一括りにポケモンリーグと言っても、全ての地方が同じシステムでリーグを運営しているわけでは無いらしい。
その中でも特に以前の職場であったガラル地方のポケモンリーグは異色だったようで、パルデア地方のポケモンリーグへと異動して数日が経ち、漸く運営の違いに慣れ始めた。
相変わらずチリちゃんのセクハラ(本人曰く、愛情表現やで!との事)には慣れないけれど。

四天王兼面接試験官を務めるチリちゃんの圧迫面接は今日も今日とて手厳しく、午前中に実地した面接試験は一人の合格者も出す事なく全滅した様だった。
その内容を書類にまとめるのが彼女の補佐を務める私の役目であるので、業務内容に背くこと無くきっちりと仕事をこなして執務室へ赴くと、ドアの奥から何やら賑やかな話し声が漏れ聞こえる。
来客でも見えているのだろうか?

ドアをノックして「失礼します」と、一言掛けながら中へ入ると、いつものデスクではなくソファーへ座るチリちゃんの姿があった。
そして、テーブルを挟んだ向かいには、アカデミーの制服に身を包んだ可愛らしい女の子。
ここへ面接以外の用で訪れる生徒を未だかつて見たことがなかった為、少々驚いた。

「なまえ、お疲れさん。書類デスクに置いといてな」
「分かった。えっと、お客様?」

指示通り書類をデスクに置いて尋ねると、チリちゃんは私を手招く。

「紹介するわ。この子はアオイ。アカデミーの学生やけど、チャンピオンランクの称号を有した数少ないトレーナーの一人なんやで」
「へえ、凄いんだねアオイちゃん」
「す、凄いだなんて……そんな事ないです」
「チリちゃんボコボコにしといてよう言うわ。ネモとオモダカさんにも勝ってるんやからもっと胸張りや」

まだ幼さの残る顔だちの可愛らしい女の子が四天王を倒し、リーグ委員長のオモダカさんにまで勝利した実力の持ち主だとは。
正直驚きを隠せない。
どこからどう見ても年相応の可愛らしい普通の女の子であるのに。
ふと、ガラル地方でも、チャンピオンになってから無敗だったダンデくんに勝利して新チャンピオンになったユウリちゃんの存在を思い出す。
どこの地方にも神がかった実力を有した子が存在しているらしい。

「アオイ、このお姉さんはなまえ。最近他の地方のポケモンリーグから異動して来て、今はチリちゃんの部下やねん」
「これから顔を合わせる事もあると思うけど、よろしく。アオイちゃん」
「はい! よろしくお願いします、なまえさん」

太陽のように眩しい笑顔が印象的な可愛らしい子だと思った。
アシンメトリーになった三つ編みがとても似合っている。

「それから、なまえはチリちゃんの特別な子なんよ」
「え……?」

気のせいだろうか?
その言葉に、心なしかアオイちゃんの表情が曇ったように感じたのは。

だからと言うわけではないが、こんな幼気な子供に初対面から変な誤解を与えてしまってはいけないと、そこはしっかり否定しておいた。
だって、事実だし。

「いえ! まったく! お友達兼部下です!」
「いけずやなぁ」
「大丈夫! アオイちゃん、事実無根です!」
「そうなんですか? ……そっか」

“良かった”そんな風に心底安心したような表情を浮かべるから、私が先程抱いた違和感は多分、勘違いではない。
思春期真っ只中の多感な時期に、こんな美人で格好いいお姉さんが目を掛けてくれたら――うん、まあ。
確かに自分も十年程前、アオイちゃんと全く同じ経験をした経緯があるので、妙に納得してしまう。
勿論、今はもう過ぎ去った出来事だ。

「アオイ、いつもの甘いの飲むか?」
「いいえ! 今日は私もチリさんと同じのでいいです」
「チリちゃんのブラックコーヒーやで?」
「大丈夫です! 私もコーヒーくらい飲めますから!」

そう言って、チリちゃんの前に置かれたカップを取って一口飲むと、アオイちゃんの可愛らしい顔があからさまに苦々しい表情に変わっていく。
おえええ……と、舌を出して大人しくカップを元あった場所へ戻した。

「アッハッハ! せやから言うたやん」
「ううー……苦い。大人ってこんなのが美味しいんですか?」
「背伸びせんと、いつものココアにしとき。せや、おませなアオイちゃんにはマシュマロも乗せたろか?」
「子供扱いしないでくださいよー……もう……」

一見、お姉さんに憧れる可愛らしい学生の女の子といった微笑ましい絵面である。
しかし、二人のやり取りからは、チリちゃんが目を掛けて可愛がっている様子が有り有りと伝わって来くる。
それを何とも言えない複雑な心境で見つめてしまっている自分に気が付いてしまった。

私はポケモンバトルをしないし、ポケモンの事もこれと言って話題に出さない。
チリちゃんもアオイちゃんもトレーナーである。そして、四天王とチャンピオンである。
私には割って入る隙が一分も無いのだと思い知らされた。

「チリさん、今度ピクニック行きましょう!」
「ええよ。タイミング合えばな」
「あ! チリさんも学校最強大会に出てくださいよ」
「いや、リーグ代表してオモダカさん出てるやん。応援なら行ったるよ」
「やった! じゃあ今日あるので絶対来てくださいね。約束ですよ?」
「はいはい。なんや自分今日えらいご機嫌やな」

「すみません、久しぶりにチリさんと会えたのが嬉しくって……つい」と、前のめりに話していたアオイちゃんは恥ずかしそうに体勢を戻す。
チリちゃんは、そんなアオイちゃんの様子に満更でもなさそうに優しげな笑みを浮かべて、彼女の頭を撫でた。

暫く二人を傍観していたが、次第に居た堪れなくなって、気が付けば執務室を退室してしまっていた。
表向きにはアオイちゃんのココアを用意する為に退室したわけだが、本心はどうだったのかよく分からない。

――嫌だと思ってしまった?何が、どんな風に?

「はぁ……何やってんだろ、私」

給湯室でココアを入れて執務室に運んだ時も相変わらず二人は楽しげに話していた。
書類を届けるという本来の目的も済んでしまった私が其処に長居する理由はもう何処にも見当たらない。

「(邪魔するわけにもいかないよね……)」

久しぶりに会えて嬉しいと言ったアオイちゃんの言葉を思い出して、これ以上無粋な真似はやめておこうと思う。
とぼとぼと廊下を歩いていると、後ろから可愛らしい声がして引き止められた。

「あーら、あらあら? なまえおねーちゃんどうしたんですか?」
「あ、ポピーちゃん。こんにちは。今日はリーグに来てたんだね」
「こんにちは。チリちゃんが、めんせつがはいっているといっていたのでポピーまってましたの」
「そっか。残念ながら全滅だったけどね」
「ポピーのでばんなくなってしまいました」

もしも一次試験の面接で合格者が現れると、次は二次試験で四天王とのバトルになる。
四天王であるポピーちゃんは、そのもしもに備えてスタンバイしていたが、チリちゃんの圧迫面接を前に誰も二次試験に進めなかった為、敢え無くポピーちゃんの出番は無くなってしまったらしい。

ポピーちゃんと話をしていると本当に和む。
先程までの鬱々としていた心が軽くなった気がした。
まさに心のオアシスだと断言していい。
ポピーちゃんの目線の高さに合わせてしゃがむと、大きなくりくりとした瞳でじいっと見つめられた。
その濁りなき眼で見つめられると心の中までも見透かされそうでドキリとする。

思ったそばからポピーちゃんから鋭い指摘を受けてしまう。

「なまえおねーちゃん、げんきないんです?」
「え? そ、そんなこと無いよ?」
「なんだかいつもとちがいます。ポピーにはわかるんですからねっ」

ポピーちゃんは、素直になれないこんなどうしようもない大人にも情けをかけてくれるのか。
得意げに言って、その小さな手で私の頭をよしよしと撫でてくれた。

自分で突っぱねたくせに、仲のいい二人の様子に凹んでしまって……本当どうしようもない。しょうもない。

「ありがとうポピーちゃん。おかげで元気出た! そうだ、アオイちゃんが来てるよ?」
「おねーちゃんがきてるんですか?」
「チリちゃんの執務室でお話してるから、行っておいで」

けれど、ポピーちゃんは少し名残惜しそうに執務室を一瞥した後、私の手を取った。

「えーっと、えーっと……ポピーやっぱりなまえおねーちゃんとナンジャモちゃんのはいしんがみたいんですの」
「え? 行かなくていいの?」
「おひざにのせてくださいね。いっしょにみましょう!」
「ポピーちゃん……うぅ……好きぃ」

思い切りハグをすると、ポピーちゃんは「よしよし。おとなはすなおじゃないですね」なんて、声をかけてくれる。
パルデア地方ポケモンリーグの施設内、幼女に抱きつき慰められる駄目な大人がそこには居た。

***

「……んぅ……っ、仕事!!」

いつの間に眠ってしまったのだろうか?
確かポピーちゃんと一緒に動画を見ていて、それ以降の記憶が無い。
目が覚めると外は日が傾きかけ、室内には茜色の夕日が差し込んでいた。

そして、頭上からは聞き慣れた声がする。

「おはようさん」
「え、……おはよう……さん?」

瞬きを繰り返す度に段々とぼやけていた視界が鮮明になって、私の顔を覗き込むチリちゃんの整った美しい顔が眼前に広がっていた。
慌てて起き上がり先程まで自分が寝転がっていた場所を見ればーーなんと言う事だろう。
チリちゃんの膝だった。所謂、膝枕。

チリちゃんは私に膝を貸しつつ、テーブルにノートパソコンと書類を広げて仕事をしていたらしい。
起こしてくれればよかったのに、そうせず膝を貸してくれていたのは彼女なりの優しさなのだろう。

「ご、ごめんなさい……私いつの間に寝ちゃってたんだろ……」
「謝らんでええって。自分の仕事はちゃんと済んでたんやから」

「なまえは頑張り屋さんやから、知らん内に疲れが溜まってたんやね」と、頭を撫でてくれるチリちゃんの手つきはどこまでも優しい。
こんな風に、アオイちゃんも撫でてあげていたのかな……なんて、再び自分らしくない感情に苛まれてしまう。

丁度チリちゃんも仕事が一段落ついたのか、ノートパソコンを閉じた。
そして、押印を済ませた書類を私に差し出す。

「アオイちゃんは?」
「もう帰ったで。この後学校最強大会があるからって張り切っとったな」
「そっか……」
「そう言や自分、何で途中からどっか行ってもうたん? なかなか戻ってけーへんから心配してたんやで?」

それは、とても返答に困る問いだった。
アオイちゃんとチリちゃんがあまりに楽しそうに話していたので、居た堪れなくなりましたなんて言えない。
口が裂けても、言えない。

「“なまえおねーちゃんにいじわるしましたね”ゆーて、ポピーに怒られてもうて」
「へ!?」

ポピーちゃん!
気持ちはありがたいけど、それはチリちゃんに伝えちゃ駄目なやつだよ!

心の中でポピーちゃんへの想いを叫んだところで、どうにも返す言葉が見当たらない。
今は何を言っても全てが裏目に出てしまいそうで言葉を紡げなかった。

「ポピーちゃんと、一緒にナンジャモちゃんの動画見ようって約束してたの思い出しちゃって」
「……ホンマにそれだけ?」
「う、うん。それだけ」

チリちゃんは感が鋭いから、直ぐに嘘だとバレてしまいそうだ。
いや、もしかするともう既にバレているのかもしれない。
チリちゃんの瞳に射抜かれると、私はどうにもいけなくなる。
逸らせなくなって、全てを白状させられる未来しか想像出来ないので、絶対に合わせないように視線を泳がせたのは精一杯の抵抗だった。

「……はぁ。分かった。言いたくないなら無理には聞かんとくわ」
「っ、」

チリちゃんは呆れたのか諦めたのか分からないが、テーブルの上を片付け始める。
あまりにあっさり引き下がったものだから、少しばかり不安になってしまう。
今までなら、何がなんでも白状させるまで引き下がらないのが彼女のスタンスだったからだ。

「じゃあ、なまえも遅うならんうちに帰りや。お疲れさん」
「え、チリちゃんもう帰るの?」
「おん。アオイにどうしても今日の大会見に来て欲しいって強請られてもうてな」
「……」

その後は、無意識だった。
自分が何故こんな事をしてしまったのかも、その動機も全ての真相は心の奥深くで燻った未成熟な感情からだ。

私は、部屋を出ていくチリちゃんの袖を掴んで、引き留めていた。

「なまえ」
「へっ?」

チリちゃんに名前を呼ばれて、我に返った。
私は一体何をしているのか。
引き止めて、チリちゃんにどうして欲しいのだろう?

そもそもこの行動に言葉なんて必要ないのではないか――。

チリちゃんは掴まれた袖を瞥見して、背を屈める。
顔がグッと近付いて堪らず息を呑んだ。

「……チリちゃん、自惚れてもええ?」
「っ!!」

嗚呼、やっぱり全部分かっていたんじゃないか。

「なまえが、行かんで欲しいって思うなら行かへんよ?」

私がヤキモチを妬いていたってことも、アオイちゃんの元へ行って欲しくないってことも全部全部。
全てはチリちゃんの掌上。

「うわああああああ!」
「あ! なまえ、ちょお待ちぃ!」

羞恥心を存分に煽られて、堪らず叫びながら部屋を飛び出し、一目散に逃げ出した。
クツクツと喉を鳴らして笑うチリちゃんは、やっぱり意地悪だった。

「(んー、もうちょい押したらいけるんちゃうかな?)」


20221218


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