど、パルデアを離れて、永劫ガラルでダンデくんに尽くす事に正直尻込みしてしまう。

そんなのは簡単明瞭だった。
私の中でチリちゃんの存在が大きくなりすぎてしまったのだ。
――離れ難い。

けれど、ダンデくんの力にもなりたいと思ってしまう。
私は中途半端だ。宙ぶらりんだ。
正直何が正しく、どう返事をするべきか、何を捨てて何を拾えばいいのか分からなかった。

こんな時でも、ダンデくんが真摯に向き合ってくれている今でも、私の頭の片隅にはチリちゃんの存在がチラつく。
本当、どうしようもない。


20230101


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